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侯爵令嬢に呼び出される

 今は魔法学の授業中。


「それでは今から実験を始めたいと思います。自由に4、5人のグループを作ってください」


 講師の言葉を受けて、クラスメートは皆それぞれ仲の良い者たちで集まりだした。

 この講師はいつもこうだ。

 グループを作れという言葉がぼっちの心をどれだけ深く抉るかなんて、想像すらしていないのだろう。

 ぼっちの気持ちを考えろと呆れながら、じとーっと視線を送る。


 仕方がないので私はグループが出来上がっていく様を傍観し、後から4人グループに入れてもらおうと座って待っていた。

 だけどその前に多分あの人が声を掛けてくれるかな、なんて淡い期待を抱きながら。


「フォンデルさん、私たちと一緒にどうですか?」


 思っていた通り、私に声を掛けてくれたのはレベッカ・フロークス子爵令嬢。

 先週の昼休みに校舎裏で女生徒たちに囲まれていた人だ。


 肩の上で切り揃えられたミルクティーブラウンの髪に大きな橙色の瞳。

 ふんわりと癒し系な雰囲気を纏った、とにかく優しくて気遣いのできる可愛らしい人。


「ありがとうございます。ご一緒させてください」

「喜んで」


 フロークスさんは、私が教室の中で一人で本を読んでいる時はそっとしておいてくれるけれど、こういう状況になった時には必ず声を掛けてくれる。

 私は幻影魔法が解けてしまわないよう集中しているため、満足に話すこともできないし、実験の様子を傍観しているだけだというのに、毎回誘ってくれるのだ。


 私はフロークスさんのことが大好きである。できればお友達になりたい。

 彼女と一緒に休み時間を過ごしたり、楽しくおしゃべりしたくてたまらない。

 そんな普通のことが今の私にはできないので、ぐっと我慢しているけれど。


 フロークスさんと第一王子が仲を深めていって、婚約したら良いなと心から願っている。

 いつか王子が国王になった時には、この人はこの国の王妃になるということだ。それって素敵。


 第一王子は本当に見る目がある。

 一度も話したことがない、やんごとなき存在を勝手に見直しているのは秘密だ。




  * * *




 何だか最近おかしい。

 そう気づいた時にはすでに、フロークスさんは一人でいるようになっていた。

 クラスの中でも不自然なほど、誰も話しかけようとしない。優しくて慎ましやかで天使な彼女がクラスの皆から嫌われるなんてあり得ない。


 だとすると思いつく原因はひとつ。

 第一王子を慕っているという令嬢たち。そう、校舎裏でフロークスさんを取り囲んでいたあの5人だ。


 フロークスさんと親しい人を脅して、彼女を孤立させるという手に出たのだろう。


 彼女たちのリーダー格は侯爵家の人間らしい。そんな人から脅されてしまっては、下位の貴族は従う他ない。

 なのでクラスメートを責める気持ちはない。

 私は元々ぼっちなので、水面下で行われていたであろう計画は伝わってこず、結果としてフロークスさんがポツンとなってからようやく気づいた。


 そんな嫌がらせなど思い付かないほど、もっと徹底的に懲らしめてやればよかったと後悔している。


 5人のうちの1人は、あの時フロークスさんに対して炎を放った。

 本当は学園内で人を傷付ける目的で攻撃魔法を放った時点で即退学なのだが、屋上から隠れて見ていた私とテオさんの証言だけでは証拠としては不十分だった。


 大勢の目撃者や動かぬ証拠がないと退学には追い込めない。

 5人は学園長から口頭で注意を促されるだけにとどまり、今も普通に学園に通っている。




「フロークスさん、食堂に一緒に行きましょう」

「え?」

「さぁ、行きましょう」

