孤独のアシュラム ~勝手に勇者パーティの暗部、外伝
「勝手に勇者パーティの暗部を担っていたけど不要だと追放されたので、本当に不要だったのか見極めます」の外伝的短編です。
アシュラムだけなんの罰も受けてないよね、というご指摘を受け、かつてのように生きられなくなった彼の現在と、当時の記憶をざっくりとまとめてみました。
物理的な罰より、よほどダメージが大きく、長続きするのではないかと思います。
五年、もしくは十年もすれば、きっと立ち直れるんじゃないでしょうか。
※2021/12/28
五年後設定でしたが、二年後に変更しています(謎)
魔王国との和平調印より、二年が経過した。
かの国よりもたらされた魔物研究の知識は、各地の経済、治安に多大な貢献を果たし、すでに魔族らへ認識も、大部分で改善されつつある。
それでも、一部の人間はいまだ妄執のように偏見に憑りつかれており、魔族らの弾圧のため、人心を乱し、そそのかすような活動を行っていた。
…
その日も王都の広場にて、和平や交流は魔族による侵略であると訴える一派が、通報を受けた兵士らに捕らえられている。
今回の人数は十人ほどであり、規模としてはかなりの小規模だ。
それでも、かつての印象を刺激された国民のいくらかは、その一派の訴えに、心を揺さぶられてもいる。
「やっぱりそうなのかしら……」
「魔物の素材を使った道具も、たくさん広まっているしねぇ」
「本当に魔族が魔物とつながっていて、供給が止められたら大変だな……」
そんな一部の声を聞いた兵士のひとりは、広場にて声を響かせた。
「落ち着いてください、みなさん! そうした思いを抱く気持ちはわからなくもありませんが、彼らの言い分は明らかな言いがかりです!」
兵士はそう叫ぶが、彼はいうなれば、国家の雇われだ。
国の方針に逆らうことは許されず、場合によっては真実でない言葉を口にし、国民を統制しようともするだろう。
そうした印象もあって、ヒソヒソと言葉を交わしていた一部の国民は、うろんげに兵士のほうを見やったが、思わずその風貌に見入ってしまう。
どこか名のある家柄の縁戚ではないかと思わせる、貴公子然とした外見。
背丈もあり、がっしりとした体格は、鎧の上からでも感じ取れた。
声にも色気があり、男女問わず心地よく聞こえさせる響きには、政治的な思惑など感じさせない、堂々たる威風がある。
彼の言葉を聞いた国民らは、一様に納得した様子を見せ、連行される魔族弾圧派の一派を、冷ややかに見送った。
(……なんとかなった、かな?)
その様子を見てほっとしていた兵士だが、連行される一派の最後尾にいた代表格と思われる男が、聞こえよがしに吐き捨てる。
「はっ……率先して魔王国と敵対してた男が、堕ちたもんだなっ……」
それを聞いた兵士はわずかに動きを止めたが、堂々とした立ち居振る舞いは止めようとしない。
まだ残っていた国民らを安堵させたあとは、他の兵士らとともに犯行グループを連行して、その日の業務を遂行した。
けれど、彼とてその言葉に、なにも感じていないわけではない。
(そのとおりだ……僕は率先して魔王を討伐しようと旅に出て、それに失敗し――そればかりか、大切なものをいくつも傷つけた……)
そのことで得たものも少なくはないが、当時の彼の価値観は、ある人物と現実によって、完膚なきまでに破壊されたといっていいだろう。
それから二年が経過したとはいえ、彼の――元勇者アシュラムの心は、後悔の苦悶で埋め尽くされ、いまだ晴れることはなかった。
◇
当時――あの旅の崩壊が始まったと思われる、ヒドゥン追放の日。
ヒドゥンは誤解していたが、アシュラムは本当に、ティアナとはなんの関係も持っていなかった。
肩を抱いて慰めたのも、恋人としてなどではなく、ただ友人として――それこそ、男同士で肩を叩くような感覚だったと断言できる。
だが、ティアナをなんとも思っていなかったかといえば、それも違う。
アシュラムは間違いなく、あの美しい魔術士に惹かれていた。
それでも、ヒドゥンという恋人がいることは知っていたため、ティアナを口説くつもりはもちろん、二人の仲を裂くつもりなど毛頭ない。
追放によって居場所をわかたれた二人だが、旅が終わればその関係も元鞘に戻るだろうと考えており、手をだそうとも思っていなかった。
けれど、格段に厳しくなったその後の旅の中、アシュラムは積極的にティアナを支え、より惹かれるようになってしまう。
そして彼女もまた、ヒドゥンとはもう終わったのだというような態度でおり、その想いをアシュラムに向けていることは、彼にも理解できた。
彼女と初めての口づけを交わした日、ヒドゥンに申し訳ないと思いながらも、アシュラムは想い人と気持ちが通じた喜びに満たされた。
だからこそ――誰よりも彼女に近しい場所にいたからこそ、アシュラムは、彼女を守ってやらなければならなかったのだ。
ヒドゥンのように、人の悪意に敏感になり、物事の性質を見定め、真に正しいとされることをするべきだった。
◇
兵士になってからのアシュラムは、特に戦争があるわけでもないのだから、戦場に赴くことはない。
仕事はもっぱら王都内の巡回であり、通報があれば駆けつけ、騒動を鎮圧、場合によっては犯罪者の確保なども行う。
そう――犯罪者。
かつてのアシュラムが見ようともせず、存在だけは知っていたが、自分たちの旅には関わりないだろうと、目を背けていた現実。
