エピローグ③ 理由
真由たちと別れた日の夜、合同庁舎にて委員会による事情聴取が終了し、深尋は自由の身となった。
合同庁舎から出てきた深尋を、真由は出迎える。
「お疲れ様です、小林さん。委員会から敵意向けられたりとかしませんでした?」
「うん、大丈夫だったよ。ただ質問攻めにあっただけ。わざわざ待っててくれてありがとう」
「いえ」と真由は笑って返す。
すると深尋は、ふと何かを思い出したような素振りを見せた。
「そういえば、委員の東條ゆりさん、なんか誰かと声似てた気がする……。桐谷は東條さんに会ったことある?」
「私も事情聴取を受けたので会いましたし、お声も聞きましたけど、誰に似てるとかは思いませんでしたね。もしかしたら小林さん、東條さんとどこかで会ったことがあるんじゃないですか?」
「そうなのかな……」
「今、私の話してました?」
その声に二人が振り返ると、合同庁舎から出てくる、綺麗な中年女性の姿があった。東條ゆりだ。黒いスーツを着こなしている彼女。髪は鎖骨辺りまでの長さで、何よりやわらかい笑顔が印象的である。
「はい東條さん。ちょうど話してたところです」
深尋はそう返事をすると、真由の仮説をゆりに直接聞いて、確かめる。
「……あの、東條さん。私たちって、前にどこかで会ったことありますか?」
「ないと思いますよ。私、記憶力には自信がありますから」
「そうでしたか。じゃあ、気のせいかもですね」
ゆりは真由のほうへ視線を移した。
「あっ、ちょうど良かった。桐谷巡査部長、私と来ていただけませんか? あなたに話したいことが」
◇
深尋と別れた真由は、ゆりと共に合同庁舎内の会議室へ。真由はゆりと対面して着席する。
「話とは、いったい……」
「今から話す内容は、くれぐれもご内密にお願いします」
「……承知しました」
真由は戸惑いつつも、とりあえずゆりの話を聞くことにした。しかし、この話を聞いてしまったら、取り留めのない何かが自分を終わらせてしまうのではないか。彼女はそう思い始めてしまった。だが、彼女は覚悟を決める。もう引き返さない。
ゆりは、「では、話しますね」と言うと、こう続ける。
「これはある人の証言なんですが、オニタイジ・システムは、未来人が戦争で勝つために実行されたんです」
「未来人……?」
「ええ、未来人です」
真由は、彼女の真剣な眼差しを見て、決して冗談を言っているわけではないのだと悟った。
「順を追って説明します。少し先の未来、人類の一部はメタバースに移住し、妖精という種に進化します。妖精の住むメタバースは妖精界、人類の住む世界は人間界と呼ばれ、区別されるようになりました」
ゆりはまず、近未来で誕生する妖精という生物種について話した。神話や伝説などに登場する存在から名前が引用され、あてがわれている――。そこだけ見れば、鬼と同じであるといえよう。しかし、妖精は鬼とは違い、人という枠の外側にいるらしい。
「それから数百年後、竜が数分間だけ出現します。その際、人類の約一割は竜によって、超ヒト体細胞が変異したものを体に植え付けられます。別の生物種に変身・進化した彼らは、自分たちの種の名前を悪魔としました」
妖精の次は悪魔が誕生した。もっとほかの名前はなかったのか、などと思う真由。だが、「超ヒト体細胞が変異したもの」によって変身・進化しているということは、鬼に近しい特徴をもった生物種なのだろう。そう考えると、名前も似て非なる存在のものが、意図してあてがわれていることがうかがえる。
また彼女は、こうも思った。超ヒト体細胞が変異したものとは、やはり――。
ともあれ真由は、再びゆりの話に耳を傾ける。
「一方で、妖精は人類を掌握するという目的の下、悪魔に対し宣戦布告を行います。妖精は、妖精界と人間界とを結ぶ、全部で四つ存在する巨大な扉――神扉を移動要塞として使い、悪魔への攻撃を始めました。対する悪魔は、悪魔自身に備わる能力で、赤次元空間と呼ばれる高次元空間へ通じる門を開き、すべての神扉を赤次元空間に閉じ込めます。これにより、妖精界が人間界に干渉する術はなくなりました」
おそらくそれが初めに語られた、「未来人が戦争に勝つ」ということの詳細だろう。
話の中で真由は、特に一ヶ所、引っかかることがあった。赤次元空間とは何だろうかと。彼女はゆりに質問してみる。
「赤次元空間というのは、イフの体に生えていた赤次元石と、無関係ではありませんよね?」
「ええ、そのとおりです。赤次元石は、赤次元空間にあるエネルギー――赤次元エネルギーを取り出しやすくするために悪魔が製作した、その時代の新エネルギー源です」
「それって、未来で作られたものが、過去に存在していたということになりませんか……?」
そもそもこのゆりの話も、未来の情報が、過去である現在に存在していることになる。
「詳しく話しましょう」
ゆりは、「さらに数百年後のことです」と話を続けた。
「竜が再び出現しました。人間界に生きる者たちは竜とのコンタクトに成功し、竜の正体がタイムトラベルをしていた悪魔であったことが判明します。竜はその時代にいる、タイムトラベルをする前の自分に、タイムトラベル能力と生命創造能力、そして任務を与えました。任務とは、悪魔が妖精との戦争に勝利するために、悪魔たちが悪魔に進化するきっかけを作るというもの。任務を与えられた竜は、未来の自分から聞いた情報や過去の記録を頼りに、各時代の人間界に渡ります」
「つまり、竜は未来人の一人。竜は様々な時間に、情報や物、そして人を運んでいた……」
「そういうことになります。その後の竜は、ネメシスが空間を瞬間移動していたように、時間を瞬間移動しながら、任務遂行に向けて動きました。竜は十四柱の神獣を創造し、そのうちの十三柱が進化した魔神のうちの一柱――ヴィクター・ジンに、オニタイジ・システムの実行を命じます。そうして回収された超ヒト体細胞は、竜によって赤次元空間の中で管理され、赤次元エネルギーの影響で変異。竜は人類の約一割に、赤次元エネルギーで変異した超ヒト体細胞を植え付けました」
ゆりが「ある人」として名前を伏せたこの証言者は、いったい何者なのだろうか。竜が運んできた誰かなのか、あるいは――。
だが、真由にとってそれは、さほど重要ではなかった。彼女の心が、憤りで満たされていたからだ。
「……では、一連の鬼事件の被害者や、消えた二六九名の鬼は、未来で出るはずだった戦争の犠牲を肩代わりしたということですか……?」
「はい、そのようです……。ですが、そうでなければ、未来人は妖精の奴隷にされていたことでしょう。これは、最初から決まっていたこと。竜は記録どおりの行動をとるしかなかったんです……」
「何だか、納得できません……。ほかに選択肢はなかったんでしょうか?」
ゆりは悲痛な面持ちで、静かに首を振る。
「竜の罪を聞いていただいて、ありがとうございます。話は以上です」




