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【短編版&宣伝用】タイムトラベルして帰ってきたら、世界中にモンスターが溢れていた。

作者: 葉月

「クックック――ついに、ついに完成したぞ!」


 長年の研究の末、俺はついに夢だったタイムマシンを作り出すことに成功した。

 振り返れば苦難の道のりだった。


 それは俺が11歳の夏の頃だ。

 初めて胸が高鳴り始めた――いや、ドキドキした瞬間だった。

 それは恋。

 甘く苦い初恋というやつだ。


 朝目を覚ますたび、学校に行く途中で彼女を見かけるたび、教室で彼女の横顔を見るたび、体育の授業で彼女の体操服姿を見るたび、給食で出たトマトを憂鬱そうに眺める彼女を見るたびっ!

 俺の胸はますます苦しくなっていった。


「事件が起きたのは小学校を卒業する直前の2月だった。その日、俺はいつものようにたまたま彼女の後をつけていた」

「……いつものようにたまたまって、日本語バグってるでしょ」


 すると、体育館裏に同じクラスの田中が一人でいた。


『待った?』

『ううん、僕もいま来たところだよ』

『あの……田中くん、これ』

『僕に? ……ありがとう』


 彼女は田中に小さな箱を手渡していた。きれいにラッピングされた、ピンクのリボンがかけられた箱。


 その日はバレンタインデーだった。


「彼女は俺じゃなく、よりにもよってクラスで一番人気の田中にチョコを渡したのだ!」

「いや、そりゃそうでしょ! どこも不自然じゃないからっ!」


 その日は眠れなかった。

 はじめての徹夜だ。


 翌日、彼女と田中の席が3cm近づいていた。


「細かいわねッ!?」

「しかし、俺は諦めきれなかった!」


 彼女の気を引こうと、彼女が好きそうなものを調べようと努力した。

 彼女のTwitterを5分ごとにチェックしたり、ミクシィのアカウントを探そうと努力したんだ。


「いや、やってないでしょう!?」

「……見つからなかった」

「今時の小学生がミクシィなんてやらないって」

「それでも諦めきれなかったんだよ! だから今も時々探してしまうんだ」

「諦めなさいよっ!」


 初恋だったんだ。

 そんなに簡単に忘れられるくらいなら、初恋なんて言葉を使わないでくれ。


「じゃあなんて言うのよ?」

「蕾」

「ロマンチストかっ!」


 それから夏になり、俺は中学生になっていた。

 夏休みに入れば一ヶ月も彼女と会えなくなる。それが辛かった。


 だから、俺は決意したんだ。


「彼女に告白しようと!」

「……その勇気は褒めてあげるわよ」


 結果は惨敗。


『ごめんなさい。私、その……彼氏いるから』


 俺はフラれた。


「当時の彼女には田中って彼氏がいたんだし、しょうがないんじゃない?」


 俺はショックで24時間そこに立ち尽くしていた。


「いくらなんでもショック受け過ぎだからっ! 脱水症状になる前に帰りなさいよ」


 失恋のショックで朦朧とする意識の中、俺は唯一の女友達に泣きついた。


「……で、それから?」


 女友達は言った。

 ああ、――なら小6のクリスマスに田中が告って付き合ったよ。

 えっ、なに? あんた好きだったの? それなら早く言えば良かったのに。

 ――だってあんたのこと好きだったんだから。

 ま、タイミングってやつじゃないの?



「無神経な女友達の一言に俺は膝から崩れ落ちた」

「……そりゃ悪かったわね」


 その夏、彼女は亡くなった。

 殺されたのだ。




「〝あの出来事〟が俺をマッドでサイエンティストな男に変えたのだ!」

「まあ、気持ちはわからなくはないけど……」


 中学一年の夏、俺は人生をやり直し、彼女を救い、この小さな蕾を咲かせることを誓った。


 そして、8年の月日が流れ、俺はついにタイムマシンを完成させたのだ。


「本気で過去をやり直すつもりなの?」

「今さら何言ってんだよ? そのためにタイムマシンを作ったんだろ?」

「あんたがね」


 タイムマシンに乗って過去に向かい、俺は田中が告白する前に彼女に告白する。

 明護(あかもり)の話だと、小5の夏に転校してきた彼女は俺のことが好きだった。

 であるなら、小6のクリスマス――田中より先に彼女に告白することができたなら、彼女が田中と付き合うことはない。

 俺の芽も花を咲かせることができる。


「つーかこれ、本当にタイムマシンなのよね?」

「見りゃわかるだろ? バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクもびっくりのタイムマシン。使った車種は日本人らしくトヨタのプリウス。(中古だけどな)」

