また会うために
シーラさんと俺はシザーモンキーの縄張りに戻って来た。
すぐに十数体が襲いかかってくる様子を、慌てることなく冷静に視界に捉える。
もう逃げ回ることはしない。攻撃を避けて仕留めることに全力を注ぐ。
「それでは始めましょう」
「うんっ」
シーラさんと背中合わせで言葉を交わすと、お互いそれぞれ反対方向に走っていった。
素材を回収しないといけないので、できるだけ狭い範囲で動き回り、各自襲いくる個体を仕留めていくことになっている。
俺は全身にまんべんなく魔力を巡らせ、身体強化を施している状態だ。
魔獣は知性を持ち合わせていないため動きは単調。そのため爪での攻撃は簡単にかわすことができた。
強化魔法のおかげでシーラさんに借りた長剣は軽々と持て、右手を思い切り振るうだけで、いとも簡単にシザーモンキーは真っ二つになった。
シーラさんの様子を見る余裕はないけれど、俺の短剣と魔法で難なく仕留めているだろう。
数分で、襲ってきた全てのシザーモンキーを二人で倒しきった。
ホッとしたと同時に疲労感がやってきて、その場に座り込んだ。
「はぁっ、はあっ…………やったぁ……!」
シーラさんも俺の横にちょこんと座った。こちらは全く息は切れていないし、汗もかいていない。
「やりましたね。何体仕留めたか数えられましたか?」
「うんっ。俺は九体倒せたよ」
「わぁ! すごいです。私は七体だったので負けちゃいました」
残念そうにそう言うけど、たぶん俺が勝てるように手を抜いてくれたんだと思う。
彼女がその気になったら、俺が一体倒しているうちに、他全てを瞬殺できただろう。
せっかくの気遣いなので素直に喜んだ。実際すごく嬉しい。
一体すら倒せなくて悩んでいたのに、まさか九体を難なく倒せるようになるだなんて思ってもみなかった。
少し休憩した後は、倒したシザーモンキーから爪を全て回収していく。俺は一体分あれば良いので、残りは全てシーラさんに渡したらすごく喜んでくれた。
小遣いを貯めて、もっと大きな剣を買いたいそうだ。
「さてと、それでは帰りましょうか。森の出口まで案内しますね」
「……うん、ありがとう」
そう、もうこの森での用は済んだから、帰らないといけない。
(嫌だな……)
こんな森なんて早く出たかったのに、まだここにいたい。
寂しい気持ちを募らせながら、二人で森を駆けていく。
だけど途中で俺は足を止めた。
魔力を使いすぎてしまった、これ以上足に強化を施して走るのは無理だと、つい嘘をついてしまった。
シーラさんは少しも疑いもせずに、『では歩きましょう』と言い、途中からは歩いて帰った。
夕焼け色の空の下、焼いた肉の残りを食べながら歩く。シーラさんは何だかごきげんだ。
「私、この時間がすごく好きなんです。オレンジ色の空は綺麗なのに森は薄暗くて不気味で、何だかわくわくしませんか」
「そっか。俺も夕焼けは綺麗で好きだよ。後半はちょっと共感できないけど」
「ふふっ、そうですか」
他愛もない会話をしながら肉を食べ終わり、しばらくするとシーラさんはまた腰の鞄から小さな箱を取り出した。
「私の大好きなチョコレート、もうひとつあげます。今日はすっごく頑張ったから特別です」
「やったぁ。ありがとう」
シーラさんはひとつ摘まんで、俺の口元に差し出した。
「はい、あーん」
口を大きく開けるとポイっと放り込まれた。とろける甘さを大切に味わう。
できればずっと溶けないでほしい。だけどどう頑張っても少しずつ溶けていってしまい、なくなってしまった。
そしてついに森の出口に到着してしまった。
「それでは、お付きの人と気をつけてお帰りくださいね」
「お付きの人?」
意味が分からずそう聞き返したら、急に目の前に男が現れた。
俺がよく知る人物。全身黒ずくめのこの人は、辺境伯家の魔法騎士団の人だ。
「この人はずっとあなたのことを近くで見守っていましたよ。危険になったらすぐに助ける役割を担っていたのでしょう」
「え、そうなの?」
全然気付かなかった。
問いかけると、男はヘラッと笑いながら腰につけたホルダーから銀色の長方形の物を取り出した。
「そうっすね。自分は主とこの通信魔道具でやり取りをしながら、坊っちゃんをずっと観察してたっす」
(……まじか!)
