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本当のわたし








 私のことを知ってもらうには、これが一番だ。

 と言うよりも、これしか思いつかない。


 そう思った私は、まずは一番なじみのある生物の幻影を映し出した。

 黒く鋭い体毛に覆われた見上げるほど大きな生物。


『グルルルル……』

「────っっ、ヒッ」


 突然目の前に姿を現した唸り声をあげる生物に、ストラー侯爵令息は顔をひきつらせ、小さな悲鳴をあげた。

 想定通りの反応に嬉しくなる。


「これは黒霧の森の最深部でお馴染みの魔獣、ダークニードルです。私はこの魔獣の駆除をよく行っています。巨体なくせになかなか素早く、硬い体毛に覆われた体には剣も魔法攻撃もなかなか効きません。さて、仕留めるにはどう攻撃をすればいいと思いますか?」

「……」


 何となく問いかけてみたけれど、彼は口を開けて呆然としているだけで返事がない。

 仕方がないので答えを見せよう。

 私は幻影で作り出した剣を魔獣の口の中目掛けて勢いよく放った。


「こうやって、口を大きく開けた瞬間に喉の奥深くまで一気に剣を突き刺します。他にも水魔法で窒息させるという手もあります。絶命するまではしばらく暴れ回るので、刺した後はすぐに離れないといけません」

「……っっ!」


 幻影の魔獣は口から血を吐きながらしばらくのたうち回った後、動かなくなった。

 ストラー侯爵令息はその様子に蒼白になる。


「こうやって、多い時には一日に二十体ほど狩っています。繁殖期に数をしっかり減らしておかないと、森の動物を食い尽くしたり、最深部から出て来てしまうので、中級以下の冒険者が襲われてしまわないように駆除する必要があるのです」


