13、初めて会ったときのこと
「レイラ様は、少し変わられましたね。学校に入学された直後は、すぐに辞めるとおっしゃるかと心配していました」
(前世の記憶の影響よね)
だけど、まさか前世の記憶が戻ったとは言えない。高台から落ちて頭がおかしくなったと思われるだけだ。
「学校が嫌でも、父が辞めさせてくれないわ。母は無関心でしょうけど」
私がまた嫌な言い方で反論したせいで、アルベルトの表情からは笑みが消えた。
(せっかく、笑ってくれたのに)
でも、無表情ではない。彼は、私の反論を真摯に受け止めてくれたのだと感じる。
「私が臨時職員として、しばらくは近くにおります。お困りのことがあれば、どんな些細なことでも、おっしゃってください」
(えっ!?)
もしかしてアルベルトは私のために、臨時職員をしているの? あのゴーレムの事件で欠員ができたから、タイミング的には不自然さはなかったけど。
私がゴーレムを呼び寄せたという噂はまだ消えてないけど、アルベルトが臨時職員をすることで、ハワルド家への非難は消えたみたい。
私は魔法を使えないから呼び寄せるわけがない。この噂は学校側の責任逃れ、いや、悪意ある者の仕業よね。
「失礼な言い方になってしまったでしょうか。申し訳ありません。もう、レイラ様は16歳になられたのに、初めてお会いしたときの印象が強くて……失礼致しました」
私が何も答えなかったからか、アルベルトは慌てたみたい。なんだか、いつもと様子が違う。私にこんなに謝ることなんて初めてだよね。
「別に、何も失礼なことはないわ。最近のアルベルトは、私の言動を口うるさく注意することが多いのに、今日はどうしちゃったの? 二重人格なの?」
(あっ、また、やらかした)
どうして私は、いつも嫌な言葉を添えてしまうのだろう。まぁ、うん。その理由はわかっている。過度な照れ隠しなのよね。過度というより異常だけど。
「口うるさいですか。申し訳ありません。旦那様から命じられた範囲のことについては、厳しく注意させていただいておりますが、私の個人的な意見を申し上げるときには、迷ってしまって……」
「母ではなく、父から何かを命じられているの?」
「はい。当主様には、私のような者が直接お会いすることはできません。私に何かの指示があるのは、旦那様からです」
(母は、人前に出ないもんね)
ハワルド家は、特殊な役割のある貴族だ。当主である母の所在は、娘の私達にさえ伏せられている。
だから、父が対外的なことをすべて担っている。ハワルド家のことをよく知らない商人は、父が当主だと勘違いすることも少なくない。
「何を命じられているの? 私の教育?」
「ええ、まぁ、そんなところです」
(ごまかしたわね)
アルベルトは、いつもの顔に戻っていた。これが仕事のときの顔なのね。さっきまで見せていた顔は、彼の素顔ってことかな。
「まぁ、守秘義務があるのでしょうから、これ以上は聞かないわ。さっきの話に戻すけど、私に初めて会ったときの印象って、今の私と変わらないでしょ? すぐ上の姉と間違えてない?」
「間違えるわけがありません」
「でも、私と話すようになったのは、婚約を決められたときでしょう? ほんの一年ちょっと前だわ」
(あっ、また……)
私は彼に嫌な言い方をしてる。アルベルトは、何か迷っているように見えた。私から視線を外し、何か葛藤してるかのように、頭をトントンと叩いている。
そしてスッと顔を上げた彼の表情は、今まで見たことないほど輝いていた。
(か、カッコいい)
「レイラ様、私が貴女と初めて話したのは、もっと前のことです。私は10年程前、15歳の時からハワルド家に仕えるようになりました。そのときは既に、貴女の婚約者候補として選ばれていたのです」
「私が5歳か6歳の頃に、初めてアルベルトと話したの? 覚えてないわ」
「初めてお話したのは、私がハワルド家に仕えるよりも前のことです。そのときにレイラ様が言ってくださった言葉が、私のすべてを変えました。だから、今の私があるのです」
「えっ? ちょっと待って。アルベルトがハワルド家に来る前なら、私は一体いくつなのよ?」
「確か、4歳だとおっしゃっていました」
「そんなの、まだ訳の分からない子供じゃない」
「いえ、レイラ様は当時の私よりも、しっかりとしておられましたよ。ですが、すぐに走り出しては転ぶので、目が離せないお嬢様でした」
「全く記憶にないわ。というか、初めて会った頃の印象が強いとか言ってたけど、まさか、今の私が4歳の私と同じに見えているんじゃないでしょうね?」
そう尋ねると、アルベルトは、ふわっと微笑んだ。
(反則級の笑顔だわ)
「外見は当然、大きく変わられましたから、同じに見えているわけではありません。ですが、レイラ様の内面といいますか、私が変わるキッカケを与えてくださった本質は変わっておられません」
「えっ? それって、どういう意味? 私が幼いと言っているの?」
「幼いという意味ではありません。レイラ様は、強くて真っ直ぐな心を持っておられる。貴女自身の正義感を貫かれますよね。それに他者の悪意に気づかない。ハワルド家のお嬢様としては、もっと警戒心を持って行動していただきたいところですが……」
褒めた後に落とすようなことを言うのは、アルベルトの癖なのかな。少し私に似ている部分があるのかも。
(照れ隠し、なのかな?)
「それって、私がわがままで軽率だと言ってる?」
「あっ、余計なことを言ってしまいました。申し訳ありません」
(また、謝った)
そっか。アルベルトは、私がこれまでに感じていた以上に、繊細な性格なのかも。
「アルベルト、今日は謝りすぎよ」
「二人きりだからでしょうか。私は、少し緊張してしまって……婚約者失格ですね」
「私が貴方を不安にさせているのね」
「いえ、私が未熟なだけです。レイラ様は何も悪くありません」
彼は、不安そうな顔をしてる。私はすぐ暴言を吐いてしまうけど嫌いじゃない。好きだって言ってあげなきゃ。
「私はアルベルトが、す……」
私が発した一文字で、彼の表情が明らかに変わった。
(い、言えないわ)
「私はアルベルトを、す、すっごく信頼してるから、緊張なんてする必要ないわ」