「あー、そういうのはどうでもいいの。てか外道さ、あんたどうやって告るつもりなわけ?」

「は?」


 どうやって告るもなにも、普通に好きだと伝えるつもりだ。

 そりゃ多少は緊張するだろうけど、過去に一度経験していることだし、次こそはスムーズに告白してみせるつもりだ。


 田中と付き合う前の小6のクリスマス以前の彼女は、間違いなく俺のことが好きなんだから、縮こまることはない。


「いや、だからそうじゃなくてさ、これタイムマシンなんじゃないの?」

「だからそうだと言ってるだろ」

「この著者ジョン・タイターの【時間逆行】をちらっと読んだんだけどさ、タイムマシンはタイムリープとは違うんだよね?」


 俺の大切な愛読書をトントンと叩いた明護が、当たり前のことを口にする。

 これだから素人の助手は困るんだよなと、俺はため息をこぼしてしまう。


「タイムリープってのはわかりやすく言うとだな、今現在の意識を過去の自分に飛ばすことをいう。対してタイムマシンは肉体ごと過去に移動するんだ。タイムリープなんかよりも遥かに使い勝手がいいだろ?  なんせ自分が存在しない時代にも移動可能なんだ。

 その気になれば中世や原始時代、果ては1000年後の未来にだって行くことができる」


 考えれば考えるほどに夢があふれる。

 タイムマシンを使えばロトを当てて大金持ちになることだって容易いのだ。


「いや、だからさ、あんたどうやって告白するつもりなの? まさかとは思うけど、21歳のあんたが小学生に告白するつもりじゃないでしょうね?  そんなことしたら変態として捕まるわよ?」

「………」

「ひょっとして考えてなかったの? いえ、その顔を見ればわかるわ。あんた莫迦でしょ?」

「なっ!?」


 この天才科学者――外道戦樹(げどうせんき)に向かって莫迦とは何事か。

 しかし、困ったな。

 過去に行くことばかりに気を取られてしまい、9年前の彼女が小学生で、現在の自分が21歳だということを失念していた。


「そ、それは……」

「それは?」

「……過去の俺に告白させれば済む話だろ」


 素晴らしき名案だ。

 なのに、明護はあからさまに肩をすくめて嘆息した。


「過去のあんたが素直に従うとは思わないけど? 小学生からすればあんたは未来からやって来たただのおっさんよ。そんなエキセントリックなおっさんの言葉を、ひねくれ者の小学生がハイそうですかって聞くと思う? 聞かないわよ」


 悔しいが、一理あると思ってしまった。


「それにもし告白が成功したとするじゃない? そん時あんたの存在ってどうなるわけ?」

「どうなるって……?」

「あんたがタイムマシンを作るきっかけになったことって彼女のことがあったからでしょ? でも過去に行ってそれをなかったことにするわけじゃない? そうするとタイムマシンはできないわよね? この本にも書いてあるけどさ、そういうのをタイムパラドックスっていうんでしょ? 9年前の過去に行ったあんたはなかったことになるのよね?」

「……っ」


 たしかに明護の理論は正しい。

 その場合考えられる可能性はパラレルワールド。

 未来分岐だ。

 でも待てよ。

 9年前に未来が分岐したとする。一方はクリスマスの日に彼女と田中が付き合う未来。この場合俺は未来でタイムマシンを作ることになる。もう一方は告白が成功した未来だ。

 この場合俺は、今現在の俺の未来は何も変わらないんじゃないのか?