 一通り説明を終えると、もう必要なくなった幻影をすっと消す。

 目の前に転がっていた屍が消えると、ストラー侯爵令息は大きく息を吐き、安心したような表情をみせた。


「では、次にいきますね」


 ゆっくり落ち着く暇を与えずそう切り出すと、彼の身体はビクッと跳ねた。

 次も私になじみのある魔獣を紹介するつもりだ。

 赤黒く光る弾力のある皮膚に前に突き出た牙、四足歩行の大きな生物の幻影を映し出す。


『フシューッ、フシューッ』

「っっヒイッ!」


 ストラー侯爵令息はまた小さく悲鳴をあげ、その場にぺたんと座り込んだ。足が震えて立っていられなくなったようだ。


「これはグレイトピッグといいます。こちらも巨体の割に猛スピードで突進してくるので、まともにくらうと全身の骨が砕けて内臓が破裂します。つまりは普通に死にますね」


 魔獣は荒く息を吐きながら右前足で地面を何度も削る。突進してくる数秒前という様子だ。


「一度獲物と決めた相手を諦めることはありません。鋭い嗅覚でどこまでも追跡し、獲物を押し潰すまで突進し続けてきます」


 幻影の魔獣はストラー侯爵令息を獲物に定め、殺気を込めた眼光で威嚇する。


「しつこい相手ですが、対処法はいたって簡単なんですよ」


 私はそう言って、幻影で作り出した長剣をひと振りした。

 急に静寂が訪れた空間に、ゴロンという音と巨体が倒れた大きな音が響く。


「ね、簡単でしょう? 先ほどの魔獣と違って体毛も表皮も硬くないので、簡単に首を落とせるんですよ」

「~~~っっ」


 ストラー侯爵令息の顔は恐怖に歪んでいる。

 私がこの人に抱いていたものと同じくらいの恐怖を味わってもらえているだろうか。そうだとしたら嬉しい。

 だけどここで止めたりはしない。

 ずっと私を探しつづけていたこの人には、まだまだ知ってもらわないといけないことが沢山ある。


「次は、解体方法をお教えしますね。魔獣は知性も理性も持ち合わせていませんが、貴重な食料や素材になるものがいます。この魔獣は食料として重宝されています」


 冒険者は魔獣を倒すだけではなく、迅速に解体する技術も必要だ。水魔法を使いながら、これでもかと丁寧に実演して見せた。

 もちろん血も内臓も全て正確に再現する。そうでないと意味がない。


「では、次に行きましょうか」

「~~~~!!」


 ストラー侯爵令息はもう声も出ないようで、声にならない叫びをあげている。

 解体の様子を最初から最後まで見てもらったので、次は小型魔獣が大量発生した時の様子を見てもらう。結局は全て首を落とすだけなのだけど。


 幻影魔法を使いすぎて疲れてきたけれど、しっかりと私を知ってもらわないといけないので、ありったけの魔力を総動員して全力を尽くした。




  * * *




 どれだけ時間が経っただろうか。


 これでもかというほどに私という人間を見せつけて満足したところで、私たちを包み込んでいた幻影を解除した。

 さすがに魔力を使いすぎたため、ふらりと立ち眩む。


「わっ、大丈夫?」


 慌てて私の肩を支えてくれたのはテオさんだった。

 ずっと近くで待っていてくれたようだ。


「ありがとうございます。張り切りすぎちゃいました」

「ん、そっか」


 満足気に笑いかけたら、テオさんは眉尻を下げて目元を和らげた。


 立ち眩みが治まると私は地面にへたりこんだまま動かないストラー侯爵令息に話しかける。


「ストラー様、今日は疲れてしまったのでこれで終わりですが、もっと私のことを知りたければ、長期休暇明けにいくらでもお教えしますから、遠慮なく言ってくださいね」


 彼はゆっくりと顔を上げて私を見た。

 恐怖と蔑みの表情。もう以前のような熱は少しも感じられない。


「……もう結構だ。君のような野蛮な女性とはもう関わりたくはない」

「そうですか。それは良かったです。では、これで失礼します。さようなら」


 欲しかった言葉をもらえたことに安堵する。

 にっこりと心からの笑顔と共に別れを告げて、そのままその場を後にした。


 幻影魔法の使いすぎでまたふらりと立ち眩んでしまい、テオさんに身体を支えられる。

 まともに歩けそうになくて、しばらくの間、彼に肩と腕を支えてもらいながら歩くことになってしまった。


「本当にすみません……」

「大丈夫だよ。今からどうする? 会場に戻るのは無理だよね?」

「そうですね。とても疲れたので帰ります。もう一人で歩けますので、テオさんはパーティー会場に戻ってください。ありがとうございました」


 お礼を言って頭を下げ、そのまま立ち去ろうとしたけれど、テオさんはなぜか手を離してくれない。


「あの……」


 どうしたらいいのか分からず顔を見上げたら、彼はなぜか暗い表情をしていた。


「えっとさ、それなら少しだけ話がしたいんだけど、大丈夫かな?」

「……はい、大丈夫です」


 本当はもうこれ以上一緒にいたくない。話もしたくないから今すぐ帰りたい。

 だけどそれとは別に、もう少しこのまま一緒にいたいという気持ちも抱いてしまう。

 早く諦めてこの恋を忘れたいのに、昨日以上に好きになってしまっている。


 二人で学園の中庭に向かい、ベンチに腰かけた。

 ベンチの真上の木にはランプが吊るされていて、オレンジ色の灯りがゆらゆらと揺れていた。


「あのさ、俺は君に何か気に障ることしたかな? 試験が終わったのに屋上に来ないから……ちゃんと反省するから、何があったのか教えてほしいんだ」

「えっ? いえ、そんなことは……」


 なぜ屋上に来ないのかと、理由を尋ねられることは予測していたが、まさかの切り出しに困惑した。

 そして自分がどれだけ軽薄な行動をとったかにようやく気づく。


 私は自分が傷付きたくないからという理由で、きちんと説明もせずに一方的に避けてしまっていた。

 テオさんにとって私は、想い人ではないにしても、友人として仲良く交流していた相手だ。


 彼は私に対して何一つとして不誠実なことをしていないのに、立ち聞きして勝手にショックを受けて落ち込んで、関係を終わらせようとしていた。

 申し訳なさでいっぱいになり、きちんと説明することにした。


「テオさんが何かした訳ではありません。あなたには数年前から想い続けている人がいると聞いたので、会うのは迷惑になるかと思って屋上に行くのをやめました。説明もせずに不安にさせてしまい、すみませんでした」


