エピローグ② 研究所
親子の会話から五日後。朱莉が哲範の病室へ入室した。
「宇佐見さん、小林の居場所がわかったって本当ですか?」と哲範は訊く。
「はい、昨夜、市内の防犯カメラに映ってました」
朱莉は、自身のタブレットの画面に映った映像を、哲範に見せる。その画面の中には、ロープで作られた柵を越えて、鬱蒼とした森の中へ入っていく深尋が居た。
「森の中? いったい何しにそんな場所へ……」
「そこでなんですが、係長!」
朱莉は肩にかけたバッグの中から、哲範の着ていたイージス――A-100Cのヘルメットを取り出す。
「これを被ってください! 真由ちゃんの着てるA-300に繋がります!」
「ということは、桐谷は今森の中ですか?」
「はい! 現在小林さんを捜索中です~!」
朱莉に、「さあさあ」と急かされて、哲範はA-100Cのヘルメットを被った。同時に、ヘルメットのシールド部分がピンク色に点灯。彼の視界には、真由が見ているものと同じ景色が映し出された。
◇
「係長、聞こえますか?」
真由は、無線で哲範にそう声をかけた。A-300による補助を受けながら、彼女は森の中を着々と進んでいく。
「ああ、聞こえるぞ。小林はまだ見つかってないか?」
「はい。まだ人影の一つも見えません」
「そうか」
真由は五日前のことを気にかけ、こう切り出す。
「ところで、あのあと娘さんとはどうなりましたか?」
「それなら大丈夫だ。俺たち親子の絆は壊れない。魔神だろうと何だろうと、菫は菫だしな」
「素敵ですね」
直後、真由は前方に、木々に囲まれた建物を見る。
「係長、奥のほうに建物が!」
「近づいてみてくれ。注意は怠るな」
「了解」
真由は音が立たない歩き方を心がけながら、慎重に建物へ近づく。
幸いトラップなどはなかったようで、彼女は無事、建物の正面に到着した。出入口上部を見ると、そこには看板が打ち付けられている。彼女は草が生い茂った看板の文字を、かろうじて読むことができた。
「『橘生物工学研究所』……。これって、ちーちゃんの両親がいた……」
「ネメシスが生まれた場所――ヴィクター・ジンが復活した場所か」
研究所の出入口は、真由を歓迎するかのごとく開放されており、中の照明も点いていた。彼女は研究所の中へ、恐る恐る足を踏み入れる。
そこは廊下のようだった。その両側にいくつかドアがあるものの、一際目を引くのは正面奥。地下へと続く、長い階段である。
真由は階段を下っていく。反響する音に耳を澄ませる。何十段と下っても、音は自分の足音ばかりで、人の気配は感じとれない。階段上も、特に変わった様子はない。しかし真由は、階段を下れば下るほど、下った先で起こる何かを考えずにはいられなかった。
ついに階段を下りきる。すぐ目の前に立ちはだかるのは、観音開きのドア。
「桐谷、ドアを開けてくれ」
「了解」
真由はドアを、両手で開ける。
ドアの向こう側には、天井の高い部屋があった。部屋の奥に置かれていたのは、十三段の階段と、その頂上にある透明な卵形の箱にケーブルで接続された、大きな立方体の形をした機械。そして、その祭壇のような階段の下のほうで腰かけ、真由を待ち構えている人物が一人居た。深尋だ。
「小林さん……!」
「久しぶり」
「病室からだが、俺も居る。久しぶりだな、小林」
A-300のスピーカーから、哲範の声が発された。深尋は階段から腰を上げる。
「はい、お久しぶりです」
「いったいどうしてここに小林さんが?」
真由はこの不思議な部屋を見回して、深尋に近づきながら言った。
「ネメシスの記憶を辿って、ここがわかった」
「ネメシスの記憶?」
「実は俺、最初に鬼になった人間なんだ。どうやらそれが理由らしくって、今の俺の頭の中には、ネメシスの記憶が混在してる。確か、ヴィクター・ジンが封印された時から」
「じゃあ小林、教授の行方はわかったのか?」
スピーカーから聞こえる哲範のその質問に、深尋は、「はい」と言ってこう続ける。
「四年前、教授は研究所で造った人造人間に、装置を使って自らの意識を移しました。研究所が研究していたのは、人工子宮と、意識転送技術の二つだったようです。ですが、研究の初期段階から、ヴィクター・ジンは人造人間と一体化していた。そのせいで、教授の意識はヴィクター・ジンに取り込まれ、教授は亡くなりました。ほかの所員たちもネメシスに殺されて、森に埋められたようです」
「そうか……。教授はその日すでに……」
真由は話題を変える。
「超ヒト体細胞がどうやって作られたのかも、わかったんですか?」
「詳しいことはわからなかった。ただ、人造人間の体細胞が、超ヒト体細胞に変異した瞬間があったみたいなんだ。変異のきっかけはたぶん、ヴィクター・ジンが、教授の意識を取り込んだ時」
「考察を深めれば、答えが見えてきそうですね」
深尋は階段の側面にもたれかかった。
「俺からも質問させて。二人がここに来たのは、俺を逮捕するため?」
哲範は答える。
「違うぞ小林。このあいだ、超自然現象調査管理委員会ってのが設置されたんだが、委員会は、小林を保護することに決めた。逮捕じゃない」
「信じていいんですよね? その委員会」
「安心してくれ。少し話を聞くだけだ」
「何かあっても、私たちが助けますよ」
その真由の言葉に、深尋は口元を綻ばせ、「ありがとう」と感謝を伝えた。
「森の外で委員会の車が待っています。行きましょう、小林さん」
◇
超自然現象調査管理委員会の車に預けられる深尋。真由はA-300を脱いで、ヘルメットを胸の前で抱えていた。A-300のヘルメットから、哲範は声を出す。
「これで、対策係の仕事も終わりだな」
「あとでまた会いましょう、小林さん」
「ああ、また」
ドアが閉まり、発進する。
深尋の乗る車を、真由と哲範は見送った。