「ねぇ、やっぱりこのタイムマシンは破棄した方がいいんじゃない? なんだか嫌な予感がするのよね」

「ばっ、莫迦言えッ! これを作るのに8年もかけたんだぞ! 俺の青春をすべてかけて作ったんだ! 使わずに終わるなんて科学の父、エジソンに申し訳ないだろ!」

「エジソンは関係ないでしょ。それにパラレルワールドに移行するなら、あんたが過去に戻って告ったってくたびれ儲けの銭失いじゃない」


 だとしても、だとしてもここまで来てやらずに終われるかッ。


「た、例え今の俺が報われなかったとしてもだ。別世界線の俺が救われるならいいじゃないか!」


 そうだよ。

 俺は彼女が生きている世界があることを知りたいのだ。

 この胸の蕾が咲かなかったとしても、その事実だけで俺は救われる。


「まぁ……あんたがそれでいいならいいんだけどさ。虚しくないわけ?」

「うるさいっ!」



 ◆◆◆



 ラボを飛び出した俺は車庫に向かい、タイム装置をプリウスのエンジンにセットする。

 乗り込もうとする俺を呼び止める明護へと振り返る。


「これ、一応持って行ってよね」

「なんだよ、これ?」

「タイムシーバーよ」

「タイムシーバーだぁ? ダサすぎるネーミングセンスだな」

「うっさい。とにかく持ってけ。タイムスリップしたあんたと唯一連絡を取れるモノなんだから」


 こそこそと何かしているとは思っていたが、まさかラボでこんなモノを作っていたとはな。

 せっかくなので有り難く頂戴しておく。


 運転席に乗り込み、タイムシーバーを助手席にポイッと放り投げる。


「あっ、丁寧に扱いなさいよね! 壊れやすいんだから」

「へいへい、以後気をつけるよ」


 エンジンをかけると同時に明護が窓をノックする。


「まだ何かあるのか?」

「過去に戻っても極力自分意外の人間との接触は避けるのよ。あと、無闇に過去を改竄しないこと。いいわね?」

「わかってるよ」

「帰りの分の燃料はトランクに積んでるから、終わったらすぐに帰ってくるのよ」


 こいつは俺の母親かよ。


「もう行くから離れてくれ」


 こういうお節介なところは昔から変わらないな。そこが明護の魅力でもあるのだが。


「じゃあ、またあとでな」

「……ええ」


 俺は軽く片手を上げて明護に別れを告げてから、ぐっとアクセルを踏み込んだ。



 これが壮大な冒険のはじまりとも知らずに。





「……どこだ、ここ?」


 9年前の昼過ぎにタイムスリップしたはずなのだけど、車内から見る景色は暗い。

 出発したのが15時過ぎだったので、現在が真夜中だとすればタイムトラベルは成功したということになる。

 のだが、予定と随分違う状況に困惑してしまう。


「なんでこんなに道が凸凹してるんだ? ……って、ここ森の中じゃないか!」


 どうやら座標が大きくズレてしまい、本来の目的地からはずれてしまったようだ。


「参ったな。それに何だか冷えるな」


 9年前――小6の夏にタイムトラベルしたはずなのだけど、間違って9年前の冬に出てしまったのかもしれない。

 すぐに現在地を調べようとカーナビを起動するが、画面には【Error】の文字。


「わざわざ10年以上前のおんぼろを買ったのに、よりによってこんな時に潰れなくたっていいだろ」


 ならばとGoogleマップで現在地を調べようとしたのだけど、


「圏外かよ」


 森の中ではスマホも役には立たない。

 幸い道幅は広いのでプリウスで進むことは可能だ。森を抜けたらスマホも使えるだろうと思った矢先。


「うわぁッ!?」


 突然前方から野生の猿が突っ込んできた。

 石斧を振りまわす猿に驚いた俺は、思わずアクセルを踏み込んでしまった。


「あっちゃー。やっちまったよ」


 野生の猿とはいえ轢き殺してしまった。

 人間でなかったのは不幸中の幸いだが、


