最終話 眠り
※「最終話」と表記していますが、さらに三話続きます。
対策係のオフィスに、真由は顔を出した。
「真由ちゃん! 来てくれたんだ!」
朱莉が一人で真由を出迎える。すると早速、真由は朱莉に言う。
「宇佐見さん、申し訳ありません。A-300を使わせていただけませんか?」
「係長から許可は出てるわ。整備もばっちりよ」
「ありがとうございます」
真由は哲範とも顔を合わせておきたかったが、オフィスに彼の姿はない。
「係長はどちらに?」
「今は入院中。一人でネメシスを止めようとしたからね。でも、命に別状はないみたい。だから真由ちゃんは、安心して戦ってきて」
「はい……!」
朱莉を通り越して、整備室へ急ぎ足で向かう真由。
「真由ちゃん!」
呼び止められた真由は、朱莉のほうへ振り向く。
「必ず帰ってきてね」
「はい、必ず」
◇
その夜、人の居ない広大な採石場に、ネメシスと、濡烏色の姿のハナズオウ、そしてA-300を着た真由が集まる。
「じゃあ、私は本来の姿に戻ろう」
十メートルはあるだろうか。ネメシスは、赤く光る巨人に変身した。背中を覆うボサボサの黒髪は、狼を彷彿とさせる。巨人は、低い女性の声で話した。
「この姿のときは、ヴィクター・ジンと呼んでくれ。私の本来の名だ」
「今から殺すのに、呼び名なんて関係ないでしょ」
不機嫌な真由に、ハナズオウは、「そうね」と賛同する。
「冷たいねえ。まあ、最後の鬼退治といこうじゃないか!」
そう言ったネメシス――もといヴィクター・ジンは、両手のひらのあいだで赤い光の球を生成。そして、自身の胸へとそれを押し込む。光の球は高温なようで、ヴィクターの白濁の肌は焼けていく。
光の球を完全に押し込んだところで、ヴィクターの胸の表面は爆発を起こし、両手は歪な形に変形した。衝撃に吹っ飛ばされたヴィクターは、仰向けで大の字になって、地面に倒れる。
「実に痛い。これは十分重傷といえるだろう。あとは、イフを待つだけだ」
寝そべるヴィクターの頭に近づいて、ハナズオウは話しかける。
「ネメシス――じゃなくてヴィクター、ちょっといいかしら?」
「どうしたんだい? ハナズオウくん」と、起き上がれない様子のヴィクターは、ハナズオウに目を向けた。
「実は私、ゲストを呼んでるの」
すると、どこからか紫色の怪光線が発射され、それはヴィクターの胸に命中した。胸が爆発し、叫ぶヴィクター。ヴィクターは怪光線が放たれた方向に視線を移す。
「やあキアラ。久しぶりだね」
そこに居たのは、怪光線を放った主――キアラ。ヴィクターと同様の巨人だが、キアラの体は紫色に光っている。
「私も手伝うよ、あんたの自殺」
「待ってくれ。君は、赤次元石をよく知っているはずだ」
綺麗な長い髪の彼女は言う。
「ああ、バレた? そうだね。私はこの町が好きだから、あんたを殺さないよ」
「真由と私ももう知ってるわ。赤次元石を破壊すれば、たちまち大爆発。絶大なエネルギーでこの町は消し飛ぶってことを。つまり、ヴィクター・ジン、あなたはここで封印だけされて終わりよ」
「誰も殺してくれないのなら、封印も意味をなさない。ほかをあたるとするよ」
気を落としたヴィクターに対し、しゃがんで目線を近づけるキアラ。
「もう瞬間移動できる体力は残ってないでしょ。ゆっくり休みな」
採石場へ、四足歩行の巨大な生物――イフが顕現した。
「イフ来たよ」
皆にそう伝えた真由。
イフを見たハナズオウは、案じた様子でキアラに尋ねる。
「あれ、イフって攻撃してこないわよね?」
「攻撃はしないと思うけど、一応離れておいて」
「わかったわ」
真由はジェットエンジンを点火し、地面から足を離していく。ハナズオウは飛行形態に変身し、翼を羽ばたかせて飛んだ。
緩慢な足取りのイフは、体に生えている赤次元石を発光させる。
「そうだな……。封印が二度と解かれなければ……それは死と等価値だろう……」
ヴィクターのその声は、夜風に舞っていった。ヴィクターは赤次元石の光に包まれ、跡形もなく消える。
振り返るイフを眺めて、胸を撫で下ろす真由。ネメシスもといヴィクターを殺すことはできなかったが、封印は成功した。とはいえ、これは問題を先送りにしたにすぎない。竜とやらが気まぐれを起こせば、いつでもヴィクターは復活できるのだろう。
その時、周囲に獣の群れが湧く。イフの半分くらいの背丈だが、それでも人間を上回る巨体をもつ、四足歩行の生物だ。十体ほど居るだろうか。
