7話:説明を受ける1月10日
一方的な火計で迅達が圧倒的勝利を収めた、その翌日。腹ごしらえが済んだ迅達は、リビングに集まっていた。迅の横で炬燵に入っているロンが、DDを小突きながら言う。
「ジン。ひとまずの危機を凌いだ所で、提案だ。システムについて理解を深めようか」
「え、なんの?」
「まずはステータスとスキル、職業の補正についてですー」
テルルは指を立てて説明を始めた。
「ステータスはざっくりと評価した項目ですー」
筋力は文字通り。ただし筋肉の質や見せ筋といった要素があるため、大体の所の総合評価として表示される。上半身が貧弱で下半身がアスリート並となる場合、平均値で“ふつう”と表示されるらしい。
敏捷は反射神経や足の力、バネの評価。
体力は文字通り、心肺機能や継戦能力といったもの。
気力は不定形概念力の量を示す。
PPは可能性の幅を示すもの。
DPは通貨のようなもので、ポイントに応じてスキル購入や物資購入が可能になる。
「思っていたよりざっくりだな……大雑把というか。ゲームっぽい表記も気になるし」
「機能を優先した結果、とのことですー。万人に向けて分かりやすく理解できるように、という意味ではゲーム文化は一部突き詰められている技術ですのでー」
ユーザーインターフェースにも気を配っているという、衝撃の発言が。もっと気にする部分があるだろ、と迅は考えていた。テルルに当たっても意味がないと思ったので、言わなかったが。
「現実世界に及ぼせる影響、補正は大きい順に職業、概念力、ステータスですー」
「ファンタジーっぽい今でも資格と肩書が物を言うんですね分かります」
「自由人は自由を得る変わりに社会的信用を失うからな」
正論は鋭い刃だ。美しいが、切られた方はたまったものではない。ロンの言葉でざっくり切られた迅は痛みに耐えながら、続きを促した。
「職業は色々ありますー。戦士なら筋力、体力に補正が、盗賊……スカウトとも呼びますが、敏律と五感の鋭敏さも上がりますー」
「一般的なイメージのまんまだな。まずは形から入るのか」
「ですね-。社畜なら体力と体力回復、集中力にプラス補正がありますよー」
「そんな世知辛い現実、聞きたくなかった……ちなみに成れない職業とかあるのか?」
「本人の適正次第ですねー。天職なら少ないPPで成れますー」
「もっと聞きたくなかった」
つまり、才能ナシを地球に見破られ保証されたようなものだ。迅は世界がつらいと死んだ目で炬燵の天板の木目を数え始めた。
「で、でもそんなに落ち込むことないですー。正直、多少才能があった所でポイントは左右されませんー。一握りだけ居る本当の天才だけですよー」
「それはそれで嫉妬を禁じえないというか……そういえば、ロンも転職は可能なのか?」
「できますよー。同種の魔物であればランクアップが可能ですー」
「マジか。……あ、図鑑が。ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンナイト、ゴブリンチャンピオン、ハイ・ゴブリンか。5番目だから、ロンは第五位階になるな」
「はいー。PPとレベル次第で、別種族の転生することも可能になりますー」
「最早何でもありだな。……ロン、成りたい種族とかあるか? 参考までに」
「鳥になりたい」
いきなりのぶっちゃけに、2人が硬直した。
「と、生前は考えていたけどな。いや、冗談だ、転生は今考えなくていい、先の話になりそうだ。それよりも、DPで何が購入できるかもう一度確認した方がいいぞ」
迅達は昨夜、待ち伏せをしていた一団が飽きて逃げる前にと、必要なスキルだけを取得しただけで、まだ全てを把握していなかった。何があるのかわかれば、戦術にも幅が出る。ロンの助言に迅は頷き、購入可能リストを読み始めた。
(武器、防具、食料、薬……アウトドア用品もあるのか)
ダンジョン内の野営で必要になるのだろう。迅は物資の欄を読み終えた後、スキルの欄を見始めた。
「戦闘系って、ロンが使った“強撃”のようなやつだよな?」
「はいー。物理攻撃から魔法補助まで何でもありますー」
パッシブとアクティヴの2種類で、職業によっては取得不可のものがある。迅は恐る恐ると、無職が習得可能なものを尋ねてみた。
「えーとですねー。基本性能UP系であれば問題ないですよー?」
「つまり特殊系は全滅なんだな」
「はいー。でも、オリジナルスキルは誰でも開発可能ですからー」
「……オリジナル、開発?」
「はいー。既に習得済みのスキルを例に上げますと―……えっと、エターナルフォースブリザード?」
「“ぼくのかんがえたさいこうにつよいひっさつわざ”までいけるのかよ」
「あとは……んー、まだ一週間ですからー。人気なのは催眠の魔眼ですねー。気力消費が激しすぎて、8割が頓死したようですがー」
「本当に何でもありだな」
というかラスボスは地球らしいが、効くと思って習得したのだろうか。効いた所でどうするつもりだったのか、迅は問い詰めたくなった。
補足説明を受けた迅は、オリジナルスキルについて悩み始めた。
(独自開発か……利便性は高そうだけど、いきなり言われても思い浮かばないな)
リスクもあるようで、諸刃の剣にも成りかねない。オリジナル技は必要DPも高く、効力で言えば規定のスキルの方が高く、汎用性もある。最速の攻略を目指すなら、迂闊な取得は禁物だな、と迅はオリジナルスキルのことは脇に置いて考え始めた。