「どうすんだよこれ」


 フロント硝子に大きなヒビが入っている。

 これではさすがに公道は走れない。


「これじゃ警察に止められるよな」


 そうなれば免許証の提示を求められる。生年月日を見られてしまえば辻褄が合わない。

 間違いなく偽造免許証だと疑われるだろう。

 過去を変えるどころか留置所にぶち込まれてしまう。


「あぁーもうッ! なんで俺は昔からこんなについてないんだよ」


 ハンドルに額を叩きつけると、けたたましいクラクションの音が森の中に響き渡る。

 雑念を払うようにその音をしばらく聞き続け、この先自分がどう行動すべきかを思案する。


 森を抜けたところで車をパーキングに停め、あとはタクシーなり徒歩なりで目的地に向かう。すべてを終えたらタイムマシンを回収して未来に戻る。

 大丈夫、まだそんなに焦ることじゃない。


「それよりも――」


 問題は轢き殺してしまった猿の死体をどうするかだ。埋葬してやりたい気持ちはあるものの、あいにく掘るものを持ち合わせていない。


「――って、なんだこりゃッ!?」


 車を降りて後ろにまわり込み、猿の死体を片付けようとした俺は、驚きのあまり地面に尻を打ちつけてしまう。

 薄暗くてよく見えないが、眼前の死体はどう見ても猿ではない。


「――――ッ」


 震える脚で立ち上がった俺は、後部座席に置いてあった懐中電灯を手に取り、再び死体に駆け寄った。


「毛が、全然ない。しかも、色……おかしくないか?」


 懐中電灯の光で照らされた猿ではない何か。肌は薄い緑色で、体格はニホンザルよりも一回りほど大きい。手足の形状も猿のそれとさほど変わらないのだが、爪が霊長類とは思えないほどに鋭い。


「猿にこんなゴツい牙なんてないよな?」


 謎の生物の死体には吸血鬼を連想させる巨大な牙が二本生えていた。

 俺の――成人男性の親指くらいある牙だ。

 こんなので噛まれたら一溜まりもない。


「……やっぱり斧、だよな……これ」


 死体の側には原始人が使うような石斧が転がっている。


「意外と重いな」


 重量は5キロといったところだろうか。


「これをこの生きものが作ったのか?」


 にわかには信じられない。

 が、今しがた石斧を振り上げて突っ込んでくる、この得体の知れない生きものを目撃――轢き殺したばかりだ。

 

「うわぁッ!? 今度はなんだよッ!」


 突然死体が黄金色に光りはじめたと思った次の瞬間――パンッ! 癇癪玉のように弾け飛んだ。


「うわ……マジかよ」


 臓物が体中に飛び散った。

 汚い上に臭くて最悪だ。


「死んだら爆ぜますってか? 一体どういう仕組みなんだよ」


 げんなりする俺の視界の端で、一瞬何かがきらりと光った。


「ん、こんなのあったかな?」


 先程まで死体があった場所に、金色のカプセルが転がっていた。

 見た目はガチャガチャのカプセルのようだ。


 カラカラと振ってみると、まだ景品が中に入っている。


 ――カパッ。


 ほとんど条件反射だった。

 子供の頃からの癖とでもいうべきか。ガチャガチャのカプセルを手にしたら開けずにはいられない。たぶん日本人あるあるだと思う。


「――――ッ!?」


 カプセルを開けた瞬間、凄まじい光が放たれた。

 懐中電灯がなければ何も見えなかった漆黒の森が、一瞬にして輝きに包まれる。

 カプセルから放たれた光が闇夜を貫き、おとぎ話や神話に出てくるような光柱を作り上げた。


「眩しッ!」


 目がくらみ、カプセルを落としてしまった。

 すると、電池が切れたように光は消え失せ、代わりに宙に光の文字が浮かび上がる。


 スキル

視動眼(ビジョンシフト)

 レアリティ★★★★

 効果 視界範囲内にテレポート可能。

 リキャストタイム3分。


 習得しますか?

