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星が恋した3分戦争  作者: 岳
2/14

1話:逃場が消えた1月1日

2/10 一人称に変更しました。



「んあ………朝?」


気がつけば、朝日が見えていた。どうやらあのまま寝てしまったようだ。外を見る。あれだけ降っていた雪は嘘のように止んで、窓の外に見事な快晴が見えた。


……ということは、もう元旦かよ。くそっ、もったいなかった。年越しの醍醐味を味わう機会を逃しただけでなく、初夢さえ覚えてないんだが。


いや、地球とかいうヤツが好き勝手喋る夢を見たような……駄目だ、思い出せない。


変な体勢で寝たせいだろうか、なんていうか気分がちょっと悪い。首も痛いし、肩コリが酷いな。年だなー、と呟きながら疲れた顔で立ち上がる。玄関のポストに届いているだろう年賀状を取りにいくために。


――俺が退職したのは、半年前のことだ。心労につぐ心労で仕事を続けるのが難しいです、と辞表を出した。社長ほか上司の人たちは当日は渋っていたけれど、翌日には受理してくれた。目をかけてくれたのに、申し訳がなかったのはここだけの話。


それでも、繋がりがゼロになった訳じゃない。社長を始めとして、俺が辞めることを惜しんでくれた先輩も居た。特に直属の上司の人だ。世話焼きな部分があって、礼儀にうるさく律儀な人だった。きっと、今年も年賀状を送ってくれていることだろう。


……ま、俺は出してないんだけど。だって来たやつに返信で送ればいいじゃん? それ用の年賀状は買ってるし。


自分に言い訳しながら廊下を歩く。スリッパがなかったら足底が凍ってると思う。冷え込んでいるせいだろう、吐く息が白い。寒い寒いと呟きながら玄関にたどり着き、温かいスリッパを置いてサンダルに足を突っ込む。


そして俺は、玄関にある横開きの木製扉の鍵に手をかけた。


「……ん?」


え、あれ、開かない。立て付けが悪いのか、冷えすぎて金属が……いや、それはちょっと無いだろ。でも、開かない。どれだけ力を入れても、まるで溶接されているかのように動かなかった。


雪か強風のせいで、鍵の部分が歪んだのか? ったく、新年早々これかよ。


違和感を覚えながらも回り道をすることにした。この家は建坪にして600はある広大な屋敷だ。そのため、出入り口は複数ある。南門、西門、東門といった感じで。


とはいえあたり一帯の交通の便が悪い。その上で建物も年代モノのため、格安だった。無駄に広いとは思うけど。長い廊下を歩き、外の風景を眺めながら、俺は首を傾げた。


……変だな。雪が積もってるのは積もってる。けど、いいとこ10cmだぞ。北海道なら鼻で笑われるやつ。


これで鍵がどうにかなるとは思えない。腑に落ちないものを感じつつも、西側の出入り口まで無言で歩く。だが、そこも同じだった。何をどうした所で鍵は開かず、扉は頑なに開かなかった。


違和感が。気味の悪い予感が、大きくなっていく。これがイタズラってんなら、質が悪すぎるぞ。でも、昨日のあの吹雪の中で、イタズラををするために外を歩き回るってのはどう考えてもおかしい。気味の悪さを覚えながらも、別の出入り口に向かった。だけど、どの扉も全て同じ結果に終わった。


……偏執的だな。こうなったら、最終手段しかないか。


キッチンに戻るとフライパンを手に取り、大きな窓がある場所に向かう。鍵に手をかけるけど、やっぱり開かない。苛立っていた俺はフライパンを大きく振りかぶった。鉄製でステーキが美味しく焼けるというそれは、片手で持つのがちょっと辛いぐらいの重量物だ。全力で投げれば、窓などひとたまりもない


修理費が怖いけど、どうせ一人だ。親父の遺産はほぼ失ったが、会社時代の貯金は残ってる。……嫌なことを思い出したな。少しヤケになった俺は、腕に力を入れてフライパンを投げつけた。


直後に聞こえるのは窓ガラスが盛大に割れる音、そのハズだった。


だけど、鼓膜を震わせたのは不快な音だけ。フライパンは、窓の硬さに負けたのだった


「……いや。いやいやいやいや、おかしいだろ。そ、そうだ、無意識に手加減をしたんだ、きっとそうだ」


一人ごとまで出る始末。こんなこと、あり得ない。俺はフライパンを拾い上げた。胸の中で気色悪く渦巻いている不安を気の所為だと断じて、両手でしっかりと握る。


破片で怪我をするのが嫌だったが、そうも言っていられない。俺は助走をつけた勢いで、フライパンを全力で窓に叩きつけた。


聞こえたのは、ガィン、とかいう鈍い音。


柄に響く衝撃に、俺はたまらず手を離した。フライパンが再び床を転がっていく。呆然としながら、俺は見た―――傷一つ付けられなかった窓ガラスを。



「――あり得ないだろ」


声は震えていたと思う。背筋に走る悪寒が、鳥肌が全身を襲ってくる。


結果もそうだが、叩いた時の手応えを思い出したから。


凹ませることさえできなかった窓。その感触は、コンクリートのそれだった。


「……なんだ、夢か」


俺は乾いた笑いを零しながら、リビングに戻った。ふと、コタツを見る。するとそこには先程は気付かなかったが、何かのゲーム機のようなものがあった。


アキラの私物、か? あったかな、あんなの。


アキラとは実家に帰った悪友のこと。無類のゲーム好きで、シェアしていた最初の頃は頻繁に誘われることがあった。でも、コタツにあんなもの置いてあっただろうか。俺は少し迷った後、見ないことにした。


