chapter5:いまの、もっかいやって?
「え、コウタくん出かけるの?」
想定外みたいな顔で、ユキミが聞いてきた。僕はもう、片足をスニーカーに突っ込むところだ。ユキミは朝の歯磨き中で、付いてこようにも不可能な状態。
「平日は結構がっつりバイトです、夏休みだからね」
「そっか、じゃあ私ヒマだな…」
「僕はヒマつぶし相手じゃないからね?そろそろお家に帰る準備でもして下さい」
「今日も冷たいなぁ、いってらしゃい!」
納得いかない顔のユキミに見送られて家を出てきた。なんかこう、違和感ばかりだ。僕がいないことを残念がられるようなことも、いってらっしゃいと見送られることも。なんだかモヤモヤしたまま、丸1日CDショップでのバイトをこなした。
このあと帰ったら、僕の家に人がいるということすら、くすぐったい。無意識に家に着く少し前から、タバコを吸い始めた。このタイミングで一服しておけば、家の中で吸う回数が1回だけ減るだろう。
ーガチャ、バタン
「おかえりーっ!!」
言いかけたただいまを飲み込むほどの勢いで、ユキミが出迎えにきた。僕は思わず身を引き、閉まったばかりのドアに背中が当たる。次の瞬間、今度はユキミが後ずさった。
「え、タバコくさ!何のバイトしてんの?」
「バイトは関係ない、嫌なら離れてな」
僕が言葉で突き放す度に、ユキミは毎度のふくれっ面をする。それより、今僕は"離れてな"と言った時に、右胸の前で人さし指を立ててしまった。まさかユキミがよくやるジェスチャーがうつるなんて。ふくれっ面のユキミにはバレていないようなので、さりげなくその手を下げた。
「とりあえず僕は風呂に…」
と言いながらスニーカーを脱ぐと、部屋の空気が違うことに気付いた。もともと物は多くないが、誰が来るわけでもない部屋なので適当にしていた所は多々ある。それが整理整頓されて空気がキレイになっている。自分の部屋なのに、今タバコくさいと言われた僕が入るのを一瞬ためらうくらい。
「え、掃除してくれたの?」
やっと気付きましたかと言わんばかりに、ただニコニコとわざとらしくユキミがうんうん頷く。
「すごい綺麗じゃん、引っ越して来た時以来の新鮮な空気かも…ありがとう」
そう言いながらつい、妹にやるみたいにユキミの頭をくしゃくしゃっと撫でてしまった。あ、しまったと思い目線をはずして、そっと手もどけた。 ユキミは斜め下を向いたまま時が止まっている。単純にやめろって嫌がるか、子ども扱いするなと怒られるかと思って少し覚悟した。
「ねぇ、コウタくん」
下を向いたままの、ユキミの低めの声。やっぱり怒らせたか…と思いつつ続きの言葉を待つ。
「いまの、もっかいやって?」
突然僕を見上げて言う。あれ、怒ってない。
「いまのって?」
「いーまーの!頭くしゃくしゃってやつ」
「ああ、これ?」
言いながらもう1度ユキミの頭をくしゃくしゃっとする。すると、お嬢さんはご満悦の表情でリビングにあるクッションを抱きしめに行き、そのままこちらを振り返った。
「家賃代わりに何かしたいなと思って、大したことできないけど頑張ってよかった、ふふ」
「掃除は本当にありがとう、でも家賃とか考えるより早く家に帰ってくださいね?」
「はいはい…あ、タバコのにおいだけは無理だったわ、灰皿は自分で片付けてね」
「了解でーす」
そう言って風呂へ向かうと、洗面台も風呂場も小綺麗になっていた。少し清々しい気分で、丸1日バイトしてきた体にシャワーを浴びた。徐々にユキミの存在に対して、ここにいてもいいんじゃないかという気持ちが湧きそうな自分もついでに洗い流して、なかったことにした。