 YES/NO。


「なんなんだよ、これ!?」


 突然のことに理解が追いつかない。

 謎の生きものを轢き殺してしまったかと思った矢先、死体が爆発して金色のカプセルが現れた。

 条件反射で拾って開けてしまった俺も悪いけど、まさかこの世の終わりとも始まりとも思える光が――スペシウム光線が放たれるなんて誰が予想できるんだ。

 謎の文字が浮かび上がるおまけ付きだ。


 しかも、最初は古代文字のような摩訶不思議な文字だったのに、気がつくと見慣れた日本語に変わっている。


 ――残り10秒。


「えっ!?」


 眼前の光文字が俺を急かすようにカウントを開始する。


 ――9、8、7、


「スキルってなんだよ! ゲームとかに出てくるアレでいいのか?」


 ――6、5、4、


 もし押さなかったら、習得しなかったらどうなるんだ?

 この謎の光は消えてなくなるのか?


 そもそもこれはなんなんだよ!



 ――3、2、1、


 考えている間にも刻一刻と時間は過ぎていく。


「ええーい、ちくしょうッ! なるようになれ!」


 俺はギリギリのところで【習得しますか? YES】を押した。


「え……」


 すると、驚くほどあっさり眼前の文字は消えた。


「なにもないじゃん」


 あれほど焦って身構えたのに莫迦みたいだなと、喉の奥から乾いた笑いが込み上げてくる。


 ――ピコン!