獣たちは駆け、一斉にイフに群がった。咆哮するイフ。キアラはそれを見ると、焦った声で言う。
「イフごと赤次元石を攻撃してる……!?」
キアラは、「イフとあんたたちは家族のはずだろ……怪獣!」と、獣の群れを怪獣と呼び、怒声を浴びせながら怪獣たちに力強く走っていった。
「何? 怪獣?」
鬼だけでも理解が及ばないというのに、これほどまでに非現実的な存在が次々現れるとは。真由は当惑していた。
すると突如、氷の飛礫が無数に飛び、怪獣の体に刺さっていく。怪獣は飛礫が刺さった衝撃で突き飛ばされ、イフから離される。その飛礫を放ったのは、氷柱のような角の鬼――深尋だった。
「小林さん!?」
「俺が怪獣をイフから遠ざける。その隙に、桐谷たちは怪獣を倒してくれ!」
「了解!」
怪獣というのが何者なのかはわからないが、真由は今自分にできることを精一杯やることにした。中空でホバリングしていた彼女は、右大腿部からサブマシンガンを抜く。
「武器のセーフティを解除します」
真由はサブマシンガンで怪獣を銃撃。ハナズオウも飛行形態のまま、光弾を空爆のように落として応戦する。
「しまった!」
深尋の視線の先で、イフが倒れ込んだ。一体の怪獣がイフの喉元に食らいつき、透明な体液が傷口から漏れ出ている。
キアラは怪獣の顎を直接掴み、怪獣をイフから引き剥がそうとするが、一向に顎が開く気配がない。それがわかると、彼女は一歩退いて、眉間から怪光線を放った。怪光線は怪獣の顎の筋肉を貫き、怪獣はイフに噛みつき続けることができなくなる。キアラは怪獣をイフから引き剥がし、再び怪光線を発射して、怪獣を爆破した。
その怪獣が最後の一体だったようだ。真由たちはなんとか、怪獣を全体倒しきった。しかし、イフは息絶えてしまっていた。それでも奮闘の甲斐あって、赤次元石は無事である。
地上に戻り、亡骸となったイフを見つめる真由。
「何だか後味悪いですが、町の壊滅は阻止できましたね、小林さん」
真由は辺りを見回したが、深尋の姿は消えていた。
「小林さん……」
A-300の無線に声が入る。
「桐谷、そっちの状況はどうなってる?」
「係長!」
声の主は哲範だった。
「こちらは、訳あって巨大な動物の死体がたくさんありまして、その処理がまだ済んでいません。ネメシスについては、封印という形で処理しました。花蘇芳市がネメシスに脅かされる心配は、もうないと思います。係長は、お怪我は大丈夫なんですか?」
「ああ、わりと大丈夫だ。当分入院することにはなるけどな。じゃあ、桐谷はその場で待機しててくれ。よくわからないが、その死体を処理する人員を向かわせる」
「わかりました。ありがとうございます」
振り返って、真由は千里の姿に戻っていたハナズオウを見る。しかしそこに、キアラの姿は無かった。
「あれ、キアラは?」
「もう帰ったわ。キアラにはキアラの生活があるのよ」
そう言うと、彼女は目を伏せる。
「この体は千里に返すわ。今までごめんなさい」
「いいえ、あなたのおかげで、この町を救えた。ありがとう」
真由のその言葉に、ハナズオウは不器用ながらも笑った。
◇
――二週間後。
鬼の力が花蘇芳市の中でしか使えないのは、ヴィクター・ジンが管理していたため。ヴィクター・ジンが封印された現在、管理者不在の鬼たちはどこに居ても鬼の力を使える――はずだったが、確認できるだけのすべての鬼から、鬼の力が消えていた。それは花蘇芳市の内外問わずだ。これはおそらく、新しい管理者が誕生していることを示している。
なお、小林深尋も鬼の力が消えているかは、未だ不明。所在も全く不明である。
ヴィクター・ジンやイフ、怪獣の存在は、世界中に公表された。しかし、真由が証言しなかったことにより、キアラの存在は公表されなかった。キアラにはキアラの生活がある。ハナズオウのその言葉が、真由の心に印象深く残っていたのだ。
一方のハナズオウは、もうこの世界にはいない。精神病院にて、ハナズオウの人格が基本人格――千里の人格に、統合されたことが確認されたためだ。そして、罪のない千里が逮捕されることはなかった。
鬼がいなくなった世界で、真由は千里との平穏な暮らしを取り戻した。真由は、千里の待つ家のドアを開ける。幸せを噛みしめて。
「ただいま」
「おかえりなさい」
エピローグに続く。




