第八話【今日から賞金首】
ひとしきり泣いた後。
私は少し呆然としてしまったが、男はその間にもテレビからイロイロと情報を手に入れていたらしい。
貰った水をコクコクと飲んでやっと落ち着いた様子の私を見て、リビングの椅子に座った男は神妙な面持ちで口を開いた。
「…母親のこと、僕がこうなることを予想することも出来たはずでした。すいません」
散々人のことを馬鹿にしたような態度をとっていたのに突然しおらしいことなんて言うものだから、私はビックリして言葉に詰まった。
もちろん、顔には出なかったけど。
「奴らが狙うのは『空乃ユア』だけだった。だからあなたを助けるだけで事足りると思っていたんですが、これは完全に僕のミスです。あなたには家族がいるし、それを利用するなどこの国の現状を考えれば簡単にわかる」
もう一度「すいません」と謝って、今度は頭まで下げようとしていたから私は慌てた。
「仕方がないよ。あんたはあたしを護れと言われてきたんだし、実際私を救ってくれた。母さんのことまで頭回らないのは当たり前よ。…元はといえば、あたしが狙われてしまったことが悪い」
「しかし、あなたは何もしていないのでしょう?」
「もちろん!!この国の今の状態がわかるでしょう?些細な発言ですら罪になる。発言権を奪われ、最悪軍部の奴らに連れていかれたらアウト。あたしは平穏無事に生きたかったから、そのことに関しては慎重にしてきた。大体、こんなただの大学生に何ができる?第一級犯罪なんて絶対何かの間違いだとしか思えない」
「なら悪いのは帝国です」
「…いいえ。悪いのは確かにこんなめちゃくちゃなことをする帝国かもしれないけど、それ以上に悪いのは運の悪いあたし。昔からそうなの。何度も信号無視の車に引かれそうになったり、突然頭上から何か落ちてきたり。神様があたしを殺したいのかもね」
改めて振り返ってみると、私の人生って結構デンジャラスだったかも。
昔暴漢に撲られた時に出来た頭の傷が唐突に痛みだした気がした。
「まぁこうなった今はもうそんなことどうでもいいけど。あたしは軍部機関に行く。母さんを返してもらわなきゃ」
そうだ、ここにいないのは軍部の奴らに捕まったからなのだから、私が出頭すれば母さんは解放されるはずだ。
早く行かないと酷いめに遭わされるかもしれない。
「残念ながらそれはダメです」
だが男は厳しい顔をこちらに向けて言った。
「先程、テレビであなたのことがやっていました。…帝国はあなたに賞金をつけましたよ」
――――はあぁあ??
握ったままだったガラスのコップを床に落としてしまうところだった。
私は男の言っている意味が理解できなくて、思わず男に近付いて顔を凝視してしまった。
「こんなこと日本では前代未聞です。本当、何故あなたがこんなにも執拗に狙われるのか。手配書はDEAD OR ALIVE、生死を問わず。今無防備に外なんて出たら賞金に目が眩んだ奴らにいいようにされますよ。母親だってそれじゃぁどうなるかわからない」
「大人しく出ようっていうのに!?」
「奴らにはもう何でもいいんでしょう、あなたの息の根さえ絶てれば」
躊躇いも無く私の目をじっと見つめて言った言葉は、私を見るからに動揺させるのに効果的面だった。
髪よりも明るい青い目は、静かな湖畔の如く真実しか語らないようで。
「じゃぁ…じゃぁあたしはどうすれば」
「今はまだ、母親のことは我慢してください。とにかく急いで隊長の所へ連れていきます。隊長は何か事情をご存知のようでしたから、必ずあなたたちの力になってくれるはずです。運が良ければ軍部の決定も覆せるかも」
「母さんを置いて一人逃げるなんてできない」
「必ずあなたの母親も助けます。ですから今は僕の言う通りに。ヘタに動けば最悪の結果しか生みません」
「…あたしは『必ず』なんて言葉、信じない。少しでも変なことしたら任務不完了になるわよ」
「構いません。大丈夫、僕もこのやり方には少々ムカついてるんで」
私は結局男に付いて行くしかないようだ。
もちろんコイツを信じたわけじゃないけれど、軍部機関に到着して母さんの身柄を確保するまでは死ぬわけにはいかないんだ。
大丈夫、母さんは私が助ける。
「…で?その隊長さんとやらは一体どこに?」