12、不器用な二人
「さて、後はお二人でお過ごしくださいませ」
食事が終わり、給仕の黒服がテーブル上の皿を片付けていると、シャーベットが立ち上がった。娘だと明かされたアーシーも、慌てて立ち上がっている。
「シャーベット、まだお茶が……」
「シャーベットさん、まだお茶……」
私とアルベルトは、同時に同じことを言った。
彼女がいなくなると、アルベルトと二人っきりになってしまう。何を話せばいいかわからない。それは彼も同じなのね。
「あら、お二人は息ピッタリですね。やはり、本質的な部分は似ていらっしゃるわね」
「シャーベットさん、それはレイラ様に対して失礼です。私のような者と似ているだなんて」
(似ていたら嫌なの?)
私の心には、二つの感情が同時に湧き上がっていた。似ていると言われて嬉しい気持ちと、アルベルトが私と同じだと言われて嫌がっていると感じた怒り?
「ふふっ、まだわかってないのですよ。二人とも私から見れば子供のような歳なんだから」
「私は25歳です。私から見れば、シャーベットさんは姉のような年齢に見えますよ」
(アルベルトがムッとしてる)
「まぁっ! そんなお世辞を言っても、私には効かないわよ? ふふっ、アルベルトさん、ちゃんとレイラ様に伝えなさい。言葉にしなければ伝わらないわよ。レイラ様はサーチ魔法は使えないし、他人の感情変化には鈍いもの」
(軽くディスられてる?)
給仕がお茶と焼き菓子を並べ終えて退出するときに、シャーベット達も、客室から出て行ってしまった。
シーンとした重苦しい空気感。
私は頭の中が真っ白になっていた。アルベルトはきっと、私と二人っきりの時間が苦痛なのだと思う。彼の表情は、何かを考えているように見えるけど、何も話さない。
私達は、無言で紅茶を飲んでいた。
アルベルトよりも、私の方が紅茶を飲むペースが早いみたい。私の方が嫌がっていると思われてしまうかしら。
ガチャ!
(あっ、失敗した)
紅茶を飲み干した私は、おかわりを注ごうとティーポットに手を伸ばしたとき、ティーポットを菓子皿にぶつけてしまった。
割れなかったけど、とても大きな音が出た。その音のせいか、私の失敗のためか、アルベルトが少しビクッとしたように見えた。
アルベルトは、ティーカップに残る紅茶を飲み干して、立ち上がった。
(あぁ、彼も出て行くのね)
私も何も話さないから当然よね。彼は、私がおかわりを注ぐ前に出て行きたいのね。
「私がお注ぎしましょう」
(えっ!?)
アルベルトはティーポットを持ち、私の左側に立った。そして、美しい所作で紅茶を注いでくれた。
「あ、ありがとう」
私がそう言うと、アルベルトは微かに笑みを浮かべた気がした。そして、彼も自分のティーカップに紅茶を注いでいる。
(出て行かないの?)
席に戻った彼は、紅茶をまた一口飲んでいる。
(あれ?)
アルベルトが出て行かなかったことで、私の感覚は16歳の私から前世の私に切り替わった。
前世の私から冷静に見ると、今のアルベルトは緊張しているように見えた。話題に困っているのかもしれない。
彼から見れば、16歳の私は、未知の生物なのかな。年齢も離れているし、育った環境も今の状況も、あまりにも違う。
(なるほどね)
シャーベットが言っていたのは、こういうことか。私達は、相手がどう感じるかを考えすぎて、本当の心を見せられない。
私は、彼に嫌われたくないからだけど、彼も、もしかしたら……。
いや、違うかな。16歳の私は、すぐに暴言を吐く。だからアルベルトは、言葉選びに苦労しているのだと思う。
「レイラ様は、パイがお好きなんですね」
「へ? ええ、だから料理人がパイだらけにしたのよ」
(あっ、しまった)
突然、話しかけられると、暴言吐きの私が出てしまう。だけど、今ので確定だわ。アルベルトも緊張している。まるで、お見合いの席みたい。
彼はまた、ティーカップを傾けている。だけど、無表情ではない。私が暴言を吐くといつも彼は無表情になるけど。
(彼も、変えたいのかな)
私達の悪循環な関係は、何かをキッカケにしないと変わらない。彼が変えようとしても、たぶん私がいつも暴言を吐いて、ぶち壊してきたのよね。
(私が主導権を取るべきね)
スゥハァと深呼吸をした。暴言吐きの私が出現しないように、冷静に話さなきゃ。
「アルベルトは、どのパイが美味しかった?」
私がそう尋ねると、彼は、すっごく驚いた顔をした。目玉が落っこちてしまいそうなほど、目を見開いている。
「アルベルトは、パイは嫌いなの?」
なんだか追撃するような嫌な言い方をしてしまった。だけど、アルベルトは、私が嫌味な口調で話す方がいいみたい。いや、違うわね。聞き慣れているということかな。
「あ、いえ、嫌いではありません。そうですねぇ、今日のテーブルに並んでいた中なら……辛いパイが美味しかったですね。初めて食べた味でしたが」
「薄っぺらいミートパイ?」
「はい。一口目は、強い辛さに驚きましたが、レイラ様もシャーベットさんも、普通の顔をして召し上がっていたので、さらに食べ進めると、だんだん美味しく感じるようになりました」
(へぇ、意外ね)
私に前世の記憶が戻ってから、料理人にリクエストしたものだ。パイというよりピザに近い感じ。甘辛く炒めた肉に、刻んだ青唐辛子をトッピングしてあるミートパイだ。辛さを和らげるために、チーズも入っている。
「あれは、私が料理人に提案したの。でも、使用人には不評なのよ。薬師達は気に入ったみたいだけど。あと、甘く煮たベリーを大量に入れたパイも、私の提案だよ」
(あっ、少し笑った)
「確かに、あのクセになる辛さは、様々な薬草を口にしている薬師は好きそうですね。甘いベリーのパイは、申し訳ないですが、私は苦手でした。しかし、レイラ様の提案力は素晴らしいですね」
「そう? どちらも極端だけどね。辛いパイと甘いパイを交互に食べると、止まらなくなるわ」
「ふふっ、私が真似ると、味覚が混乱してしまいそうですね」
(あっ、笑った!)
アルベルトが見せた笑顔で確信した。彼は、私を嫌っているわけではない。暴言を吐いてしまう私だけど、婚約者として、ちゃんと受け入れてくれているわ。