ある2人の日常
本来なら短編で出す予定だったんですけど、長くなりそうなので連載になりました。その関係で1話が少々不自然にきれていますがご了承ください。
リリリリッ!と空気の振動が、暴力となって鼓膜を叩く。いつまでも、温もりに浸るのを責めるかのように。
しかし俺は心を鉄にし、断固として反抗の姿勢をとる。少しばかり、意識を引き上げられてしまったが、そんな物は関係がない。再び夢の世界に帰る為、さぐりさぐり元凶へ手を伸ばす。しかし
「このバカ勇人さっさと起きろ!」
怒鳴り声と共に「グギャッ!」という、鈍い音に俺の試みは潰されてしまった。そして思わず
「いっってぇぇぇ!」
と飛び上がる。慌てて、自分の右手を見ると、無惨にも赤くなっていた。二度寝の邪魔をされたこと、右手を破壊されたこと、二つの恨みを込め、目の前の破壊者を睨み付けた。
「おい、桔梗!何、人の右手を潰しやがってんですか?!」
相手を責めるように、真っ赤な右手を見せつける。しかし、奴はそんなことを気にする素振りもなく、すました顔でその長い髪をかき上げる。
「はぁ?知らないわよ。あんたの右手なんか。どうせ、あった所で碌なことに使わないんだから。」
と無茶苦茶なことを言ってくる。流石に、温厚な俺でもその言い分には堪忍袋の緒が切れてしまった。
一発ビシッと言い返してやろうと深呼吸すると
「それに見なさい。時間。」
ピッと時計が指される。時計の針は最終ラインである、7:40を超えた、7:50を指していた。
「うわぁ!」
思わず、勢いよく飛び上がる。はぁ…とため息をつかれ、若干の呆れた眼差しを向けられるのも構わず急いで駆け出した。
※
「で、みんなの前に颯爽登場って訳か」
と面白そうに目の前のイケメンが笑いかけてくる。こっちはことの顛末を真剣に語っていると言うのに、まるで本気で取り合う様子を見せない。
結局俺は始業時間に間に合わず、みんなが先生に朝の挨拶をする、その瞬間に入ることになった。しかもただの遅刻ならともかく、慌てすぎた俺は足をもつれさせ前転を決める羽目となったのだった。
「いやそれにしても傑作だったな!お前の綺麗な前転!三回転って!」
「ふんっ!うるせぇ、颯太。お前は楽しそうで良いよな!こちとらそのせいであいつから無視されてるって言うのによ」
遅刻をかました挙句、クラス、いや学年へその醜態を晒した俺は幼馴染から絶対の拒絶を受けてしまった。
巻き込んでしまったので申し訳ないと思い、謝罪をしようとするも身にまとう雰囲気を使った恐るべき表現力で、拒否してくる。
「いやー藤宮ちゃんも分かりやすいよね。あからさまに不機嫌オーラ出しちゃってさ。あれが、我学園が誇る才女だなんて信じられないよ。」
「本当だよ。もう少し寛容になってくれても、バチはあたらねぇよ…」
はぁ…とため息をつく。確かに今回の件は寝坊し、慌てて足をもつれさせた俺が悪いとは言え流石にあの拒否っぷりは酷くねぇか?と思う。別に置いてってくれて構わないのに。
朝以来、全く話していないことを思い出し少し俯く。
「っぷ」
「何笑ってんだよ?」
少しムッとしてジロリと睨む。
「いやーごめんごめん。本っっ当に分かりやすいなと思っただけだよ。別に他意は無いよ。あとさ、自分のことばかりなのは良く無いと思うよ?君と登校するためにわざわざ待ってくれてるんだろ?ならそんな風に思っちゃ可哀想だよ。」
図星を突かれギクッとしてしまう。確かに今のは良くなかったと自省する。そしてもう一度、はぁ…と息を出した。今度は不満を出すためではなく、躊躇いを押し出すためのものだった。そして席を立つ。予想以上に勢いが良かったらしく、椅子が大きくガタンと鳴った。そしてその勢いそのままに一直線に歩いて行った。