「しかし、思ったより消費DPが小さいな」
「……いや、取得できる数が多いんだ。難易度5って数字はお前が思ってるより高いもんだぞ。敵は強くてクリアには苦労するが、報酬も相応に大きくなる」
「経験値っぽい何かもか?」
レベルがどうやって上がるのか、そのプロセスは何なのか。尋ねられたテルルは、“証明”だと答えた。
「魂の純度、練度と実績をふんわり評価したものですねー」
「……つまり?」
「簡単に言うと、死にかけるような思いを繰り返すとタフになりますからー」
「あとは相手の肉を食らうことと、難行苦行に挑んでもいい。前者は分かりやすい儀式だし、後者は視野の広がりと自己確立の強度が上がるからだな」
何種類も、何匹も殺して喰らう、つまりはそれだけ強いという証明。
通常ならば死ぬであろう試練をくぐり抜けたという実績と自負がある、つまりは強くないはずがないという風評。
色々な要素が絡んでいると、テルルとロンは交互に説明した。
「心の持ちようも関係する。思い込むだけで強くなることもあるからな。もっとも、限度はあるが」
「俺つえええ! ってだけじゃダメなのか?」
「膨らんだ風船はそれだけ割れやすい。厚さのない強さを誇りたいのなら別だが」
「結局は地道が一番ってことか」
「時と場合によるな。世の中にはぶっ飛んだ思考で、一足飛びに化物染みた強さを手に入れる奴もいる。天才、あるいは天災のどちらで呼ぶかは任せるが」
「……まあ他所は他所。ウチはウチってことで」
迅はステータスを見た。DPは350となっている。ハイ・ゴブリンとグレイハウンドを倒して得たポイントが加算された結果だった。
「最低ランクの食料を一週間購入するのに70。最低限確保するとして残りは280、まずは――」
「不定形概念力だ。……名前が長ったらしくて面倒くさいな。スキル取得よりも、それをどう名付けるか、ジン、お前が決めろ」
「え、なんでだ?」
「名前を決めることで、認識が強くなる。ある程度は定義しておいた方がいい。その方が強化効率が上がるからな」
「……いきなり言われてもな。気とか、オーラか。ま、考えておくよ」
「早めがいいぞ。スキルだが、“不定形概念力強化”を推奨する。取り敢えずは強化レベル1からだな。効果はそう高くないが、ステータス全ての補正と回復力促進はこれから必須になる能力だ」
「職業補正で地力が足りない分、有り難い効果だな……分かった、レベル1は250か」
迅がボタンをタップすると、ステータスが更新されました、という文字と共に新しい表記が出された。
名前:黒烏迅
レベル:9
年齢:28歳
職業:無職
身長174cm
体重73kg
筋力:ふつう
敏捷:おそい
体力:ザコ
気力:そこそこ
PP:1
DP:30
スキル
:不定形概念力強化 … レベル1
「お、レベル上がってる」
「まだまだ、ハイ・ゴブリン相手だと真っ向勝負は厳しいだろうけどな」
職業補正が皆無なら、ハイ・ゴブリンという五位階の魔物との力比べは無謀だ。そう説明を受けた迅は、自分がどれだけ危ない橋を渡っていたのかを知り、冷や汗をかいていた。
「ようやく気がついたか。でも、悪いことばかりじゃない。いくつか称号は手に入れられただろ?」
「称号……そういえば、色々とシステムメッセージって奴が言っていたような」
迅はステータスの下に称号のボタンがある事に気がついた。
そのボタンを押すと、いつの間にか得られている称号が表示された。
『挑戦者』…止まらねえ限り能力が微向上する。
『ジャイアントキリング(小)』…レベル差が10以上ある相手との戦闘時、全ステータスに補正(中ランクUP)。
『戦場のクッキングファイター』…戦闘時、調理用具の攻撃力UP。
「なんだ、これ」
「最初のは、恐らく……DDに触れずにダンジョンにトライしたからだろうな」
ジャイアントキリングは、いきなりのハイ・ゴブリン戦で勝利したから。クッキングファイターはフライパンを武器にしたから。特定の条件をクリアした功績でもあると、ロンが説明を付け加えた。
「はいー。特定の条件下で戦闘能力が上がります-。それ以外の場合でも、微弱ですがプラス補正がありますよー」
「……証明、功績ってこれか。なんか、資格みたいだな。持っているだけでは役に立たないあたりがそれっぽい」
「死んだ目ぇするな、シャキッとしろ。もう一度確認するが、可能な限り早くクリアしたいんだな?」
「ああ。妹たちの無事が確認できるまでは」
迅は、死なない限りの範囲で無茶を突き詰めることを誓った。色々な危険と不利を聞かされた後でも方針を変えなかった迅の言葉にロンは頷き、それじゃあと床に転がしていた棍棒を手に立ち上がった。
「協力しよう。……これでも前世は教官を務めたこともあってな」
「強くなるために、か?」
「少なくとも最低限、一刻も早くだ」
色々な確認も含めて、とロンは迅を目を見た。
「まずは第一段階。地下一階でもう一度、ハイ・ゴブリンと一対一の殺し合いをしてもらう」
うっすらと口の端を釣り上げながら、ロンは反論を許さない声で告げた。
―――迅は、後になって語った。
ゴブリンとか人間とか関係ない、あれは生粋のサドがする目であったと。