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屋上での出会い

 

 昼休みはゆっくり気を休められる貴重な時間だ。

 私は食堂で一人で昼食をとった後、中庭を歩いていた。


 学園の広い中庭は木々や花壇がしっかり手入れされていて、歩いているだけでも景色を楽しめる。

 誰かにお伺いを立てる必要なく、自分の好きなように行動できる。自由気ままなぼっちライフもなかなか悪くはない。


 なんてのはもちろん嘘である。

 すっごく寂しい。友達欲しい。くだらない話で盛り上がりながら、楽しく昼休みを過ごしたい。


 しんみりしてきたのでさっさと屋上でのんびりしようと思い、校舎裏の方へ足を進めた。

 進行方向からきゃあきゃあと黄色い声が聞こえてきたけれど、原因は分かっているので気にしない。


 歩き進めて行くと、予想していた通りの人たちに出くわした。


 いつも微笑みを絶やさない金髪の第一王子に小柄で鮮やかな赤髪の公爵令息、背の高い辺境伯令息。

 学園で一際目立つ三人組だ。

 この三人は身分の高さに加えて容姿も優れているため、いつも注目の的である。


 大勢に注目されて大変だなと思いながらも、昼休みを共に過ごせる仲間がいることは心底羨ましい。

 仲良しで良いな。楽しそうだな。なんて思いながら通り過ぎる。

 ちらりと見た時に辺境伯令息と目があった気がするのは、きっと気のせいだろう。


 中庭を抜けて、校舎の裏側に向かって歩き進める。


「…………はぁ」


 つい先ほどから誰かに後をつけられだしたことにため息が漏れる。

 またあの人だろうか。未だに私を探し続けているあの人。

 前に質問された時に挙動不審になってしまったから、疑われているのかもしれない。

 もう関わりたくはないのに。


 よし、撒こう。

 曲がり角を曲がるとすぐに、両足に魔力を集めた。

 強化魔法で脚力を上げると、空に向かってぴょんと高く飛び上がる。


 三階建ての校舎と同じ高さまで飛んだ私は、屋上の柵を掴んで飛び越えて、誰もいない屋上に降り立った。


 ここは立ち入り禁止の場所。

 階段を使ってここまで上ってきたところで、屋上に立ち入るための扉は施錠されている。


 私の跡をつけていた誰かさんは、さすがにここまでは付いてこれないはずだ。

 いつものようにのんびり過ごそうと、座って柵にもたれ掛かり、眼鏡を外した。




「こんにちは」


 後ろの柵がカシャンと音をたてたかと思ったら、頭上から不意に声をかけられた。

 予想外の事態にビクッと肩が跳ね上がる。


 (嘘だぁ。何でついて来れるのよ……)


 屋上は学園内で私が気を抜いてゆっくり休める唯一の場所。

 ここまで追いかけてこられたら、もう逃げようがない。

 諦めの気持ちで恐る恐る振り返る。


 そこには藍色の髪を風に靡かせながら、屋上の柵の上に立つ男子生徒がいた。

 太陽を背にして青い切れ長の瞳で優しげに微笑んでいるこの人は、第一王子の友人の辺境伯令息だ。


 あの執着男ではなかった。

 その事実にホッとしながらも、すぐに疑問がわき上がる。


 (いや、何で?)