「えっと、あの……」


 私はフロークスさんの手を引いて食堂へと向かった。少し強引になってしまったけれど後悔はない。

 この人がしょんぼりしているところは見たくないから。


 会話がままならない私と一緒にいても楽しくはないだろうが、気休めにはなるだろう。

 ひとりぼっちは寂しい。近くに誰かがいるだけで、少しでも心穏やかになってもらえたらいいなと思う。

 私は絶対にこの優しい人を一人にはさせない。




「あの、フォンデルさん……レベッカさんと一緒にいたら、その……」


 午後の授業が終わった後、クラスメートの一人が気まずそうな顔で私の席にやって来て、何か伝えようとしてきた。

 いつもフロークスさんと一緒にいた男爵令嬢だ。


「大丈夫です。お気遣いなく」


 彼女が言いたいことは予想できるため、聞く前にやんわりと断った。

 手元の本に目を戻した私に、彼女はもう何も言わず、諦めて離れていった。

 私は視線を上げてその背中を見送る。


 心配しなくても大丈夫。今だけ私があなたたちの代わりになるから。

 私には元々失う友達なんていないから、何をしようとも誰にも迷惑がかからない。

 ぼっち万歳。ぼっちが役に立つ日がくるなんて思わなかった。


 それからも私はことあるごとにフロークスさんを誘った。

 移動教室に向かうとき、授業でペアを組むとき、昼食のとき。

 誘うとき以外はほとんど話さないけれど、フロークスさんはいつも『ありがとう』と言ってふんわりと笑う。可愛くて本当に癒される。


 いつの間にかシーラちゃんと呼ばれていて、顔がによによとしてしまうのをグッと堪えながら過ごした。

 名前で呼んでくれるのだから、私も呼んでいいはずだよね。

 そう思ってレベッカさんと呼んでみたら、すごく嬉しそうに笑ってくれて、胸がじんわりと温かくなった。



 そして現在。

 私は校舎裏に呼び出されている。


「あなた、どうして昨日来なかったのよ!」

「予定があると言いました」

「口答えするなんて、本当に生意気ね! わたくしに呼ばれたらわたくしを優先するのが普通でしょ!?」

「初対面ですよね」

「そんなの関係ないわよ!」

「あると思いますよ」

「キーッ!」


 侯爵令嬢は眉を吊り上げて怒り狂った。

 もともとキツめな顔立ちがヒステリックに歪んでいる。すごい顔だ。とてもじゃないが異性には見せられないだろう。


 そしてとてもうるさい。沸点が低すぎやしないだろうか。

 初対面の相手にここまで高圧的に叫び散らすなんて、どんな教育を受けてきたのやら。


 私はあまり頭を使わずに淡々と簡潔な受け答えしかできない。そんな私の態度と返答が気に入らないようで、平手打ちが飛んできた。もちろんさっと避ける。


「何なのよあなた! 生意気な態度だし、あの子を孤立させろっていう命令も聞かないし!」

「それは知りません」

「キーッ!」


 侯爵令嬢はトマトのように真っ赤だ。

 私はそんな命令など本当に知らないのに。

 憶測はしていたけれど、その通りだったと今知ったから嘘はついていない。


 ますます怒った侯爵令嬢は両手を私に向けて火の玉を放った。

 私は口元が緩みそうになるのを堪えながら、火の玉をさっと避けた。


「キーッ!」


 侯爵令嬢は猿のように叫びながら火の玉を幾度となく飛ばしてきたので、私は全てさっと避けた。

 この程度の攻撃なら集中を欠くことなく対処できるけれど、さて、これからどうしようか。

 落ち着いてもらえるように、言葉を選んで話すことはできないから困った。


 侯爵令嬢は更に顔を真っ赤にして震えだした。だいぶお冠のようだ。

 その斜め後ろでは、女生徒の一人がこつこつと大きな水の玉を作り出していた。

 それ絶対私にぶつける気だよね。

 