視動眼(ビジョンシフト)】を習得いたしました。


 頭の中に効果音が聞こえたかと思えば、また眼前に文字が浮かび上がる。


「……」


 タイムマシンで過去に来た瞬間、訳の分からない現象に襲われる。

 こんなのはジョン・タイターの本には書いてなかった。


「まさか、時空を越えたことで宇宙外生命体に感知されてしまったとか?」


 その結果、彼らの被検体になってしまったと考えるのはどうだろう。

 先程の選択肢は我々の実験体になりますか? YES/NOだったのではないだろうか。


 仮にこの仮説が正しかったとすると、先程のあの……爆発した死体は宇宙人ということか? いや、宇宙人が被検体として地球に送り込んできた生きものだったのかもしれない。

 もしくは超進化光線を浴びせられたニホンザルだったのかもしれない。


 爆発したのは証拠隠滅のため、予めあの生きものには小型爆弾が仕掛けられていたのだ。

 心肺停止後、数分で起爆する小型爆弾が……。


「だとすると不味いッ!」


 俺は焦ったあまり、宇宙人の被検体001になることを許諾してしまったことになる。


「……ああッ、最悪だ」


 もしこの仮説が正しければ、俺の体内にもあの生きものと同じ小型爆弾が仕込まれたことになる。


「――ッ、ああ、もうッ!」


 とにかく一旦落ち着こうと車内に戻った。


『――……っ………――……』

「――――ッ!?――――」


 すると、今度はどこからともなく不気味な声が聞こえてくる。


『――外道、大丈夫? ちゃんと過去には行けたの? 聞こえていたら返事して!』

「ああ……明護か」


 不気味な声の正体は幼なじみ兼助手の明護朱音(あかもりあかね)だった。

 タイムシーバーを使って9年後の未来から話しかけているようだ。


「これ、ちゃんと使えたみたいだな」


 明護が優れた助手であることを再確認した。


 俺は悴んだ手で助手席に投げ捨てられていたタイムシーバーを拾い上げた。

 まだドクンッ! ドクンッ! と騒がしい胸を落ち着かせるように、一度深呼吸してから応答する。


「こちら外道、タイムトラベルは成功だ」

『……良かった。ずっと返事がないから心配してたのよ』


 明護の声から、本当に心配してくれていたことが伝わる。

 聞き慣れた助手の声を聞くだけで、心がスーッと落ち着いていく。

 人の声がこんなにもリラックス効果をもたらすのか。


「ただし、問題が起きた」

『問題……? どういうこと?』

「彼らに俺の存在が知られてしまったようだ」

『まさか、過去の人間にタイムトラベラーだってバレたの!?  何やってるのよ、あんたはッ!』』

「違うんだ!  宇宙外生命体にバレたんだ」」

『………………………………………はぁ』


 タイムシーバー越しに明護のため息が聞こえる。


『つまり順調ってことね』

「宇宙人に頭の中に爆弾を仕掛けられた可能性だってあるんだぞ!  順調なわけないだろッ!」

「わかったわ、だから早くミッションを終わらせて彼女を助けなさい。イカれたマッドサイエンティストさん』

「それはわかってるけど、イカれたって言わないでくれよ!  それに、宇宙人がだな――」

『外道、彼女に告白して未来を変えるんでしょ?  だから8年もの時間をかけてタイムマシンを完成させたんでしょ。今は宇宙人の話なんてやめて!』

「……了解だ」


 俺が今やるべきことは宇宙人から地球を防衛することではない。

 まだ幼い彼女を危険から――田中の手から救い出すことだ。そのためには幼い俺が彼女に告白する必要がある。


 俺は再び車のエンジンをかけ、森を抜けて道路に出た。カーブの多い山道を走りながら、あの日を思い出していた。

 彼女、十六夜凪咲が亡くなった日のことを……。



 ◆◆◆



「ずっ、ずっと好きだったんだ! 俺と付き合ってくれ!」

「ご、ごめんなさい」 


 中学一年の夏、俺はずっと好きだった女の子にフラれた。

 といっても、フラれることはわかっていた。

 なぜなら、十六夜凪咲にはすでに田中というイケメン彼氏がいたのだ。


 だけど彼女が田中と付き合う以前、小6のクリスマスまでは、十六夜凪咲は俺のことが好きだった。そのことは、十六夜とそこそこ仲が良かったらしい明護が証言している。

 だから、もしかしたらまだ間に合うんじゃないか。彼女は今も俺のことを好きでいてくれているんじゃないかと、淡い期待を抱いていたんだ。


 結果はご覧の通り。

 思い上がりも甚だしい俺の蕾は、咲くことなく無惨に枯れた。


 やがて夏休みに入ったけれど、俺は何もやる気にならなかった。

 友達に誘われたプールも断った。

 毎年恒例の花火大会も、お祭りも断った。楽しみにしていた新作ゲームも、今は何もやる気にならなかった。


 ただただ蒸し暑いだけの、とても長い夏だった。


 そんな永遠に続くかのような夏が終わりに近づいた4週目の水曜日――ピロリロリン♪  スマホが鳴った。

 無気力症候群に苦しむ体を捻りながらスマホに手を伸ばし、なんとなくLINEを開いた。


「うそっ、マジッ!?」


 LINEの相手は十六夜凪咲だった。

 驚きと喜びから飛び起きた俺は、もう一度メッセージの内容を確認する。


 ――突然LINEしてごめんなさい。

 本当はあの日、外道くんが好きだって言ってくれたことすっごく嬉しかった。

 でもあの時の私は田中くんとお付き合いをしていたから……ああ言うしかなかったの。

 本当にごめんなさい。

 もしもまだ私のことが嫌いじゃなかったら今夜21時、学校の屋上に来てください。

 とても大事な話があります。



「これどう思うッ!」


 俺はベッドの上で心が舞い上がりそうな気持ちを抑えながら、友人の女の子に電話をしていた。


『どうって……完全に脈ありなんじゃない?』

「やっぱりそう思うか? いや、そうだよな。これって絶対そうだよな! あっ、でも十六夜は田中と付き合ってるんじゃ……」


 あのいけ好かないイケメンの顔を思い出しただけで、楽しかった気持ちが一瞬で吹き飛んだ。

 田中はいつも俺を不愉快にする。


『……これ、噂なんだけどさ』

「なんだよ?」

『凪咲、仲のいい友達には田中と別れようかなって言ってたらしいわよ』

「えっ、マジ!? それっていつ頃?」

『あたしが聞いたのは夏休みに入ってすぐの頃だったと思うけど……』


 夏休みに入ってすぐ……?

 それって夏休み前に俺が告白したことが関係してるんじゃないのか。

 実は俺と十六夜は互いに想い合っていたけど、彼女が俺と付き合うために田中を振ったんじゃ……。

 いや、絶対にそうだよ。

 そうに違いない!


 十六夜のLINEには【あの時の私は田中くんとお付き合いをしていたから】とある。

 つまり、今は田中とお付き合いをしていないということだ。

 そして最後の一文【とても大事な話があります】これはもうそういうことでいいんだよな? いいんですよね?