まさかの事実に驚く。だけど冷静に考えてみたら、それは当たり前のことだ。
そうでなかったら俺は確実に死んでいた。
たまたまシーラさんと出会えたから無事だっただけだ。
それよりも、ずっと見られていたなんて恥ずかしすぎる。
「それでは私は帰りますね。またどこかで会えると良いですね、テリー」
(え、待って。もうお別れなんて嫌だよ)
また会いたい。明日にでもすぐに。毎日会いたい。
もう恥なんて捨てて自分の素性を明かそうと決めた。自分のことを話して、シーラさんのことも教えてもらおう。
「待ってシーラさん。聞いてほしいことがあるんだ。俺の本当の名──……」
そこで俺の意識はプツンと途切れた。
次に目覚めた時は、俺は自分の部屋のベッドで寝ていた。
「……あれ?」
何で俺、寝ているのだろう。
「痛っっ……」
がばりと起き上がると、首の後ろに痛みを感じた。
こんなところ怪我をした覚えはないのに、どうしたのだろう。
……いや、違う。シーラさんとの別れ際、話している途中で後方から首に強い衝撃を受けた気がする。
きっと騎士団のあの人の仕業だ。
あんな酷いことをするなんて、父の指示に違いない。
とにかく話を聞こうと父の元へと急いだ。
「父さんっっ!」
執務室の扉を勢いよく開けて中に入ると、机に向かっていた父は書類を書く手を止めた。
「よう、今日は頑張ったそうだな」
父はすごく満足そうな顔でニイッと笑った。
「俺を気絶させたのって父さんの指示だよね? 何であんなことさせたのさ。彼女と話してたのに!」
「彼女ってのはシーラ・フォンデルさんのことだな。フォンデル子爵家のお嬢さんだ。あとあっちのギルドでは有名で、『白金の死神』だなんて呼ばれ方をしているようだな」
「フォンデル子爵家!?」
(子爵家って……彼女、貴族のご令嬢なの!?)
冒険者じゃなかったなんて。だけど父の言葉をすんなりと納得できた。
言動や行動はさておき、彼女からは気品を感じたから。
言葉遣いも丁寧で、見た目なんかはご令嬢どころかどこかのお姫さまだと言われても信じてしまうほど綺麗だった。
なぜそんな子が森の中で一人でいたのだろう。
そんな疑問はどうでもよくなるほど、嬉しさがこみ上げてくる。同じ貴族だったなんて嬉しすぎる。
そして、ふとあることに気付いた。
フォンデル子爵領はここから黒霧の森を挟んだ正反対に位置する。
森を経由するか、数日かけて迂回するしか行く方法はない。
つまりあれから彼女は再び森を抜けて、反対側まで帰ったということだ。
全速力で走ったとしても、どれだけ時間がかかるのだろう。
見張りがいることに気付いていたのに、わざわざ俺をこちら側まで送ってくれた優しさにじーんとなる。
「父さん、シーラさんにお礼が言いたいから、また会えるように連絡とってほしいんだ」
「いいや、だめだ」
「え?……何で?」
間髪をいれずに却下されてしまった。
さすがに酷すぎる。
「お前、鏡見てみろ。そんなみっともない姿で会うことは許さない。もう一度会いたければ、生活習慣を見直して痩せろ。鍛練にもきちんと参加すること。彼女はすごく強いそうじゃないか。さすがエドワルド・ワイズナーの姪なだけある。彼女と同じくらい……いや、それ以上に強くなれ。それまでは会うことを禁止する」
「…………え」
(何それ。さすがに酷すぎない?)
そう思いながら、自身の両手をじっと見る。ぷよぷよとしていて、手首は見当たらない。
下を向いたら首に顎の肉がぶつかって、お腹が邪魔で足元は見えない。
これは……酷い。格好悪すぎる。
今までどうでも良かった自分の見た目が急に恥ずかしくなってきた。
「俺、痩せたら父さんみたいに格好よくなるかな」
父は厳つい顔つきだけど、すごく男らしくて格好いい。
俺もシーラさんに格好いいと思われたい。
「お前は母さん似で美人だからな。痩せたら確実にモテるぞ。しっかりと鍛えたら、格好いいとも思ってもらえるはずだ」
美人か。できれば顔も格好いいが良かったけど、格好悪くなくなるならなんでも良い。
別にモテる必要はないけど、嫌われるよりは良い。
とにかくシーラさんに格好いいと思ってもらえるようになればいいから。
「……父さん、俺頑張るよ!」
「よく言った。これからびしばし鍛えてやるからな。もう逃げるんじゃないぞ」
「うんっ!……あ、でも俺が鍛えている間に彼女に恋人や婚約者ができたらどうしよう……」
そうなったら俺、さすがに立ち直れない。
父はふいっと目を逸らし、気まずそうな顔をした。
「あー……そうだな。フォンデル子爵に手紙を出しておいてやろう。それで他の貴族との婚約は阻止できるだろう。恋人は、まぁそうだな……できないように祈っていろ」
「えー……」
祈っていてどうにかなることじゃないと思うんだけど。でもさすがに家の力を使って脅迫するのは卑怯だから仕方ない。
他家からの婚約の打診だけでも阻止できるならそれでいい。
「分かった。絶対に手紙出しておいてね! 俺、すっごく頑張るからさ」
「よし、その心意気だ」
未だかつてないほど、やる気がみなぎってくる。
毎日のんびりと過ごし、努力というものとは無縁だった俺に人生の目標ができた。
彼女と過ごす未来だけを夢見て、ただひたすら頑張ると決めた。
こうして俺の血の滲むような鍛練の日々が始まった。