 心から反省して深々と頭を下げると、テオさんはとても驚いていた。


「え!? ちょっと待って、何それ? 何でそんなこと知っているの?」

「何でって、学園内で噂されていますよ。なので知っている人は大勢いると思います」

「えー……何それ。何で?……あー、そっか。あの時の子かぁ……俺、誰にも言わないでって言ったのにな。言いふらすとかないよ……」


 テオさんは両手で頭を抱えて項垂れた。

 実は私もその場で途中まで盗み聞きしていたのだが、それは言わないでおこう。


「あー、もう仕方ないか。何から話そうかな……ねぇ、シーラさん。どうして俺が、君がどんな魔獣でも一撃で仕留めるっていうことを知っていると思う?」


 ようやく顔を上げたテオさんは、何かが吹っ切れたような、清々しさを感じさせる顔で私に質問した。

 そういえば、ストラー侯爵令息から守ってくれていた時にそんなことを言っていたなと思い出す。


 それはうちの子爵領の冒険者ギルドの人たちは皆知っていることだと思うが、リュフト辺境伯領にまで知れ渡っているらしい。


(……あ、もしかして)


 すごく嫌な予感がしてきた。

 もしかすると、自領での不本意な二つ名が他領でも浸透しているかもしれないという嫌な予感。

 そうだとしたら、さすがに恥ずかしい。


「もしかして私、そちらの冒険者ギルドでも『白金の死神』だなんて呼ばれていますか?」


 おずおずと質問してみると、テオさんは少し気まずそうに眉尻を下げた。


「えっと……うん、その二つ名はわりと有名かな」

「うわぁ」


 恥ずかしい。

 せめてもう少しまともな二つ名が良かった。誰だよ最初に言い出した人。今度探してみよう。見つけたらただじゃおかない。

 私は恥ずかしすぎて両手で頬を覆った。

 テオさんは私を見ながら表情を和らげて、話を続けた。


「でもね、俺が君が強いって知っているのは、噂で聞いたからじゃないよ。俺はこの目で見たから知っているんだ」

「見たから?」


 私が森で魔獣を狩る姿を目撃している人は大勢いる。それはもう数えきれないほどに。

 だからテオさんが見ていたとしても、さほどおかしなことではない。


 だけど私の頭に真っ先に浮かんだのは、一人の少年の姿と名前だった。

 前にケーキを美味しそうに食べているテオさんを見た時に頭に浮かんだ少年。


「テリー?」


 そう呼びかけると、テオさんは柔らかな笑みを浮かべた。

 それは私の呼びかけを肯定するものだろう。

 まさか、本当に?

 呼び掛けておいてなんだが、そんなはずはない。

 テリーは鮮やかな青い髪をしていた。テオさんは藍色の髪なので全然違う。


「あの、でも髪の色が違いますよね?」

「うちの家系は大人になるにつれて、髪色が落ち着くみたいなんだ」

「なるほど。そうでしたか」


 そういった話は聞いたことがあるが、実際に目にするのは初めてだ。

 あんなに鮮やかな青色から落ち着いた藍色になるだなんてと驚いた。


 髪色については理解したが、どうにも納得できない。

 私の記憶の中の少年と目の前の人物の姿が違いすぎるからだ。


「何というか、その、しゅっとなって縦に大きくなりましたね」

「うん。あのあとぐんと伸びたんだ」

「そうでしたか……」


 いや、さすがに伸びすぎではないだろうか。

 私は内心で突っ込みをいれた。


 テリーは私よりも背が低く、全体的にお肉がたっぷりとついていた。

 とにかくまん丸でぷにぷにとしていて肉肉しかった。


 つまりはこんなに色気がだだ漏れの爽やか美人ではなかったのだ。時の流れとは恐ろしい。


「俺、シーラさんと一緒にこの学園に通えるのを楽しみにしていたんだよ。それなのに、いざ入学したらシーラさんの姿が見当たらなくて。同じ名前の子はいても容姿が全然違って、なかなか声を掛けられなかったんだ」