勝手に触ると怒られるまであるからだ。さっきのも、コタツで寝たせいで体調が悪くなっているんだろう。きっとそうだ。俺は自分を納得させながら自分の部屋に戻ると、敷きっぱなしの布団に潜り込んだ。


布団を頭までかぶって、目覚まし時計さえ合わせずに。


1分が経過し、二分が経過する。


眠れば、目が覚める。きっと……恐らくは、多分。


でも、30分たっても眠れなかった。


いいや、違う。現実を見るべきなんだ。


夢……夢じゃ、ないよな。どう考えても。なら、さっきの現象はなんだったのか。物理的にあり得ないし、何をどうした所であの感触はおかしい。


こういう時はネットかテレビに限る。リビングに戻った俺は充電していたスマホを手に取りながらテレビをつけた。炬燵の上にあるチャンネルを操作しながら、スマホのロックを外す。


電話帳から三姉妹の長女の「黒烏 燐(くろう りん)」の名前をタップする。


一秒、二秒、三秒、五秒、だけど―――


「繋がら、ない?」


おかしい。いくらなんでも、これは……向こうの電源が切れているとかそういう事ではない、メッセージさえなく奇妙なノイズしか聞こえないなんて、聞いたこともない。


耳元から戻し、画面を確認する。もう一度試すも、反応は同じだった。


試す。試す。試す。家族から友達から付き合いのあった客先まで全てを。だけど、声の一言さえ返ってこない。適当な番号を押すも同じだ。現在使われていないというメッセージにさえたどり着けなかった。


一体、何が。そこで、気がついた。テレビも繋がっていない。画面には白と黒の波のような紋様が走るだけだ。どのチャンネルも同じで、ジ、ジジ、というノイズしか発さない。


故障。その二文字が浮かんだが、スマホとテレビが同時というのはあり得ていい現象なのか。そこでネットで検索しようとして、今度こそ俺は絶句した。


インターネットをする、アプリ。それ自体がスマホ上から消えていたからだ。


仕様的に、まずあり得ていいことではない。


なら、一体。


俺は立ち上がり、スマホを投げるように置いた後、玄関へと走った。息を切らせながら辿り着くと、力まかせに鍵の部分を左手で掴む。右手で横開きの扉に手をかけ、勢いをつけて引っ張る。


だが、びくともしない。何度やっても同じで、まるで超強力な接着剤で固められたかのように1ミリたりとも動かなかった。


「こ、の……あァっっ!」


ついには、ケリまでカマした。ガシャン、という音。だけど、扉は揺れない。空間に固定されているかのように。それから何度やっても、結果は変わらなかった。


肩で息をしながら、扉を睨みつける。しばらくした後、俺はリビングに戻った。そして横にあったソファに座り、呼吸を整えると、大きく息を吐いた。


―――落ち着け。まずは状況を整理をするんだ。仕事をしていたときと同じだ。


設計会社に居た頃と同じだ。それなりに忙しい会社だった。入社して数年は、あまりにも多いその量に驚かされた。


そこで俺は世の中の不条理を学んだ。


先輩は「やれ」という。


俺は「冗談ですよね?」と尋ねた。


先輩は「は?」とプチおこになった。


俺は半泣きになりながら「やります」と仕事に取り掛かった。


で、何だかんだやれた。そんなに残業もせずに。


その気になれば、何だかんだとやり遂げられるものだと知った。先輩に報告すると「やればできるじゃん」と呆れられたが。でも、諦めればきっと、俺の立場は終わっていた。


今も同じだ。ひとまずは、挑むべき事態の全容とやるべきことを見定めよう。


考えて、努力して、実行する。それだけで問題の大半は解決できるのだから。そう信じた俺は、思考を続けた。


……訳がわからんが、俺はこの広大な屋敷に閉じ込められた。それだけは確かだ。


不思議な力が働いているが、原因は全くもって不明。


いや、だめじゃん。解決策の糸口さえ見つからないのはイカンでしょ。


……火でも放てばどうにかなるかもしれない。でも、解決しなかった場合は黒烏迅の燻製が出来上がるだけ。つーか勘違いなら、警察と消防が来て俺は終わる。なんで、それは最終手段にしよう。


誰がどうやって、というのは今考えても意味がないため、ひとまず脇に置いておく。優先して考えるべきは、それで自分の身に何か起こるのかということだ。


会社に居た時と同じように、状況のシミュレートを始める。仕事とは、突き詰めれば予め推測した物事に一つずつ対処していくことにある。必ず、解決へのヒントはどこかに残されているんだ。


