第七話【光と影】
目の前が真っ暗になるとはこのことを言うんだろうか。
いゃ、実際に真っ暗になっているわけではなく、私の目にはきちんと明るく電気に照らされた廊下や玄関に掛かった誰とも知らぬ人の絵画だって見えている。
だけど。
それらの情報が頭の中で処理されていないのだ。
私にとってそんなことはどうでもよかった。
例え今空から槍が降ろうが、太陽が無くなろうが、今まさに戦争が始まろうが私にはたったひとつ、『母さんがいなくなった』ことだけが世界の真実だった。
母さんは私の光だったから。
真っ暗になったのは私の心だ。
その場で崩れ落ちなかっただけ奇跡だ。
私は玄関の横にある手摺りに寄り掛かって衝撃に耐えるしかなかった。
私がそんなふうにしている間、男は黙って家中を見て回ったようだ。
靴のままだったけど、どうでもよかった。
「…家の中には誰もいません。テーブルに置いてあった食事にはまだ熱が篭っていましたので、おそらく僕らが着く直前に」
「母さんは死んだの?」
自分で発した言葉がナイフよりも鋭い刃物になって私の心臓を突き刺す。
「…いぇ、誰もいません」
「…そ」
怪我をしたら血が出る。
あの足跡に付いた紅い模様のように、それは本人の意思とは無関係だ。
私の心臓からは血すら何も、何も出なかった。
――そぅ、恐ろし過ぎる程に。
『―本日午前中、日本帝国軍部会議の決定により、東京都在住の大学生、空乃ユアさんが帝国軍部の極秘ファイルをハッキングしたとして第一級犯罪者指定を受けたものと思われます。ユアさんは現在、軍部機関の要請に反し、通っている東明大学から逃亡中とのことです!ユアさんは黒淵眼鏡をかけ、茶色の短パンに黒いTシャツを着ているとのことで、見かけた方は至急警察までご連絡ください、繰り返します!軍部機関から逃亡中の大学生、空乃ユアさんは…』
無情にもつけっぱなしであったテレビから、私の『犯罪者』としての逃亡が大々的に報道されていた。
なるほど、次の奴らの手は国民を味方につけることだったのだ。
これで私も立派な犯罪者ってわけね…
「ハッキングって…どんだけ適当な理由付けてんだか。あたしも随分と高度な能力を身につけたのね」
ははっ…
渇いた笑いは喉によくない。
ヒリヒリする皮膚が痛くて、私は目の奥から熱いものが込み上げて来るのがわかった。
それは徐々に私の視界を覆うように溢れてきて、ゆっくりと両頬を伝っていった。
変だな。
私、笑ってるのに泣いてる。
そんな器用な表情、今まで出来なかったじゃない。
だからたくさん虐められてきたのに…
今更遅いっつーの!!
あぁ、喉が痛い。
水が飲みたいや。
「れ、冷蔵庫から水取ってきてくれない?喉、渇いちゃった」
情けないくらいに声が掠れていたけど、傍で黙って立っていた男には十分聞こえたようだ。
そのまま静かにリビングの中へと消えて行った。
「…っ」
なかなか止まない涙は、私の粗末な洋服と手元を濡らしていく。
私は目元を拭いたくて邪魔な眼鏡を取った。
乱暴に取ったせいで床にカシャン、と音を立てて転がった眼鏡は、私の無様な顔をうっすらと写す。
自分が泣いていることをまざまざと見せ付けられて、さらに涙が溢れてきた。
「…ぅ、ぇ」
――止まらない。
「ひっ…」
――止まってよ。
「ふぇ…ぁっ」
――止まれ!!!
「っかあさぁん!!」
私は男が戻って来ないのをいいことに、大声を出して泣いた。
もう立派な大人なクセに、親を思って泣くなんて。
鼻水だって垂れてるし、髪だってグシャグシャ。
でもそんなことよりも、ただただ母さんに会いたかった。
やっと学校のテストが終わって、ゆっくりと続きが書けました。。。
なんだか自分が話の内容がわからなくなってきた汗