 何でこの人は私を追いかけてきたのだろう。そして何でここまでついて来れたのだろう。


 身体強化魔法は、単純なようですごくコツがいる高度な魔法だ。

 私は魔法に秀でた人間が集まる冒険者ギルドに数年通っていたけれど、できる人間は叔父を含む上級以上の冒険者のごく一部の人しか知らない。


 私は叔父のスパルタ訓練で魔獣の群れにポイッと放り込まれて、死にそうな目にあいながら身につけた。

 そんな魔法をなぜこの人は使えるのだろうか。

 疑問を抱きつつ、仕方がないのできちんと話をすることにした。


「こんにちは。あの、何かご用でしょうか?」

「そうだね、君に聞きたいことがあって」


 辺境伯令息は低めの良く通る声でそう前置きした。

 あの執着男のねっとり絡みつくような声とは全く違う、爽やかな声だ。

 それでも不可解な現状であることに変わりはなく、緊張しながら言葉の続きを待った。


「君、その姿は本当の姿じゃないよね。幻影魔法で変えているのかな?」

「へ?」


 ズバリ言い当てられてしまい、気の抜けた声が出た。

 バレるようなヘマはしていない……はず。

 屋上ではいつも魔法を解除して過ごしているけれど、今まで誰の気配も感じたことはない。


「なぜそのようにお思いですか?」


 動揺を悟られないように、何とか冷静を装いながら問いかける。


「うーん……勘かな」

「勘、ですか」

「うん、勘」

「勘……」


 まさかの勘という一言で片付けられてしまった。

 そっかー勘かぁ。勘なら仕方がない。

 なんて納得できるはずがない。


 (勘って何? 何で勘で言い当てられるの?)


 せめてもう少し明確な理由を言ってくれないと対応に困る。

 どうすればいいのだろう。

 勘ということは何も確証は得ていないということだろうか。それなら誤魔化そうか。

 でもそうすると、今後バレてしまった時に厄介なことになりそうだ。


 彼は王子の友人なのだから。

 そう、王子の……


(あれ……? この状況ってまずいのでは?)


 もしかすると、私は王族に対してよからぬことを企んでいる、危険な存在と思われているのだろうか。

 だってすごく怪しい。

 学園内で姿を変えてこそこそ過ごしているなんて、余程の理由があると思われても仕方がない。


 王子の命を狙う人間だと思われていたら、それはかなりまずいのでは。

 なんらかの罪に問われるかもしれない。

 そうしたら裁判になって、それから……


「処刑……」

「は?」


 なんてことだ。私は罪人になって処刑されてしまうかもしれない。

 意味不明な怖い執着男から隠れていただけなのに、処刑されて人生が終わるだなんて。

 そんなのってあんまりだ。


 心の中で残酷な未来を嘆く。

 動揺してうまく魔力をコントロールできなくなる。

 集中力がプツンと途切れ、そうして幻影魔法が解けてしまった。


 王子の友人である辺境伯令息は大きく目を見開いた。

 疑念を抱いていたとしても、何の前触れもなくいきなり姿が変わったら誰だって驚くだろう。


「その姿、やっぱり…………え? ちょっと、どうして泣いているの?」


 どうしてって言われても、それは仕方がない。

 変な男との結婚を回避しようとしたせいで人生が終わるだなんて、そんなのってあんまりだ。

 自分の馬鹿さがあほらしすぎて、涙で前が滲む。


「ごめんなさい。殿下を欺こうとした訳ではないんです。ただ目立ちたくなくて隠れていただけ、本当にそれだけなんです。だからお願いします。国外追放で許してください。命だけは、命だけは何とぞ」


 頭を地面につけて深々と謝罪する。

 処刑さえ免れれば、命さえあればどうにか一人で生きていく自信がある。


「ちょっと待って、何か勘違いしているみたいだけど、俺がここにいることは殿下とは全く関係ないから。本当に俺個人がちょっと気になっただけで、責めるつもりはこれっぽっちも無いから。本当だから信じて」


