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第十話【変化】


―ねぇ、かあさん。


ユアっ!!どうしたのその傷!?


かあさん、みんなゆあのことキライっていうの。

ねぇ、キライってなあに?


―いいからっ、早く手当しなくちゃ!!



体中傷だらけで幼稚園から帰ってきた私をみて、母さんは慌てていた。


その時の私はクラスの子たちが一様にして言った言葉の方が気になっていて、傷の痛みなど全く気にならなかった。


ただ純粋に、知りたかったから。



―ねぇ、


ユア、あなたはとてもいい子よ。


―ねぇかあさん、


幼稚園はもう行かないようにしましょう。

小学校はまた違うところへ行きましょうね。


―キライってなあに。


ユア…ほら、今日はもう寝なさい。




あなたは、何も教えてくれなかったけれど。




―ねぇ、かあさん。今度はどこ行くの?











ガバッッ!!!!

私は突如として目が覚めた。


居心地の悪い固い座席はあちこちの間接によくないな。



―酷い夢を見ていた気がする。

体中が汗で湿っている気がして気持ちが悪かった。

とりあえず深呼吸をしてやや荒いでいる呼吸を整えてみる。



「…見るに堪えないアホ面でうなされてましたけど、大丈夫ですか」


「…アンタはあたしを馬鹿にしてんの心配してんの」



まだ寝ぼけているのか、隣で聞き捨てならない言葉を発した男の声でやっと今自分がどこにいるのかを把握できた。


最悪の目覚めであったのに最悪の割合がこの男のせいでさらに大きくなった。





私が指名手配になったあの日から、いくつか車を乗り継いで約3日経っていた。


そこらへんからファイが掻っ払ってきた(彼いわく、盗難車の方が都合がいいとのこと。私が思うにいつもこういうことをしていたに違いない。だって物凄く慣れてた)車で3日だ、つまり3日もこの胸糞悪い男と二人きりということ。


いい加減ストレスが溜まってきた。


もちろん夜になったって宿やホテルなどという人の目がある場所に泊まれるはずもなく、車の中だ。


しかもなるべく外に出ないようにと言われて食料の買い出しにすら行かせてもらえないため、私の足は浮腫っぱなしだ。



「もちろん心配ですよ。任務完了までに死なれちゃ僕も困るんで」


「…いちいちムカつくんだけど」


「すいません、性分なもので」


「初めてあったときからアンタってそうよね、友達いないでしょ」


「あなたに言われたくはないな」


「私は作らないだけ。一人が好きなの」


「まぁどうでもいいですけど。疲れたなら休みますか?あぁ僕のことは心配しないでください、まだたった5時間しか運転してないですから」


「ごめんなさいね、あたし運転免許持ってないの」



お互い嫌でも限られた空間で毎日顔を合わせているためか、私たちの会話はこんなものだ。


私は大体初対面では外面はいい方なのに、この男に対しては何故か素が出てしまう。


まぁ出会いが出会いだったからいまさら気にする必要もないのだが。


ファイもファイだ。

外見は好青年という感じなのに、その口からは毒舌しか出てこない。


―絶対友達いないな。




「ところで、目的地にはまだかかる?」


確かに最終目的地までは時間がかかるということはわかっていたが、ここはまだ日本国内だ。

いい加減、秘密の空港とやらに着いてもいい気がするんだけど・・・。


私のしかめっ面には一切目をやらず、ファイは前を向いたままで答えた。


「・・・普通の通路は避けてますからね、時間がかかるのは仕方がないでしょう。ただ、そろそろ・・・」


前を向いてただ無表情に運転していたファイの表情が突然変わる。

切れ長の目を細めて何か物凄く苦いものをかみ締めてしまったかのような顔だ。


「何。何か問題でも?通りにくい道、とか?」


「・・・いえ、まあ、通りにくいといえば通りにくいんですが」


「何よ」


「・・・ここ最近地方に出かけたことは?」


「・・・私は東京生まれの東京育ちで、小さい頃から両親は仕事で忙しかったし旅行なんかも行った事ないの」


「都心から出たことはないんですね」


「・・・それが何?」


勝手に話を切り替えたくせにコイツはなにやら話すのを渋っているようだ。

私が都心から出たことがないことが何の関係があるんだろうか。


「ここ10年で日本はかなり変わってしまった。それはほとんどの人生を海外で生きてきた僕でさえも敏感に感じ取れるほどの変化です。日本の世界的位置関係はアメリカ合衆国の影に隠れてあまり目立たなかったけれど、戦争もなく政治的にもやや消極的な、比較的平和な国であったと僕は認識していました」


「日本は第二次世界大戦から多くのことを学んだのよ。私たちの世代ではその戦争の体験はないからわからないけれど、戦争の悲惨さや虚しさは祖父や祖母から、父や母から、聞かされてきたの。やり方が汚いとかアメリカにゴマすってるとかいう意見は絶えなかったけれど、徹底した平和主義は確かに私たちの生活を守ってくれてた」


「ええ。大人しいイメージは世界でもプラスにはならなかったけれど、マイナスにもならなかった。僕だって大人になったら最初に世界旅行するなら日本だと決めていたくらいです」


戦後の日本が『平和』を象徴しているというのは世界でも明らかだった。

それは日本内でも納得していたはず。


なぜ今、日本はこうも変わってしまったんだろう。

なぜ、今のままではいけなかったんだろう。


「・・・なのに馬鹿みたい。せっかく手に入れた平和を自らの手で壊してるんだわ。10年前から突然政権交代したかと思ったら、トップが国の象徴だった人間に変わるんだもの。国民は皆目が点、マスコミだけはいいネタが入ってきたって当初ははしゃいでたみたいだけど」


「民主主義はその頃から独裁政治、かつてのファシズムが再来したわけですね」


「驚いたわ本当に。まだ私はその頃10歳だったけれど、義務教育制度がなくなって教育費が払えないとか親の収入がどうとかでたくさんの生徒が教育を受けられなくなって、学校からたくさんの子供が消えた。私は運よく大学まで順調に教育を受けられてきたけど、こうなっちゃ、ね」


「・・・」


「立派な階級制度のできあがり。教育を受けられる人間と受けられない人間の差は歴然で、信じたくはないけれど働けなくて飢え死にした人数がハンパじゃないの。・・・もしかして」


「・・・えぇ、そろそろ僕たちはその差別された人間たちが固まって生きる地域に差し掛かります。都心では見なかったでしょう、地べた這いずり回って生きることに必死になっている人間なんて。都心部からは上級の人間以外のものたちは排除されたはずですからね。どうやら僕たちの応援がそこに潜んでいるらしいので、彼らの隠れ家で合流しろとのことです。・・・今からこの国の真の姿を見なければならない。覚悟はありますか」


なんだか深刻な話をしているはずなのに、やはりファイは私の方を見ずにさっきと同じ苦しそうな顔をしたまま、ただ静かに言った。




――覚悟は、ありますか。




――変わってしまった君の国の、真の姿を。



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