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月の天使(三十と一夜の短篇第64回)

作者: 錫 蒔隆
掲載日:2021/08/07

 夜空に浮かぶまんまるの、輝く月の紋様......凸凹の配色と陰影の結実......餅をつく兎に見えるというが、こじつけがすぎるのではないだろうか。天文学を腐すわけではないが、星座の配列なんかはこじつけの極みではないか......一個人の主観が大いに活躍している。それを共通認識として採用するの は、強弁詭弁に類する行いである。

 あの黄色のうちの黒い斑点が兎に見えたことはないのだが、兎は月棲の生物であるのかもしれないとも思っている。鼻と口のYの字が、縦にぱっくりと割れるさま......映画の『プレデター』を観たことはおありだろうか? プレデターの仮面の下の素顔、縦横に裂ける口。「なんて醜い顔だ」とシュワルツェネッガーに言わしめたあの口の動きと、兎の口は同期する。

 あくびをするときにぱっかんと割れて、がおーと歯茎と前歯が露わになる。その姿は「月の魔獣」とでも呼ぶのにふさわしい。


 「犬派」といい、「猫派」という。かつての私は、どちらにも与することがなかった。犬も猫も好きだったからだ。けれど、いまは......人に「犬派か猫派か」を問われれば、「兎派」とこたえるほどに飼いならされた。

 「兎派」になるまえは、兎のかわいさに見向きもしなかった。かわいい生き物だとの認識はあったが、犬や猫に匹敵するものではないと思っていた。なにせ、動きに乏しい。鳴き声もない。あまえてもこない。

 兎を知るということは、それがほんの一面でしかないことを悟ることである。俊敏に動きまわり、ぶぅぶぅと鼻を鳴らす。顔をくしくしし、長い耳を「ティモテ」する。「ティモテ」とは、短いてってで長い髪でもすくように毛繕いをする仕草のこと。あまったれて、撫でを欲しがる。鼻をひくひくさせる。うしろ足二本で立って、あたりをきょろきょろと窺う。そして、魔物めいたあくび。

 「兎派」になってしまうと、犬にも猫にもほかの小動物にも目が行かなくなる。兎だけを見るために、ペットショップへ足しげくかよう。売れのこりはもはや、飼っているようなものである。兎は魔力がある。オートチャームの魔法。


 兎は「月の魔獣」にちがいない。下界へ降りて、人間を魅了する使命を帯びる。めろめろにして、骨抜きにする。バニートラップ工作を果たしたのちは、月の世界でのバカンスが約束されている。だらけたねむねむの暮らしがゆるされ、二度と下界へもどることはない。ごくごくたまには思いだして、虜にした人間を月から眺めている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] かわいいからって何でも許されると思ったら大当たりだよ! 猫に関して、まったく同じ意見を持っているお猫さまの奴隷としては頷き過ぎてしまいました。
[一言] 「短いてって」の一言にきゅうんです。  兎はかあいい。それに尽きます。兎が月で搗いているのが薬がお餅かは別として、人とは違う世界で暮らしていると想像するのは楽しいです。  食料としての兎の…
[一言] 兎派の皆様にいいことを教えてあげましょう兎の*欲は強い!いえけして喧嘩を売るつもりではっ、プレデターの口のほーがなんぼかヒド……いやいや、そーですかあれは月の魔獣。(悶絶)突き落としてからの…
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