俺は今、閉じ込められている。だけでなく、外への連絡手段も絶たれた。ここは和歌山で、都市部からも離れている。仮に、このまま誰も助けに来ないとしよう。


……俺は餓死か枯死する、おわり。


「じゃあないだろ、おい」


立ち上がる。非常事態だ。これは、ヤバイ。


今の状況をサバイバルと仮定しよう。なら、最初に確認すべきは水、次に食料だろうが、しっかりしろよ、俺。


キッチンまで走り、到着するなり蛇口に手をやった。


これで出なければ―――と考えた俺の心臓が早鐘を打ち始めた。


ツバを飲み込み、大きく息を吐く。


そして、思い切り蛇口をひねった。


「………出た」


水は、出てくれた。当たり前のことだが、ここ10数分で何度も物理法則に裏切られていたこともあった俺は、水があるという事実だけで泣きそうになっていた。


ひとまずだが、最悪は免れたな。次は食料だけど……買い置きを確かめようとして、舌打ちをした。雪のせいで買い出しに行けなかったことを思い出したからだ。


覚えていた通り、棚に残っているのはカップラーメンが4つだけだった。冷凍庫に賞味期限切れの肉が、野菜室にはしなびた白菜しか残っていない。


ゼロよりはマシだけど……これ、何日ぐらい生きられるんだ?


生まれてから今まで空腹を感じることはあっても、餓死するかどうかのラインを見極めるような経験はなかった。だけど、何の考えもないままで動き回るのは下策だ。知らない内にデッドラインを越えてしまうかもしれない。


とりあえず一日一食として、4日。


俺は、4日という時間をタイムリミットに設定した。



「……まずは、食べるか」



幸いにして、ガスも問題はない。


俺は安堵のため息と共にやかんに水を入れて火にかけた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「さて、と」


食べ終わった俺は、水を飲み干すと炬燵の上にグラスを置いた。


――まずは、本当に出入り口が無いかどうかを確かめる。


最初に、異変を感じた玄関からだ。


結論から言うと、俺の勘違いではなかった。玄関の扉は何をどうしても開かない。これをイタズラだと仮定しよう。なら、痕跡が……ん?


「は? ……え、扉?」


呆然と呟く。こんなもの、昨日までは存在しなかった。


それは壁と同じ色だった。内向きに開く形らしい。銀色のノブが眩しかった。それはどうでもいい、壁の一枚向こうは外だ。これが開ければ、俺は外に出られる。


これ以上ないってぐらいに、怪しい―――けど、後になって試すよりは。


それに、これで問題が解決すれば今までの混乱は笑い話で済ませられるだろう。こんなことがあったと妹達に話し、叔父からは呆れ顔で怒られる。それで済むのなら、どれだけ嬉しいことか。


前向きになりながら、どこか祈るような気持ちと共にノブを握る。


がちゃり、とノブが回る音。


予想外のことに呼吸が止まりそうになったが、そのまま押す。扉は抵抗することなく、内側に開いた。


―――だが、そこには予想していなかった光景が待ち構えていた。


ぱたり、と俺は扉を閉じた。右を見る。そして、頭の中で間取りを描く。ちょっと歩いて玄関の横の窓へ、そこから、怪しい扉の裏側を見る。どう見ても壁は一枚だけだった。


「……いや。ちょっと、それはいくらなんでも」


あり得ないと思いながらも、もう一度扉を開ける。


そこには、地下へと続く階段があった。


勾配は33度ぐらいか。幅は2人がようやく並べるという程度。見下ろした先には、踊り場が。そこから左に曲がる通路が見えた。


……あり得ない、よな?


確認するように呟く。誰も答えなかったが、答えはわかりきっていた。


「物理的におかしい。これ、一体どこに繋がってるんだ?」


超常的な力、というか……アニメとかである空間跳躍の扉? そんなもん、現代科学で作れるはずがない。あったとしても田舎のこの家に急に設置される理由がない。


だけど、これは進展だ。そう考えよう。死ぬほど怪しいし、何かの罠かもしれない。けど、どの道行ってみなければ分からない。


最悪なのは何の解決策も見いだせないまま、飢えて死ぬことだ。このまま何もせずに時間が過ぎるのを待っているだけでは埒が明かない。こうしているだけで空腹のせいで体力が消耗していくんだから。


そう考えた俺は、自分の服を見下ろした。


上下ともに、くたびれたジャージ。靴下に、スニーカー。安っぽいが、動きやすく何かあった時には逃げやすい。


よし。……嫌な予感は、するけど。というか、嫌な予感しかしない。俺は挫けそうになるも、三つ子の妹達と死んだ両親の顔を思い出しながら、地下へ続く階段へと踏み出した。



『黒烏迅は挑戦者(チャレンジャー)の称号を獲得しました』



「………へぁ?」



脳内に聞こえた機械的な声に俺は、我ながら間抜けな声を上げていた。





●あとがき●


・称号「挑戦者」


 止まらねえ限り能力が微向上する。

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