第1話 超人事件対策係
ネメシスの引き起こした災害は、死者三十名、行方不明者十三名という無残な数字を残した。人々の心には癒やしきれない傷が刻み込まれた。それでも、募金をはじめとした人々の協力は大きいもので、四年の月日が流れた現在、被災地の復興はほとんど完了している。
一方で、ネメシスは日々、人々を苦しめる存在として暗躍していた。それは鎮静化するどころか、悪化の一途を辿っている。ネメシスは自身が誕生した町――花蘇芳市に「殺傷能力」を流通させ、それを犯罪の手段として利用するよう、客に促しているのだ。
この犯罪に対処するべく、警視庁公安部公安第六課は同課に、花蘇芳警察署を拠点とした一つのチームを設置していた。その名も、「超人事件対策係」。
そして今日、対策係に新たな人員が、一人追加される。
「本日付で対策係に配属になりました、桐谷真由です! よろしくお願いします!」
対策係のオフィス全体に、声が行き届くよう名乗ったショートボブの髪型の彼女――桐谷真由は、対策係のメンバーに一礼する。
「よろしく、桐谷巡査部長。俺は野中哲範。ここの係長だ」
顔を上げた真由と目が合った、ベリーショートの髪型をした中年の彼――野中哲範は、係長席の前に立っていた。
「係長は最年長。俺たちの頼れるリーダーだ」
哲範の紹介をして奥の部屋から現れたのは、前髪を上げた髪型に、少しの髭を蓄えた男性。スーツの前ボタンを開けた楽な格好をしている。
「俺は小林深尋。よろしく、桐谷」
真由は改めて、「よろしくお願いします!」と言って、二人に軽く礼をした。
「まだ一人いるんだが、ちょっと遅れてるみたいだな」
「奥に居ると思うんで呼んできます」
深尋は、自分が出てきた部屋の隣のドアに手をかける。そうすると、向こう側からも同時にドアを開けようとする者が居た。
「あっ、小林さんごめんなさい! というか皆さんすみません! 申し訳ナイトメア~!」
白衣を纏ったポニーテールの女性が、その部屋からオフィスに入ってくる。
「初めまして桐谷真由ちゃん! 私は宇佐見朱莉。整備士です! どうぞよろしくね!」
「よ、よろしくお願いします……!」
朱莉に圧倒され、声が震える真由。
「面白い人でしょ、宇佐見さん」
やわらかく笑う深尋は、真由にそう話しかけた。
「はい、何だか緊張もほぐれた気がします」
「そう!? 照れる~」
それはまるで魔法だった。つい先ほどまで「よろしくお願いします」くらいしか話せていなかった真由だが、朱莉と挨拶を交わした途端、彼女は入りすぎていた肩の力が抜けていくのを感じた。緊張しすぎる必要はないのだと彼女に思わせる効果――すなわち、安心感があったのだ。
「さて、挨拶も終わったし、鬼の説明に移るか」
哲範がそう声を発し、真由たちに呼びかける。
「この花蘇芳市にだけ存在する超人――まあ桐谷も、もっぱら鬼って呼んでると思う。みんな角生えてるしな」
哲範は、自分のデスクの上に置かれたピンぼけしたネメシスの写真を手に取り、それを全員に見えるようホワイトボードにくっつける。
「人に鬼の力を与える超ヒト体細胞は、このネメシスってモンスターの欠片だ。こいつは今もご健在で、この花蘇芳市を内陸の鬼ヶ島にしてる」
そこで真由が発言する。それは、以前から彼女が抱えていた疑問。
「鬼の力は、花蘇芳市の中でしか使えないと聞きますが、その仕組みはどういったものなんでしょうか?」
「目に見えない結界が張られてるらしい、ってこと以外、詳細は不明だ」
注釈として、深尋も答える。
「そもそも、鬼の力の正体が何なのかもよく分かってない」
「そうなんですね」
「ただ一つ、鬼の力は危険っていうのははっきりしてる。それは確かだ」
深尋が続けて言う。
「鬼の能力は、異形の姿になれるだけじゃない。通常弾を跳ね返す強靭な肉体や、バイクをビルの屋上まで投げ飛ばす怪力まで兼ね備えた怪物だ。あと、超能力を使える鬼も多い」
「そこで必要なのが、イージス! 鬼事件はイージスを着て対処するの。イージスっていうのはいわゆるパワードスーツ。私の本拠地――マッドラテック社の大発明よ!」
朱莉は、「じゃあ真由ちゃんこっち! イージス見せてあげる~!」と言って、先ほど彼女が出てきた部屋――整備室へ、真由を招く。ついでに、哲範と深尋も後に続いて、整備室へと入っていく。
「じゃじゃーん! これがイージス! かっこいいでしょ!」
「A-200――俺の愛機だ」
深尋が愛機と呼んだそれを、真由は間近でじっくりと眺める。
そのイージス――A-200は首の無い人型をしており、整備室の奥側に直立していた。全体的なカラーリングは合金そのままの銀色で、所々が赤色に塗られている。
「鬼事件に対処するとき、俺はこれを着て戦う。確か桐谷には、別のイージスを着てもらう予定だったっけ」
「そうなの! 真由ちゃんのイージスは明日届くから、もう少しお待ちなすび~」
「わかりました」
「となると、説明はこのくらいで以上だな。じゃあ、ちょっとお茶でも飲むか」
そう言って哲範がドアに手をかけた瞬間、オフィスのスピーカーから警報音が短く鳴り響く。後に続けて聞こえるのは、単調な男性の声。
「警視庁から管内。花蘇芳駅南口前にて、鬼事件発生との入電中。民間人一名負傷。対策係は、ただちに現場へ急行してください。繰り返します――」
「噂をすれば何とやら、ってやつですか。宇佐見さん、A-200いける?」
「準備万端よ! 出撃できるわ!」
「ありがと宇佐見さん」
深尋はスーツの上着を脱いで椅子に置くと、棚からA-200のヘルメットを手にとって頭に被る。すると、ヘルメットの赤い目が点灯。連動してA-200は後ろ側の装甲が開放され、装着待機状態となった。深尋は後ろ側から、A-200に手足を入れていく。胸をA-200の内側に密着させると、開いていた装甲が複雑な動きで閉じ、装着が完了した。
「じゃあ行ってくるよ」
整備室の奥側のドアを開けると、そこは車庫に繋がっていた。深尋は車庫の入り口横にあるシャッター開閉ボタンを押してから、目の前に駐められたオンロード仕様の黒いバイクに、その長い脚でアーチを描いて乗る。
車庫のシャッターがモーター音とともに上がっていく。
バイクのエンジン音を轟かせる深尋。パトランプが点灯し、サイレンが鳴り響く。
シャッターが上がりきった瞬間、彼の乗るバイクのエンジン音やサイレン音は、地下一階のその車庫から飛び出して、地上の公道を走っていった。