月の天使(三十と一夜の短篇第64回)
夜空に浮かぶまんまるの、輝く月の紋様......凸凹の配色と陰影の結実......餅をつく兎に見えるというが、こじつけがすぎるのではないだろうか。天文学を腐すわけではないが、星座の配列なんかはこじつけの極みではないか......一個人の主観が大いに活躍している。それを共通認識として採用するの は、強弁詭弁に類する行いである。
あの黄色のうちの黒い斑点が兎に見えたことはないのだが、兎は月棲の生物であるのかもしれないとも思っている。鼻と口のYの字が、縦にぱっくりと割れるさま......映画の『プレデター』を観たことはおありだろうか? プレデターの仮面の下の素顔、縦横に裂ける口。「なんて醜い顔だ」とシュワルツェネッガーに言わしめたあの口の動きと、兎の口は同期する。
あくびをするときにぱっかんと割れて、がおーと歯茎と前歯が露わになる。その姿は「月の魔獣」とでも呼ぶのにふさわしい。
「犬派」といい、「猫派」という。かつての私は、どちらにも与することがなかった。犬も猫も好きだったからだ。けれど、いまは......人に「犬派か猫派か」を問われれば、「兎派」とこたえるほどに飼いならされた。
「兎派」になるまえは、兎のかわいさに見向きもしなかった。かわいい生き物だとの認識はあったが、犬や猫に匹敵するものではないと思っていた。なにせ、動きに乏しい。鳴き声もない。あまえてもこない。
兎を知るということは、それがほんの一面でしかないことを悟ることである。俊敏に動きまわり、ぶぅぶぅと鼻を鳴らす。顔をくしくしし、長い耳を「ティモテ」する。「ティモテ」とは、短いてってで長い髪でもすくように毛繕いをする仕草のこと。あまったれて、撫でを欲しがる。鼻をひくひくさせる。うしろ足二本で立って、あたりをきょろきょろと窺う。そして、魔物めいたあくび。
「兎派」になってしまうと、犬にも猫にもほかの小動物にも目が行かなくなる。兎だけを見るために、ペットショップへ足しげくかよう。売れのこりはもはや、飼っているようなものである。兎は魔力がある。オートチャームの魔法。
兎は「月の魔獣」にちがいない。下界へ降りて、人間を魅了する使命を帯びる。めろめろにして、骨抜きにする。バニートラップ工作を果たしたのちは、月の世界でのバカンスが約束されている。だらけたねむねむの暮らしがゆるされ、二度と下界へもどることはない。ごくごくたまには思いだして、虜にした人間を月から眺めている。