その現実がティアナにもたらした悲劇と、あの日の光景は、いまだに夢に見て、目覚めることもある。
大切な人が傷ついたという事実に愕然とし、現実を信じられず、自分の生きてきた足場が、ガラガラと崩れ落ちていく感覚を覚えた。
そうしてアシュラムは失った。
自身の価値観を、生きてきた証を、生きていく希望を。
大事な人を、大事な人の心を、尊厳を。
これから愛を育もうとしていた矢先に、彼女からは怯えた目で見られ、近づくこともままならなくなった。
そのことは確かにつらかったが、それでも我慢できないほどではない。
彼女のほうが何倍も、何百倍もつらいであろうことくらいは、アシュラムにも想像がつく。
だからこそ、自分がどれだけ傷ついても、犠牲になってでも、彼女だけはなんとか癒やされてほしいと願い、立ち直れるまで尽くすつもりだった。
けれどアシュラムには、なにもできなかった。
自分にできたことといえば、あの生活を支えるために、日銭を稼ぐことくらい。
彼女の世話は、ミラやリネアが懸命にやってくれており、そこにアシュラムが立ち入れることは、なにひとつなかった。
その中で王家から言い渡された帰還命令には、ある意味、安堵していたのかもしれない。
自身の無力さを噛みしめるだけの日々に、アシュラムも知らずしらず、摩耗していたのだろう。
もちろん、自分が残って世話をしたいと言った気持ちに嘘はないし、彼女が許してくれるならそうしていた。
けれど彼女は、一緒に帰りたいと申し出てくれ、アシュラムは逡巡しつつも、その気持ちを汲むことにした。
少なくとも王都に帰れば、彼女にはもっといい環境を整えられるだろうし、場合によっては王家や王宮が世話をしてくれる可能性もある。
ティアナが立ち直るにはそのほうがいいと思い、帰路についても万全の状態を整え、彼女のケアに務めていた。
彼女の本当の気持ちを、なにひとつ理解することもなく――。
◇
(結局――二年くらいでは、なにも変わらないな)
兵士としての仕事の中、何人もの犯罪者を見てきたが、彼らとそうでない者を、どう見分ければいいのかはまるでわからない。
人は嘘を吐き、嫉妬をし、時には暴力で威圧し、服従させようとする――。
そうした悪意を内包することは理解していても、これまでの自分の認識と大きな乖離があり、未然に対応することは不可能だった。
それゆえアシュラムは、自分とヒドゥンの差を思い知らされる。
あの日――王都に帰ったティアナが求めたのはヒドゥンなのだと知り、どうしようもない劣等感を抱えさせられた。
自分にはあれだけ怯えた彼女が、ヒドゥンに対してはかつてのような顔を向け、甘い視線を向けていたことを思いだす。
その想いは報われなかったが、だからといって、アシュラムのことをかつてのような目で見てくれることもない。
自分にはなにもできず、ただ傍観者でいるしかなかった。
無力さと絶望を味わい、ヒドゥンに対して狂おしい嫉妬を抱いたとき、アシュラムは自分が、想像以上に善良な人間でないことを悟る。
妙な安心感を得たアシュラムはようやく、ヒドゥンの言ったことを理解できたのかもしれない。
人間だって、悪意を持つ連中はごまんといる――。
◇
以来――アシュラムはほとんどの時を、ひとりで過ごしてきた。
同僚らと食事や慰労をすることはあっても、友人として付き合うことはほとんどない。
誰かに想いを寄せられ、それに気づいても、応えることはできなかった。
人は善良であるという価値観を破壊され、心からの信用というものを、誰かに置くことができなくなっていたのだろう。
まれに信用することはできても、その人を傍に置くことはできない。
自分の傍に置くことで、その相手が危険に晒され――守ることができず、傷つくことが怖かった。
ミラやリネアとさえ、たまに顔を合わせれば会話するくらいで、積極的な交流を持ったりはしていない。
あの日、ヒドゥンを追放しなければ――。
そうすれば、自分は以前の自分のまま、生きていられたのだろうか。
けれど現実を知ったことで、世を疑うことを知ったことで、違う価値観を身につけたことで、得られたものも確かにある。
どちらがよかったかなど、いまのアシュラムに決められるはずもない。
ヒドゥンのことを、羨ましいと思うこともある。
彼は信頼できる女性と結ばれ、いまや魔王国でもその名を広め、順風満帆といった生き方をしている。
自分が追放したおかげで――などと、そんな面の皮の厚いことは、さすがに思ったりはしない。
ただ、自分の現状と比較することで妬ましさは覚えるし、それによっておかしな笑いがこぼれることもあった。
人を信じた自分はひとりになり、人を疑った彼の周りには多くの人がいる――その現実の、なんと皮肉なことか。
(やっぱり僕には――彼みたいにはできないな)
胸中でつぶやいたアシュラムは、寝酒用に購入していた安酒をあおり、明日に備えて祈りながら眠りにつく。
今宵はどうか、あの悪夢を見ませんように――と。
感想はありがたく拝読しています、励みになります。
いま考えているのは、似たような話が一本、似てるけど明るい話が一本、まったく毛色の違う明るい話が一本、というところです。
書き上げてからの投稿がマストだと思う勢なので、いつになるかはわかりませんが、また見かけましたらお付き合いください。
ありがとうございました。