15、翌朝の異変
誕生日の翌朝、転移魔法陣を使って登校すると、アルベルトがそこにいた。
(珍しいわね)
アルベルトは、臨時職員を始めて数日は、学生の顔を覚えるために着地管理を手伝っていた。だけど基本的には、学校に通う学生の家の使用人が担っている役割だ。
「おはよう!」
昨夜の楽しい時間を思い出した私は、自分から彼に、朝の挨拶をしていた。
「おはようございます」
だけどアルベルトは、いつもの事務的な感じで、普通に挨拶を返してくれただけだった。
(昨夜の笑顔はどうしたの?)
私は文句を言いたくなったけど、グッと我慢した。変なことを言うと、せっかく改善の兆しが見えた私達の関係が、また元に戻ってしまいそう。
アルベルトは、校舎へと歩いて行く私の後ろ姿を、目で追うこともしない。
(なんだか変ね)
もしかしたら、私にあの話をしたことを後悔しているのかな。彼はあのとき、わからないって言っていた。
彼が、何をどう迷っているのかは聞いてない。
アルベルトは、現当主の血縁者に反対されていると、私に打ち明けた。ノース家を継がないつもりだろうか。私との婚約を辞退しなかったのも、そのため?
でもノース家の当主は、その血縁者にはノース家を任せられないと考えたから、アルベルトを養子にしたはず。そんな養父の期待を裏切ることができるのかしら?
逆に、アルベルトがノース家を継ぐと、ハワルド家に婿入りなんて、できなくなるよね。あっ、私がポィッと、ハワルド家から追い出されるのかもしれないけど。
(モヤモヤする……)
校舎に入り、気になった私は、教室のある2階の窓からアルベルトがいる中庭を眺めた。
次々と登校してくる学生の中には、アルベルトに積極的に話しかける人もいる。私のクラスメイト達は、アルベルトが私の婚約者だと知っているけど、上級生は、たぶん知らないんだと思う。
アルベルトが職員として上級生の野外実習の補助につくと、必ずと言っていいほど、彼に恋をする人が増える。スノウ剣術学校の一般的な先生よりも、アルベルトの方が強いもんね。
彼を誘惑しようとする学生も少なくないし、とにかくアルベルトは、すっごくモテている。それが最近の、私の新たな苛立ちの原因になっていた。
(でもやはり、元気がないかも)
いつもなら学生達に囲まれると照れ笑いをしていたのに、今朝は、作り笑顔であしらっているみたい。
アルベルトは、やっぱり、私にノース家のゴタゴタを話してしまったことを後悔しているのかな。彼の迷いは、私との婚約への後悔のようにも聞こえた。
実際に私との婚約は、彼にとって幸せなことだとは言えない。私がハワルド家から放り出されたとしても、彼は、ハワルド家の娘婿の役割からは逃れられないもの。
(闇堕ちだよね)
アルベルトは、私との婚約を辞退しなかったことを後悔し始めたのかな。昨夜、結婚の話もしたから、あの後、一人で将来のことを考えたのかも。
私は浮かれていたけど……彼は……。
(でも、もう遅いよ)
アルベルトは父が認めていた期間に、私との婚約を辞退しなかった。既に公表された今、辞退したいなんて言うと殺されるわ。
(私なら、婚約破棄できる?)
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
(でも、それは嫌)
私自身は気づいてなかったけど、15歳までの意味不明な苛立ちは、彼への淡い恋心だと思う。そして、前世の私は、アルベルト推しだった。
それに、悪役令嬢レイラ・ハワルドと同じ失敗はできない。乙女ゲーム通りに行動してしまうと、私は20歳になる前に、何者かによって暗殺される、かもしれない。
(でも……)
そのために、アルベルトを犠牲になんてできない。
(どうしよう……)
◇◇◇
「レイラさん? 頭を抱えて、どうなさったの? 皆が心配していますわ」
(あっ、しまった)
私が振り返ると、教室前だから当たり前だけど、クラスメイト達が集まっている。
「新鮮な空気を吸っていただけよ」
「髪が、ぐちゃぐちゃになっていますわ」
「風のせいかしら? あはは」
苦しい言い訳をしていると、クラスメイトを押しのけて私の方に近寄ってくる人がいた。
「おまえらは何も知らないんだろ? 知らない奴が無神経なことを言うな。レイラさんは昨夜の件で、心を痛めてるんだよ!」
(昨夜の件? 何?)
すぐ後ろから、スノウ家の次男も現れた。
「レイラさんの耳にも、もう入っていましたか」
(何? 全然わかんない)
だけど、知らないとは言えない雰囲気ね。私は、話し方に気をつけながら、口を開く。
「詳しいことは、まだ聞いてないわ。コルスさんなら、ご存知かしら?」
私がそう尋ねると、スノウ家の次男は、神妙な顔で頷いた。
「俺は、スノウ家の責任でもあると考えています。レイラさん、申し訳ない」
「えっ? コルスさんが謝ることではないわ」
(何? 何のことなの?)
私は表情にも気をつけた。絶対に、ポカンとしたり驚いて叫んではいけないわ。
「俺らには何のことか、さっぱりわからないんだけど」
「何があったの? 私達にもわかるように説明してよ。 レイラ様が取り乱されるほどの事件なの!? レイラ様、私達にも教えていただきたいわ。お友達でしょう?」
(私も知らないの)
さらに表情に気をつけながら、私は、スノウ家の次男に視線を向けた。すると彼は、力強く頷き、口を開く。
「今朝、着地管理がレイラさんの婚約者だから、不思議に思った人もいるよね? この学校も今、厳戒態勢なんだよ」
(えっ? 何?)
「コルス、前置きは要らないぜ。早く話せよ。俺達にも関わることなのか?」
「あぁ、そうだな。校舎内はさすがに大丈夫だろ。昨夜遅くに、ほぼ同時にあちこちが襲撃された。半月程前に、この近くの酒場で薬師が何人も殺されたんだけどな。それと同じ奴らの仕業だ」
(薬師の会合の?)
私は、彼の言いにくそうな表情から、嫌な仮説を立ててしまった。薬師カルロスの兄は、やはり殺されていた?
「同じ奴らって、潰された貴族の使用人だった、なんちゃら連合か?」
「あぁ、荒くれ者の集団だ。薬師はすべて悪だから全滅させる! と騒いでいるらしい。イブル伯爵の側近だった奴らが中心になっているようだ」
(えっ? 嘘!)
イブル家は、ハワルド家と同じく暗殺貴族なのに、潰されたの?