「なぁ…その、ちょっと良いか?」
「なによ」
こちらを振り返りもせず、そう吐き捨てる。言葉だけで見れば続きを促しているが、その声音は「もう知らない」と言っていた…ように聞こえた。
「ごめん!みんなの前で恥かかせて!」
意を決してハッキリと謝意を伝える。さすがに、謝っている相手を無視し続けるのは気が引けたのか、不機嫌そうなままこちらを振り返る。
「別に…。気にしてないわよ。あんなこと。」
相変わらず不機嫌そうな様子なのは変わらなかったが、不思議とその言葉は本当だと感じられた。
「だったらなんで…」
「別に?た、ただ 」
後半になるにつれて口をモゴモゴと動かすばかりで何を言ってるか途中までしか聞き取れない。
「ごめん、よく聞えなかった。ゆっくり、なんだよ。」
そう改めて問い直すと、さっきまで俯いていたのを急にこっちに振り返る。そこには顔を赤くして、こちらを睨む、桔梗の顔があった。
「う、うるさい!私が何言ったとかどうでも良いでしょ!それよりどうやって詫び入れるつもりよ」
「詫びって…。ヤクザか!お前は。それにさっき気にしてないとか言ってなかったか?」
先程までと180°意見を変えてくる桔梗に、少したじろぐ。だが、元々謝るのが目的だったと、小さく深呼吸して立て直す。
詫びとは言うが、一体何をしたら良いのか皆目検討もつかない。しかし見当違いなことを言って余計怒らせるのもまずいだろう。
「なぁ。何したら許してくれるんだよ。」
「質問に質問で返すなんて馬鹿なの?詫びっていうのは誠意を見せることが大事なのよ?少しは自分で考えなさいよ。」
うっ。正論で返されてしまった。これはちゃんと考えなければ、火に油を注ぐだけだろう。
俺はしばらく思案し、答えを出す。
「じゃあ今週の日曜日、買い物に行かないか?」
解答の採点結果はどうだろうかと、恐る恐る顔を見ると
「はぁ!?なんであんたとデートに行くことが私へのお詫びになるのよ!」
めちゃくちゃ真っ赤な怒り顔だった。
「いや、別にデートとか言ってねぇよ!ただこの前、買い物するとついつい買い過ぎちゃうから、荷物持ちが欲しいって愚痴ってたろ。それだよ。それに買い物ついでに飯とか奢らせてくれよ。それでチャラじゃダメか?」
「デート」と言われ思わず、早口になる。
「ふ、ふん!それくらい知ってるわよ!ま、まぁ良いわ。誠意は伝わったわ。じゃ、今週の日曜に駅前の桜モールね!日曜にフェスがあるらしいの!ほら、もうすぐ文化祭でしょ?何か参考になるかもしれないじゃない?分かった?」
俺に釣られたのか、一気に捲し立てる姿につい呆気に取られる。しばらく経って、ようやく俺の謝罪が受け入れられたらしいことに気が付いた。
「あ、ああ。これで良いなら助かる。」
会話が一段落つくとタイミングよく開始のチャイムがなった。慌てて席に着くと颯太が振り返り、ニヤニヤとしながら声をかけてくる。
「それにしても、『ピンチはチャンス』なんてよく言った物だね。良くやるじゃないか。勇人のくせに。」
「なんだよ。何が言いたいんだ?」
にやけヅラを晒しながら、要領を得ないことを言うので、つい返事も投げやりなものになってしまう。しかし、颯太はそんなこと意にも介していないように微笑むだけで何も言わない。追求しようとすると、タイミング良く先生が入ってくる。「覚えておけよ。」という念を込めて睨みつけるも、その顔が振り向くことはなかった。
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