 避けるのは容易いけど、避けたらもっと怒るだろう。

 これ以上叫ばれるのはうるさいし、面倒くさいし、もういいや。

 さっさと解放されたいので、おとなしくぶつけられることにした。


 バシャッッと水の玉を真正面からくらってやった。全身びっしょびしょだ。


「ふん、いい気味ね。スッキリしたわ」


 侯爵令嬢はそう言い残し、彼女たちは去っていった。



「っっ、くしゅんっ」


 くしゃみを一つしてから私はぶるりと震える。

 寒い。今日は曇り空で気温が低いのでとても寒い。天気のいい日にしてもらえば良かったと少し後悔した。

 震えながら待っていると、物陰で隠れながら見ていた人たちが近づいてきた。


「シーラさん大丈夫? 何で避けなかったの?」


 テオさんは心配そうに眉尻を下げながら、びしょびしょの私を風魔法で乾かしてくれた。

 私は今は幻影魔法を使うことに集中していて他の魔法を使えないので、とても助かる。


「ありがとうございます。面倒くさかったので」

「ふふふ、なにそれ。君面白いね。さっきのやり取りもすっごく楽しませてもらったよ」

「デルク、お前なぁ」

「怒んないでよテオ。あんなに面白かったんだからしょうがないじゃん」


 私の前で陽気にカラカラと笑い、テオさんに睨まれているのは、第一王子の友人であるデルク・ノルディー公爵令息。

 少し小柄で長めの赤髪に黒い瞳。中性的な可愛らしい見た目をしているが、なかなかいい性格をしているようだ。


「どうでした?」

「ばっちりだよー!」

「ありがとうございます」


 ホッと息を吐いた私に、ノルディーさんは右手に持った映像記録ができる魔道具を掲げて見せてくれた。

 他国から取り寄せて手に入れたという魔道具は、貴族でさえめったに手に入れられない貴重なものだ。

 それを学園内に持ち込めるなんてさすが公爵家。



 私は昨日の帰り際、侯爵令嬢の取り巻きの一人から校舎裏に来るよう呼び出されていた。

 だけど疲れていたし予定があったので、『明日の昼休みにしてください』と言って、後ろで文句を言い続けている取り巻きを無視してそのまま帰った。


 予定というのはもちろんテオさんと甘味を求めて町に行くことだった。

 そこで相談を持ちかけたのだ。もしかしたらまた侯爵令嬢が攻撃魔法を人に向けて放つかもしれないけれど、どうやって証拠を掴もうかと。


 証人になってもらうために大勢で物陰に隠れて見るのは無理がある。

 王子や教師に目撃させるのはどうだろう、などと話し合っている最中に、ノルディーさんが映像記録ができる魔道具を持っているから頼んでみるとテオさんが言った。

 そしてノルディーさんは『何それ、楽しそう!』と言って快く承諾してくれたらしい。



「学園内で他の生徒に攻撃魔法を放っちゃったから、彼女は退学処分になるかな。ま、自業自得だししょうがないよね、あっはは。他の子たちはまぁ停学処分が妥当かな! 映像は僕が提出しておくからまかせて」


 楽しそうだな公爵令息。娯楽に飢えていたのかな。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 レベッカさんに嫌がらせをする主犯はいなくなるし、これで一安心。

 安心して息を吐くと、私はぶるりと体を震わせた。

 寒い。テオさんが乾かしてくれたけれど、一度びしょ濡れになった体はとても冷たい。


「っくしゅんっ」

「大丈夫? 先生には俺が伝えておくから、帰って体を温めた方が良いよ」

「……そうですね。今日はもう帰りますので言伝てお願いします」

「まかせて」


 とても寒いので、お言葉に甘えてさっさと帰ることにする。

 動かぬ証拠ができた以上、侯爵令嬢は退学を免れない。そうしたらレベッカさんにはまた友達が戻ってくるはずだ。


 今まで一緒に過ごしていた友達と過ごせるのなら、そちらの方が良いに決まっている。

 少しの間だったけれど、彼女と仲良くできて楽しかった。


「っっくしゅんっ……うー、寒っ」


 早く帰って温かいお風呂に入ろう。

 侯爵令嬢の取り巻きめ、許すまじ。

 今度また幻影魔法で怖がらせてやろうと心に決めた。


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