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恋なんて、めんどくさい  作者: mi✩.*˚(みい)
8/10

chapter8:名のない涙が、とまらない

 「じゃーん!」


  バイトから帰ると、また褒めてほしそうな顔でユキミがわざとらしくコチラにポーズを決めている。少し気合いの入った大人びたワンピースに身を包み、何より今朝と印象が違うのは黒ではなくなった髪色と、ふんわりセットされた髪型だ。さすがになにかと疎い僕でも、すぐに気付くほどの変化。


「染めたの?」


「うん、夏休みだし大学生になったし?」


なんだかモヤモヤする。オーディション用だと、率直に答えてほしかった。いや、そんなの僕が指定できることではないが、ユキミの言葉選びひとつにモヤっとした自分に驚いた。無邪気な笑顔でユキミは僕の感想を待っている。それはわかっているけれど、この謎のモヤモヤが邪魔して何か無理に答えるよりは、何も言わない方がいい気がした。


「ねぇ、どうかな変?」


 「すごく変わったね」


「え、どういう意味?」


急かされてなんとか出た言葉が、それだった。だめだこれは、少し自分の中で整理してからじゃないと今の僕はユキミを傷つける。


「今日疲れてるんだ…ごめん、風呂入って寝る」


「え、ごめんコウタくん黒髪フェチだった?」


「そういうんじゃないから、気にしないで」


きょとんとするユキミをリビングに置き去りに、風呂へ向かった。シャワーを浴びながら考えてみたが、そんなに簡単に自分で理解できる感情じゃなかった。なんのためだろうとユキミの自由だし、きっと「可愛いじゃん」のひとことがほしかっただけだろう。ユキミが輝き始めるほどに、なんとなく疎外感のようなものが僕の中でうまれている。そもそも僕らは比べたりするような対象ではないのに、素直にくしゃくしゃに褒めてやれなかった。急に、ユキミの夢の実現が現実味を帯びてきたことに必要のない焦りを感じていた。何より、そんな自分に戸惑っていた。


そそくさとロフトへ逃げ込み、就寝体制で気持ちの整理を試みた。思考が追いつかない時は、最終的にひと晩置くのが1番得策だ。いつものようにラジオをイヤホンで聴きながら、強制的に目を閉じて寝よう寝ようと心の中で唱えた。



どのくらい経っただろう、本当にいつのまにか寝てしまった。今は夜中の何時か確認しようと、スマホに手を伸ばそうとしたその時。


 ーーぎしっ


一段一段、静かに僕を起こさないようにユキミがロフトのはしごをのぼってくる。スマホに伸ばそうとした手を引っ込めて、とっさに寝たふりをした。僕との約束通り、ユキミがロフトに完全に上がることは一度もなかった。近寄って話しかけに来る時も、はしごの途中までのぼり顔をひょこっと覗かせていただけだ。僕が寝たふりをしているとはいえ、今までで1番高い位置までのぼってくる音がする。そして、ユキミが上半身をこちらへ乗り出す気配がした。すっと華奢な手が伸びてきて、想定外に僕の頭をくしゃくしゃにした。いつもユキミが喜ぶやつだ。自分がされてみると、思ったより遥かに心地良い。今日も、もっと素直にくしゃくしゃにしてやれば良かった。


そんな事を思っていると、寝たふりの僕の頬に温かい雫が落ちてきた。もしかして、泣いてる?と思った時にはもう、ユキミが鼻水をすする音も聞こえた。驚いた僕はパチッと目を開けてしまった。僕が起きた事に反応できないくらい、想像よりユキミの顔はぐしゃぐしゃだった。その涙を拭いたい…女の子の涙の拭い方なんて知らないけど、吸い寄せられるように頬に向かって右手を伸ばした。だけど、頬にたどり着く前にユキミに遮られた。


手のひらを合わせる形に誘導され、涙に触れることを許されなかった。合わさった手のひらをそこからどうすればいいかわからずに固まっていると、ユキミが涙をいっぱい溜めた目で無理矢理くしゃっと笑いながら、言った。


「ありがとう、またね」



それは、突然やってきた瞬間だった。手のひらを離し、もう一度僕の頭をくしゃくしゃっとすると、ユキミは身をひるがえしてはしごを降りた。いつの間にかまとめたらしい荷物をさっと全部持ち、すぐに玄関から出ていった。僕は、あっけに取られて中途半端に上半身だけ起き上がった体勢から、何も動けなかった。手も足も出ないとは、こういう事なのか。思えば、出会った瞬間から家に帰りなさいと言っていた。これが、正しい。在るべき場所へ、ユキミが帰っただけだ。


ユキミは、引き止めてほしかっただろうか。でも意思の強いタイプだから、決めたことは実行するだろう。じゃあ、僕はどうだったんだろう。ユキミの行動の早さに、僕は追いつけなかった。何か結論を出す隙もなく、終演の幕が下ろされた。出会ってからこの部屋で過ごしていた僕たちは、連絡先も知らない。追加公演は、存在しない。


ストンと力が抜けた。ユキミと過ごした空気がまだ残る、この部屋が見渡せる方に向いたまま横になった。床に近い方の目尻から、涙が重力に従って落ちた。これは悲しいからとかではなく、眠いときに横になると出てくるアレだ。そうだ、寂しいとかじゃないんだ。たまたま誰かが心に深く入ってきて、それがいつの間にか心地よくて、それで泣くなんて、そんなのめんどくさい。めんどくさいのに、その不思議な名のない涙がなかなか終わらない。寝転んだまま腕を伸ばしてみたけど、こんな時に限ってティッシュの箱も手が届かない。あぁ、めんどくさい。


諦めて、気にせず涙を流しっぱなしに仰向けになった。取って付けたようないつもの不自然な天窓から、ユキミが好きだと言っていた星たちに見られていた。

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