「やったぁああああああああッ!!」


 抑えきれなくなった俺はベッドの上で舞い踊った。


『あのさ、それだけならもう切ってもいい?』

「なんだよ、つれないな。親友の幸せを祝ってくれないのかよ?」

『……別に』

「お前なんか冷たいな」

『いつもこんなんだし。でも外道、あんた相当田中に恨まれるだろうね』

「え……」

『あんたと違って田中はイケメンで有名じゃん。女の子にも人気あるし。そんな田中があんたに負けてフラれたとなったら、プライドはズタボロなんじゃない?  あたしが田中の立場だったら恥ずかしくて二学期には行けないもん』


 今、とてつもなく失礼なことを言われている気がする――が、ハッピージャムジャム最高モードなので許す。今日の俺は宇宙で一番心が広いのだ。


『じゃ、もう切るわよ』

「待て!」

『……なによ?』

「今日着ていく服装を何枚か写真で送るからさ、どれがいいか選んでくれないか?」

『知るかッ!!』


 プツッと切られてしまった。

 きっとエアコンが故障して機嫌が悪かったのだろう。


「この暑さだもんな。そりゃイライラするわな。クククッ」


 締まりの無い顔をパチンと引っぱたき。

 夜までに勝負服を決めなければ。

 俺はクローゼットからありったけの服を引っ張り出していた。



 ◆◆◆



「くそッ、母ちゃんのせいで遅刻じゃないか!」


 20時には家を出て学校に向かうつもりだったのに、


『戦樹、リビングのテレビ調子悪いのよ。ちょっと見てくれない? あんたこういうの得意でしょ?』

『今から友達と約束あるから無理!』

『何が無理なわけ? 少し遅れるって友達にLINEすれば済む話でしょ。一日中だらだらしてんだからこれくらいやってちょうだい。嫌だってんなら今後お小遣いはあげません』


 あのババアッ。

 自分がドラマ観たいからって無茶苦茶言いやがって。

 お陰で20分も遅刻だ。


 俺は脚が外れてしまうんじゃないかと思うほどペダルを漕ぎ、学校まで急いだ。

 校門前で投げ捨てるように自転車を降りると、俺はそのまま門扉を飛び越えた。

 夜空には夏の最後を彩るように、大輪の花が咲いていた。


「待っててくれよ、マイハニー」


 はやる気持ちを抑えきれなくなった俺が校舎屋上に目を向けたその時だった。


「え……」


 屋上から何か……人影らしきものが落ちたのだ。

 そして次の瞬間――ゴンッ!!!

 交通事故でも起こったのかと錯覚するほどの轟音が、夜の帳に轟いた。


 駆けていた俺の足もいつの間にかゆっくりになり、やがてぴたりと止まった。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をする。

 まだ少し肺が痛い。

 ドクンッ! ドクンッ! と暴れる心臓を服の上からギュッと掴みながら、俺は何かが落ちて来たほうに向かって歩き出していた。


「――――ッ」


 俺は暗闇の中に横たわる彼女を――十六夜凪咲を発見した。





「ああああぁぁああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁあああああぁあああああああああぁぁぁああああああああああ――」






 それからのことはあまり覚えていない。


 ただ一つ覚えていることは。

 彼女を抱きしめて上を見上げた際、屋上からこちらを見下ろす人影を見たということ。


 警察は彼女の死を事故死として処理した。

 彼女が花火を見ようと柵に寄りかかった際、誤って転落したと。


 だけど、俺はたしかに見たんだ。

 あの日、十六夜が転落した屋上には彼女以外の誰かがいた。


 考えられる人物は一人――田中だ。

 俺は田中がフラれた腹いせに、彼女を屋上から突き落としたのではないかと考えている。




 田中、俺はお前だけは許さない!

ご愛読ありがとうございます。

こちらは宣伝用の短編になります。

連載版は↓から読みに行けますので、お読みくださると嬉しいです。

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是非お読みください!
タイムトラベルして帰ってきたら、世界中にモンスターが溢れていた。
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