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デートではない


 リュフトさんと出会った日の放課後。

 私は学園長の部屋を訪れた。


 リュフトさんから『学園長はもちろん君の事情を知っているんだよね?』と聞かれた私はハッとなり、きちんと申告するべきだったと今更ながら気づいたのだ。


 この学園には魔法で姿を変えてはいけないという規則はないけれど、だからといって問題ないという保証もない。

 私が姿を偽ることにした経緯を説明した結果、学園長はとても微妙な顔をしながらも許可を出してくれた。

 ついでに同情の言葉もくれた。


 執着男から隠れるという選択肢を選んだことを責められなかったことに安堵する。


 学園内で禁止されているのは、攻撃性があり人を傷付ける魔法だけのようだ。

 幻影魔法を使う許可をもらったことで、今後他の人にバレたとしても、学園長の許可をもらっているからと堂々としていられる。

 さすがに屋上まで追いかけてくるのはリュフトさんだけであってほしいが。


 学園長の部屋を退室した私は、すぐに学生寮の自室に戻って幻影魔法を解除した。


 制服からワンピースに着替えてカーディガンを羽織り、髪は後ろでお団子にした。

 鍔の広い帽子を被ることで、プラチナブロンドの髪はしっかり隠れて目立たなくなる。


 再び幻影魔法で姿を変えることはしない。

 放課後まで継続して魔法を使うことはさすがに疲れるので、本来の私の姿のままだ。


 さすがに学園の外であの執着男に会うことはないと思うが、念のため眼鏡を装着する。


 準備が終わると歩いて町に向かった。

 中央広場の時計塔の前で、リュフトさんと待ち合わせをしている。


 ここは待ち合わせや休憩、屋台の出店など、多くの人で賑わう場所だ。

 人が多いけれど、リュフトさんはとても背が高い。遠目でもすぐに見つけることができた。


 近づいてみると、彼は女性に声を掛けられているところだった。

 離れているため声は聞こえないが、女性は何かに困っていたり道を尋ねているというより、リュフトさんに好意を持って積極的に話しかけているように見える。


 これは邪魔をしない方が良いのだろうか。

 だけどリュフトさんは困っているように見える。


「どうしようかな……」


 少し悩みながら立ち止まっていると、リュフトさんは私の存在に気づいたようだ。

 困り顔だった彼はぱあっと笑顔になり、こちらに大きく手を振ってきた。


「フォンデルさーん!」


 その姿に、リュフトさんに声を掛けていた女性は諦めたように去っていった。

 リュフトさんは笑顔のまま私に駆け寄ってきた。


 色気と爽やかさを絶妙に併せ持った見た目とは裏腹に、行動が何だか無邪気な犬っぽい。

 なんて失礼なことを考えながら、私も彼に近づいた。


「お待たせしました」

「全然待ってないから。無理を言って付き合わせてごめんね。今更だけど本当に迷惑じゃなかった?」

「いえ、私にとってもありがたい申し出だったので大丈夫ですよ」

「ん、そっか。それじゃ行こっか」

「はい」


 軽く言葉を交わしてから、二人で並んで歩きだした。


 男女が放課後に待ち合わせをして出かけるという、まるでデートのようなシチュエーション。

 しかしこれは決してデートではない。

 私はリュフトさんの念願を叶える手伝いをしているだけである。


 彼の念願。それは町で一番人気のスイーツ店に行くことだ。

 リュフトさんは無類の甘党らしい。

 しかし女性や恋人たちで席が埋め尽くされるほどの超人気スイーツ店へ男一人で行く勇気はなく、諦めていたそうだ。


 彼は異性のパートナーを欲していたという。世間の目を欺くための偽りのパートナーを。

 私ほど偽るに相応しい相手はいないだろう。


