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11、ハワルド家の慣習

「あれ? 二人とも正装?」


 私が私室の扉を開けると、深緑色のローブを身につけたシャーベットとアーシーが立っていた。シャーベットは、さっきの服のままだけど、アーシーは着替えたのね。


「ええ、当然です」


(どういう意味?)


 シャーベットが、さも当たり前のような顔をしているから、その理由を尋ねることに躊躇してしまう。扉の外には、黒服を着た屋敷の使用人もいる。変なことは話せないわ。



「私はこれで大丈夫かしら?」


「ええ、もちろん。とても素敵ですよ」


 一応、自分の16歳の誕生日だから、お気に入りの水色のワンピースを着ているけど、正式な場に出るような服ではない。二人が正装してるから恥ずかしい気もするけど、まぁ、ただの夕食だもんね。




 ◇◇◇



「レイラ様は、こちらの客室をお使いください」


 黒服が、わざわざ私達を案内したのも、違和感があった。彼女達も同じ客室を使うから、まぁ、いっか。


 扉が開かれると、そこは小さな客室だった。食事の間が使えないときは、いつもなら大きな客室で薬師達と食事をする。


(何かの嫌がらせ?)


 まぁ、時間的に少し遅めだから、大きな客室は、すべて使用中なのかもしれないわね。



 部屋に入ると、左側の窓際に人の姿が見えた。


(えっ? アルベルト?)


 後ろ姿だけど、彼の特徴的な長い銀髪ですぐにわかった。今日は珍しく、髪は結んでない。それに、今まで見せたことのない騎士風の礼服っぽいものを着ている。乙女ゲームの序盤で見るアルベルトそのものだわ。


 私達に気づいた彼は、こちらを振り返り、軽く会釈をした。いつも髪を後ろで束ねていたから、普段とは別人に見える。これで微笑んでいたら、完璧に乙女ゲームのアルベルト・ノースね。


(やっぱ、超カッコいい!)




「これって、どういう状況?」


 私は、自分の感情を悟られないように気をつけながら、シャーベットに小声で尋ねた。すると彼女は、ニヤッと笑って口を開く。


「今日は、レイラ様の16歳のお誕生日ですからね。お二人だけの方が良いかとも思いましたが、私にも同席して欲しいと、アルベルトさんがおっしゃったので」


「誕生日って、5年ごとしか祝わないよね? 去年、盛大なパーティをしてもらったわ」


「レイラ様、お話は食事をしながらにしましょう。料理人が困ってますよ」


(あっ、確かに)


 ガチャガチャとワゴンを押してきた料理人達が、私のせいで廊下で立ち往生している。


「どう座れば……」


「では、レイラ様は窓際のこちらに。アルベルトさんはその向かい側にどうぞ。私達は、こちらのテーブルを使うわ」


 シャーベットがいてくれなかったら、私は席も決められなかったわね。それは、アルベルトも同じなのかしら?




「なんだか、いつもとは違うわね」


 料理人が並べた料理は、パーティでもするのかと疑うほど、種類が多かった。しかも、パイの種類が異常に多い。ミートパイよりも果物を使ったデザートパイが多いかも。まぁ、私は好きだから嬉しいけど。



 料理人が会釈をして口を開く。


「レイラ様、お誕生日おめでとうございます。当主様とお嬢様のお誕生日には、お好きな料理をご用意しております。本日は、すべて、レイラ様からお褒めいただいた料理になっております」


「えっ? だからパイだらけなの? バランスが悪いよ? でも今までこんなことは、したことがないよね?」


「えっ、あ、はい。えっと……」


 料理人は困った顔をして、シャーベットに視線を移した。


「料理人さんは、次の部屋の準備があるでしょう? 私が説明しておくよ。給仕もいらないわ」


「あ、ありがとうございます、シャーベット様。では、失礼いたします」


 シャーベットは、料理人だけじゃなく給仕の黒服まで追い出しちゃった。



「ビュッフェ形式で、気軽に食べましょう。しかし、ほんと、パイだらけね。うふふ」


「確かに、パイだらけで、バランスが悪いですね」


(シャーベットには、微笑みかけるのね)


 アルベルトから笑顔を奪ったのは私だから、まぁ、仕方ないか。ちょっと悔しいけど。




「なぜ、こんなに多いの? あ、でも、客室で食事をするときは、いつもこんな感じだったっけ」


 私が適当にパイをつまむと、シャーベットは話し始めた。


「ええ、お誕生日の方のお好きな料理が並びますからね。これは、ハワルド家に代々伝わる慣習なのですよ」


「客室で食事をする日は、誰かの誕生日なの? でも、私の誕生日をパーティ以外の年に祝ってもらったことはないよ」


「成人になられた方のお誕生日のお祝いですよ。それぞれのご家族と専属使用人が集まり、お誕生日の方のことを話すのです。これだけが唯一の繋がりですから」


 シャーベットが何を言っているのか、一瞬わからなかった。アーシーは当然ポカンとしている。


(暗殺貴族だから、よね)



 私は10歳の誕生日以降、母であるハワルド家当主とは、離れて暮らしている。これは私だけのことではない。姉達も同じだ。


 ハワルド家では、姉妹も親子も、場合によっては暗殺の対象になることがある。実際に母は、その母、つまり祖母を、王命により殺害させている。


 だから姉妹や親子は、常に一定の距離感を持って生活している。馴れ合いを減らすことで、いざというときに、役割を果たす妨げにならないようにするためだという。


(家族なのにね)


 でも父には、そんな制約はない。ハワルド家に生まれた者だけに関する制約だ。別の言い方をすれば、父が私達を繋ぐ役割を担っているとも言える。



 私がそんなことを考えている間に、シャーベットは私の理解と同じことを、言葉を選びながら話していた。


(互いの独立性か)


 上手い表現だと思う。でも孤独な家族だと感じる。これは、私の前世の記憶のせいかしら。




「それで、なぜ正装してるの?」


 私がそう尋ねると、シャーベットは、大げさに驚いた顔をしていた。


「レイラ様、貴女を守るという誓いを表しているのですよ。レイラ様がご結婚されたら、集まる人は、もっと増えていくでしょう」


「え? アーシーさんは今日会ったばかりだよ?」


「あぁ、この子は、私の娘なのでご安心ください」


「ええっ!? シャーベットの娘なの?」



 私の叫びに、シャーベットは、シーッと指を立てた。


「他に知る人はいません。内緒ですよ」



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