「……そうでしたか」


 私とテリーは昔一度会ったきりで、その後は手紙のやり取りすらしていない。

 お互いあの頃と全く違う容姿をしていたのだ、気づくはずもない。


「だけど姿は違っていても動きや雰囲気を見ていたら、やっぱりあの時の子なんだって確信が持てて。それでやっと勇気をだして話しかけたんだ」

「それで屋上に来たのですね」

「ん、そうだよ」


 そうだったんだ。

 私を探してくれていた人の存在を知り、じわじわと胸の奥が熱くなってきた。


 入学式からずっと一人で過ごしてきて、楽しい学園生活なんて諦めていた。

 だからテオさんが私の魔法に偶然気づき、会いに来てくれたことにより交流が始まって、すごく嬉しかった。

 だけどそれは偶然じゃなくて、私という人間に会いにきてくれていたらしい。


 そうなると、もしかしてという可能性が大きくなり、期待する気持ちでいっぱいになってしまった。

 あの時のあの言葉はもしかすると、自分のことではないかという期待。


「あの、テオさんの想い人というのは……」

「もちろん君のことだよ。俺はあの日、出会った瞬間からずっと君のことだけを想い続けてきたんだ。……って、え!? シーラさん、どうして泣いているの?」


 どうしてと言われてもそれは仕方がない。

 テオさんに想い人がいると知ってずっと辛かった。

 私ではない誰かだと思っていたその人が、自分だったなんて夢のようだ。


「だって、すっごく嬉しくって」

「っっ……!」


 笑顔で素直な気持ちを伝えたら、強く抱きしめられてしまった。

 ほのかに漂ってきた甘い匂いは私が大好きな匂いだ。

 今日はパーティーなのに相変わらず持ち歩いていたようだと分かり、愛しさが込み上げてくる。


 初めて出会った日を懐かしく思い、もしかして彼がチョコレートを好きなのは、私がきっかけなのかなぁなんて思った。


「ねぇシーラさん、ストラーの執着からやっと解放されたところで悪いんだけどさ、俺の執着はもっと重くてしつこいと思うんだ。知られたからにはもう逃がしてあげられないから、諦めて捕まってくれると嬉しいな。ごめんね」


 テオさんは私の耳元で、とてつもなく質の悪い言葉を、どこまでも優しい声で言い放った。


 執着していると宣言されても、嬉しい気持ちしかわいてこない。

 彼の想い人が自分だったなんて夢のようで、この人になら捕まってもいいと思ってしまう。


「どんな執着でも喜んでお付き合いしますよ」


 こんなに甘くて優しい執着からは逃げる必要なんてないから、このままずっと捕まえていてほしい。


「うわー……そんなこと言われたらもう遠慮できないんだけど。休み中も会いに行って良い? ダメって言われても行くけど」

「もちろんです。たくさんお肉焼いて一緒に食べましょうね」

「ん、やったぁ」


 そう言って嬉しそうに笑う姿が、記憶の中のテリーと重なった。



 明日からは長期休暇が始まる。

 黒霧の森の真ん中で、出会った日のように共に過ごせる日がやってくる。

 そこで数年間の想いを聞かせてもらえるだろうか。

 どうして今までテリーだと名乗り出てくれなかったのかも教えてもらおう。


 そして休みが明けたら、本当の自分の姿で学園生活を送るんだ。大好きなこの人と共に。



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