 リュフトさんは私の秘密を知り、誰にも言わないと約束してくれた。返報として自分の望みを叶えてもらえないかなと、軽い気持ちで私に頼んでみたそうだ。


 実は私も噂の店には行ってみたかった。

 ここでは一緒に行けるような友達がいないから、リュフトさんの申し出は私にとって嬉しいものだった。


 到着した店は噂通りの外観で、壁から屋根までピンク一色だ。

 子どもや女性と一緒でも入ることを躊躇うほどの可愛らしさ。この可愛い建物に男の人だけで入るには、かなりの勇気が必要になるだろうと容易に想像できる。


 運よく客の少ないタイミングで入店できたので、少しも待たずにスムーズに席につくことができた。

 白を基調とした店内は花やぬいぐるみに囲まれていて、外観以上に可愛らしさ溢れる空間だ。


 私は可愛いものが好きなので、とても気分が高揚している。だけど今は可愛いを楽しんでいる場合ではない。

 テーブルに置かれた二つ折りになったメニュー表に手を伸ばし、胸を躍らせた。


「わぁ……! 選ぶのに苦労すると耳にしていましたが、想像以上です」

「本当だね。ここまで種類が多いとは思わなかったよ」


 わくわくが止まらない。私とリュフトさんは二人で興奮ぎみにメニュー表を見た。

 メニュー表にはケーキやパフェなどがズラリと並んでいて、田舎出身の私たちは『さすが都会!』『すごい!』と共感しあった。

 この中からひとつだけ選ぶなんて無理な話。もちろんそんなつもりはない。


「リュフトさんはどのくらい食べられそうですか? 私はケーキなら10個ほど、パフェは別腹で3つはペロリといけそうです」

「相変わらず──……っと、そうだね、俺はケーキ5個くらいはいけそうかな。たくさん種類を食べたいなら半分こでも大丈夫だよ」

「その言葉を待っていました」


 こちらの気持ちを汲んでくれるような言葉がありがたい。

 よしよし、これでいろんな種類を食べられる。

 ほくほくした気持ちでにんまりしながらメニュー表を眺めた。


 何にしようかな。やはりまずは人気メニューから攻めるべきか。いやいや、今の時期にしかないフルーツを使ったものを優先させるべきか。

 悩みに悩む。メニューが多すぎて決められないという幸せすぎる悩みだ。


 ふと視線を感じて前を向くと、リュフトさんが私を見つめていた。

 とても優しい眼差し。

 頬杖をついて穏やかに微笑んでいるだけなのに、有り余る色気を垂れ流している。


 この人あれだ。女性を勘違いさせるタイプの人で間違いない。

 こんな表情を無自覚に異性に向ける人が存在するなんてと戦慄する。


 ふと故郷で目にした色恋沙汰を思い出す。

 勘違い男と色っぽい女性が揉めていたが、あれはこういった状況から生まれたいざこざだったのかもしれない。


 リュフトさんに諫言したい気持ちは横に置き、最優先事項の確認をしなければ。


「どれにするか決まりましたか?」

「そうだね、俺はチョコレート系をいくつか食べられたらそれでいいよ。メニューが多くて選べそうにないから、フォンデルさんが好きに選んでくれると助かるよ」

「二言はありませんね?」

「もちろん」

「やったぁ!」


 ありがたいお言葉を素直に受け入れる。

 だってつまりは、全部ぜーんぶ私の食べたいものを選べるということだ。

 何ていい人なのだろう。

 お言葉に甘えて好きなものを好きなだけ注文した。


 わくわくしながら待つこと数分、目の前のテーブルに注文したものが次々と届く。

 テーブルに所狭しと並ぶスイーツに、自然と二人で顔を見合わせてにっこりした。


「私、学園に友達がいないので諦めていました」

「俺もようやく念願が叶って嬉しいよ」


 リュフトさんは感極まった表情だ。ずいぶん前からここに来たくて仕方がなかったのだろう。

 二人でしばらくスイーツを眺めながら感動に浸り、ようやく食べることにした。


 ナイフとフォークで切り分けて、リュフトさんのお皿には大きめにカットしたチョコレートケーキを置く。


