1、前世の記憶
短いプロローグから始まります。
16歳、婚約破棄→前世の記憶→15歳、転落事故
1話目は時間軸が前後します。読みにくかったらゴメンなさい。
「アルベルト、貴方との婚約は破棄します! もう今後一生、私の前に現れないでください」
冷ややかな視線を向け、私は彼の横を通り抜ける。
(ひーん、なぜこんなことを言っちゃうの?)
後悔しても、もう遅い。発した言葉は消えないもの。
「申し訳ございません、レイラ様。今後は決して……」
彼の声がこれ以上聞こえてこないように、私は歩くスピードを速めた。まるで彼の前から逃げ出してしまったみたい。
あちこちから聞こえてくるヒソヒソ声。私の歩く速度が変わったのは、それほど彼を嫌悪しているからだと言われている。
(違うのに。全然違うのにーっ!)
◇◆◇◆◇
「美咲、あぶない!」
「へ? ひゃ……」
絶景すぎる雪景色にスマホを向けていると、誰かの声が聞こえた気がした。振り返ってみると、何かが私の頭に当たり、左足に強い痛みが走る。
私には、その後の記憶はない。たぶん足を滑らせて、崖から落ちたのだと思う。25歳の旅先での出来事だ。
そして、私は新たな場所に生まれ、新たな人生を送ることになる。この記憶も、15歳のあの日までは、完全に忘れていたことだった。
◇◆◇◆◇
「レイラ様、あぶない!」
「へ? ひゃ……」
貴族の家に生まれた者が多く通うスノウ剣術学校。私は春に入学し、初めての野外実習に来ていた。
初めて見る高台からの絶景に、私は目を奪われた。どこまでも広がる緑の大地は、雨上がりのキラキラとした輝きに彩られ、時を忘れるほど美しい。
何度か付き添いの使用人の声が聞こえたけど、私は無視していた。すると突然、足元が崩れたようだ。
(嘘、魔物!?)
高台から落下するとき、私が立っていた場所には、岩がそのまま命を持ったかのような化け物が見えた。
迫る緑の大地。
咄嗟に受け身の姿勢を取ったけど……大地に激突した強い衝撃で、私の意識は途切れてしまった。
◇◇◇
どれくらい眠っていたのだろう? 見知らぬ粗末な小屋の粗末なベッドで目が覚めた。
(ここは……)
ゆっくりと上体を起こすと、小さな窓の外には、輝く緑の草原が広がっているのが見える。
(痛っ!)
頭は打ってないはずなのに、ズキンと強い痛みが走る。ベッドから降りようとしたけど、左足が麻痺していて動かない。
(えっ? 嘘……)
私の左足は服が破れて、あらわになっていた。太ももには、記憶にない土色の布が巻かれている。その一部には血がにじんでいて、プンと薬草の匂いもする。
ガッ、ガガン!
建て付けの悪い納屋の扉を開くような大きな音が聞こえた。
「おぉ、目が覚めたね、よかった。学生さん、すぐに飲み物を用意するから、少し待っていておくれ」
部屋に入ってきた初老の女性は、穏やかな笑みを浮かべ、すぐに引き返して行った。
(助けていただいたみたいね)
学生さんと呼ばれたのは、この野外実習用の制服のためだろう。スノウ剣術学校の校章が胸と肩についている。
私は野外実習に来て、そして……痛っ。
頭にズキンと、さっきより強い痛みが走った後、まるで頭の中の封印が打ち破られたかのように、怒涛の記憶が溢れてくる。
(えっ? 私は、ええ〜っ!?)
すぐには理解できなかった。混乱する頭の中で、いろいろな場面が古いコマ送りの映画のように流れていく。次第に、これは紛れもなく前世の記憶だとわかってきた。
(嘘、こんなことってある?)
どうやら私は、異世界に転生していたみたい。しかも、私がやっていた乙女ゲーム『純恋花 〜 甘ずっぱい恋をしたい』と酷似する世界に。
前世の私は、ゲームの中の攻略対象のひとりに、恋をしていて……なんて言うとヤバすぎるわね。推しキャラ、かな?
彼は、アルベルト・ノース。長い銀髪が特徴的で、色白で端正な顔立ちをしている。基本的には物静かだけど、相手が誰でも怯まない強さがある。
(凛としてて、超カッコいいの)
孤児だった彼を、子供のいなかった地方領主ノース家が引き取り、跡取りとして厳しく育てられたという過去がある。
そして私は、アルベルトが仕えるハワルド家の四姉妹の末っ子で、乙女ゲームでは悪役令嬢として描かれていたレイラ・ハワルド。
ハワルド家は、王家に仕える公爵家であり、悪事をはたらく貴族を潰す暗殺貴族でもある。
乙女ゲームでは、アルベルトは、悪役令嬢レイラの婚約者だったと描かれていた。確か、レイラは16歳のときに、婚約破棄をするのよね。
私は、もうすぐ16歳だけど、推しのアルベルトは今も私の婚約者だわ!
(きゃ〜、幸せすぎる!)
前世の記憶が戻ったのは、婚約破棄を回避するために神様がくれた贈り物かしら。
「学生さん、温かい野菜のスープだ。飲めるかい?」
初老の女性が、粗末な木の器を持ってきた。ふちが欠けているし汚れも付着してる。これまでの私なら、バカにしているのかと器を投げつけたかもしれない。
「ありがとう、いただくわ。貴女が私を助けてくださったの?」
「いや、上の息子だよ。息子達は薬師をしていてね。薬草を摘みに行った先で、岩の魔物が学生さん達を襲うのを見たらしい。お嬢さんは、その高台から落ちてきたようだよ」
「それで、薬草の匂いが」
「あぁ、お嬢さんの左足は、岩の魔物に引っ掻かれたようだ。でも、心配しなくても大丈夫だよ。息子達の薬はよく効くから、ちゃんと歩けるようになるはずだ。ささ、温かいうちにどうぞ」
「ええ、ありがとう」
私は、野菜のスープをゆっくりと飲む。青臭さと塩の味しかしなかった。
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