 辺境伯令息はとても慌てた様子で弁明しだした。

 私は頭を少し上げて彼と視線を合わせ、恐る恐る問いかける。


「……本当ですか?」

「ほんとほんと。だからね、泣かないで」

「処刑は」

「されないから、大丈夫」

「処罰は」

「それもないから」


 優しい声と共に向けられた柔らかな笑顔は、とても嘘をついているようには見えない。

 私を安心させようとしてくれているように思えた。


 そうか、姿を偽っていることを怪しまれていた訳じゃないのか。

 それなら良かったと胸を撫で下ろして、安心したらまた涙が出てきた。


「わわっ」


 辺境伯令息はまた慌てて、ハンカチをそっと差し出してくれた。

 ありがたく受け取って涙を拭うと、ほんのりと甘い匂いが漂ってくる。

 これは私の大好きな匂いだ。


「チョコレート……」

「え? あっ、ハンカチと一緒に入れてたから匂いが移っちゃったのか」


 眉尻を下げながら少し恥ずかしそうにそう言って、彼はポケットから小さな包みを取り出した。


「はい。これ食べて落ち着いて」


 包みを開きながら差し出されたものはチョコレートだ。

 それと一緒に向けられた柔らかな笑顔にホッとなる。

 一連の動作とその笑顔だけで、この人は優しい人なのだと確信が持ててしまう。


「ありがとうございます」


 遠慮なく受け取って口にポイっと放り込むと、甘くとろける幸せが口に広がった。

 チョコレートを食べるのは久しぶりだ。

 あの執着男に甘い香りがすると言われてから、持ち歩くことはやめ、少しも疑われないように食べることさえ我慢していたから。


 久しぶりの大好きな甘さに気持ちもやっと落ち着いて、私は説明を始めた。


「私、変な男に執着されているんです。だから姿を変えてひっそりと過ごしていました」

「あぁやっぱり。ストラー侯爵令息が血眼になって探しているのって君のことだよね」

「恐らくそうだと思います。あの、このことは……」

「もちろん誰にも言わないから安心して」

「良かった。ありがとうございます」


 ホッとして気持ちが和らいで、笑顔でお礼を言ったら、少し気まずそうにフイッと目をそらされた。

 彼は初対面の相手の隠しごとに付き合わされることになってしまったのだ。迷惑に思われても仕方ない。

 申し訳ないことをしてしまったと少し後悔する。


「俺、テオドール・リュフトって言うんだ。よろしく」


 謝罪しようと口を開きかけた私より先に、辺境伯令息が私に向き直って自己紹介をしてくれた。

 とても律儀な人だ。


「シーラ・フォンデルです。よろしくお願いします」


 私も自己紹介した。

 まさか屋上で第一王子の友人ことリュフトさんとお知り合いになるなんて思いもしなかった。

 私は今、久しぶりに人とまともに会話をしている。

 幻影魔法に集中するために、すぐに会話を切り上げる必要もない。

 そんな当たり前のことが嬉しくてたまらなくなる。


「リュフト辺境伯領は、うちのフォンデル子爵領とは黒霧の森を挟んだ反対側に位置しますよね。私、黒霧の森では子供の頃からよく遊んでいたんです」


 黒霧の森とは魔獣が棲む広大な森である。

 フォンデル子爵領とリュフト辺境伯領はその森の左右にあるため、お互いの領地を行き来する最短ルートは魔獣が棲む深い森を一直線に抜けることだ。


 危険な森の奥深くまで足を踏み入れる人間は、魔獣を討伐して生計を立てている冒険者くらいで、私もその一員である。

 私はリュフトさんに森で遊んでいたと表現したが、実際はひたすら魔獣を狩っていた。

 魔獣の肉を焼いて食べたり、素材を集めて小遣い稼ぎをしていた。


「そっか。それじゃもしかしたら、どこかで会ってたりして」

「そうかもしれませんね」


 軽く返事をすると、リュフトさんはふんわりと笑った。

 彼は男らしい格好よさというより美人なお顔をしているため、笑顔の色気が半端ない。


 前言撤回、彼とは今日が初めましてだ。

 お顔が美しいだけでなく、背が高くてわりと逞しい身体つきで、王子と公爵令息と共に女生徒からきゃーきゃー言われている存在。

 こんなに素敵で目立つ人、一度会ったら忘れないだろう。


 リュフトさんと学園の設備の話や授業の話など、たわいもない話をしていると、予鈴が鳴った。

 昼休みが終わる前に教室に戻らないといけないため、再び自身に幻影魔法を施して眼鏡をかけた。


「久しぶりにゆっくり人と話ができて楽しかったです。ありがとうございました。それでは失礼します」


 彼とはクラスが違うので、もう話す機会はないだろう。

 今日はいい気分転換ができた。


「待って」


 お礼を言って先に立ち去ろうとしたら、なぜか引き留められた。


「あー、えっと……そうだな……」


 リュフトさんは何か言いたげだ。

 どうしたのだろう。私は首をかしげながら言葉の続きを待った。


「あのさ、迷惑でなければ一つ頼みごとをしてもいいかな」

「?? なんでしょうか?」


 質問すると、リュフトさんは気恥ずかしそうにしながら、私にあることをお願いした。

 少し意外なことだったが今の私にとってはありがたすぎる申し出であったため、私は少しも悩むことなく了承した。



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