「俺の大きすぎない? 半分こで良いよ」

「遠慮しないでください。私は他にも食べるものが沢山ありますし、全て味見できたらそれで満足です」

「……ん、そっか。でもフォンデルさんはチョコレート大好きなんじゃないの?」

「そうですね、一番好きです。だからほら、このパフェにも沢山入っているので大丈夫ですから」

「そっか」


 納得してくれたようで、リュフトさんはケーキを食べ始めた。

 そういえば彼は私がチョコレートが好きなことをなぜ知っているのだろう。


 (言ったっけ? 言ったのかな。まぁ良いや)


 きっと屋上でチョコレートを貰った時に言ったのだろう。

 今はそんなことはどうでもいい。目の前のスイーツを楽しむことに全力を注がなくては。


 アイスが溶けてしまうから、先にフォンダンショコラのバニラアイス添えからいただこう。

 フォンダンショコラの真ん中にサクッとスプーンをさしたら、中からとろりとチョコソースが溢れてきた。

 バニラアイスと一緒にスプーンにのせたらアイスもとろりとしてきたので、慌てて口に放り込む。


 これはたまらない。悪魔的な美味しさにとろけてしまう。

 さすが都会だ。美味しさが格別な気がして何だかすごい。


「リュフトさん、これすごいです。美味しすぎてすごいです!」


 この感動をどうにか知ってもらおうと興奮ぎみに美味しさを伝える。すごいとしか言えないけれど、すごいのだから仕方ない。


「そうなんだ。俺も頼めば良かったな」

「今からでも頼むべきですよ。すごいですから。ほら、あー…………」


 美味しさを分かち合おうとスプーンにのせたものを差し出しかけて、ピタリと手を止めた。

 スプーンはすすすとお皿の上に戻した。


「すみません、つい。癖でして……」


 私は辺境伯家の方に何て失礼なことをしかけたのか。だけど未遂に終わったからどうにかセーフだ。

 肩をすくめて自身の行いを反省していると、リュフトさんは首をかしげてキョトンとした。


「あれ? くれないの?」


 そうきましたか。

 どうやら他家のお貴族様もこんなことをするらしい。

 令嬢らしくない、はしたない行為だと思われていないようで良かった。

 それならぜひ食べてもらおう。


「どうぞ」


 私は横に置いてあった新しいスプーンでフォンダンショコラをすくって、リュフトさんに差し出した。

 すぐに口を開けてくれたので、躊躇うことなくその中に突っ込んだ。


「ん、これは美味しいね。俺も頼もっと」


 にっこり笑ってそう言うと、リュフトさんはすぐに店員を呼んで同じものを注文した。

 待っている間は他のケーキを食べる。


「これも美味しいね。チョコレートの香りが今まで食べていたものと違う気がする」

「本当ですね。使っているものが一流なのでしょうか。さすが都会です」


 切り分けたガトーショコラを食べながら美味しさを分かち合う。誰かと一緒に食事をするのはやっぱり楽しい。


 リュフトさんは本当に幸せそうだ。念願を叶える手伝いができて良かったなと心から思う。

 瞳をキラキラ輝かせていてとても可愛らしい。

 そんなリュフトさんを見ていると、ふとある少年の姿が重なった。


 昔、森で出会った少年。

 その子は鮮やかな青い髪にまん丸ぷにぷにボディだったから、藍色の髪でシュッとしているリュフトさんと全く似ていないけれど。

 綺麗な青い瞳が同じだから思い出したのだろう。


 その少年とは一度会ったきりだけれど、一緒に楽しく過ごした時間は、数年経った今でもとてもいい思い出だ。


 彼は今頃はどこかで冒険者として活躍しているかもしれない。

 学園を卒業して自由きままな冒険者ライフを始めたら、また会えるかなと少し楽しみに思った。


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