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星が恋した3分戦争  作者: 岳
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11話:決戦の1月19日


かちゃかちゃと、金属が擦れる音。鍛造剣を背中に背負ったロンが、肩を回して動きを阻害しないかを確認する音だ。前後左右にステップを踏み、時には跳躍したりして引っ掛かる部分がないかを確かめる。足には新調したブーツが。強く踏みしめて、感触を足に馴染ませる。


迅はパネルタイプDDのモニターをじっと見つめていた。レベル50以上という規格外の能力を持つ爆熱鉄鬼(バーストオーガ)を倒す。そのために全員で練り上げた作戦の手順を、何度も何度も頭の中で繰り返した。


目の前には、地下2階へ続く階段。


迅が時計を確認する。


そこに、通信が入った。



「―――行こう」


「ああ」



スーツをはためかせて、迅が一歩踏み出した。追いかけるように、ロンが続く。


堂々と廊下へと降りたった迅は、マップを展開した。


「まだ距離がある。この位置だと……決戦のポイントはここで」


「分かった。ドジるなよ、新兵」


「そっちこそ」


2人は拳を突き合わせる。迅は前に、鉄鬼が居る方向へと走る。それを見届けたロンは逆方向へ走り始めた。


「――ケン。状況はどうだ」


迅はスキルを発動する。それはDDを中継しての“通信”だった。ユニットを預けられたケンが、慌てた様子で戦況を語った。


『被害が2割、想定より早い! あの野郎、またレベル上げやがったぞ!』


地下5階から3階まで、モンスターはまだうようよと存在する。それを殺して稼いだのだろう。迅達はそのパターンも想定していた。だが、鉄鬼の成長は安全圏を逸脱しているとのこと。


「今更中止は無理だ。俺が行く、ポイントを指示してくれ」


『了解! 初手、しくじんなよ!』


「そのための秘密兵器だ」


具体的には、ガラクタの中から見つけた珍品の出番だ。


(それでも、実際に効果を試せた訳じゃない……違う、弱気になるな)


やれるはずだと、迅は自分に言い聞かせた。最初に失敗すれば、それだけでこの作戦は瓦解する。ロンとケンという、かつては軍人のように殺し合いを経験していた者たちが念押ししたのは、そのためだ。


確実を望むのならば、もっと運動能力が高い者が引き受けた方が良い。だが、判断力が求められる役割でもあった。頼める2人は今回の作戦で代わりがいないポジションを担っている。


(安全な場所で指示だけを出す。それも楽だ。でも、だからこそ認められない)


何をしてでも最後には結構許してくれるのは、家族だけだ。


協力している関係とはいえ、度を過ぎれば見限られる。しんどい役割ばかりを押し付けて自分は何もしない社長が嫌われるように。


そんな男にはなりたくない。何より、こうして挑むことを決めたのは自分だ。故に自分が一番危険な役割を務めるのが最低限の礼儀である。


そう考えた迅は、走っていた。


そして、ついに敵の気配を捉えた。


最初に聞こえたのは、戦闘の音。派手すぎるそれは、勘違いなどしようもない。


次に、圧倒的なその気配。離れていても分かる、高レベルの生き物が存在しているという感覚が地下2階の廊下を支配していた。


まだ接敵していないというのに、肌にピリピリと突き刺さるように。迅は、額から汗を流した。想像以上の威圧感を前に、身体が正直に反応した結果だった。


ここで少し待って、誰かが駆けつけてくれる。あんまりにも理不尽な存在だからと、ヒーローのように登場して自分を助けてくれる。そんな空想に縋り付きたくなるほどの、濃密な気配。瘴気とも言える空間に、身を晒したい人間がどこにいるのだろう。


迅はそれでも、鉄鬼の前に身を躍らせた。


分かっているからだ。現実の世界にヒーローなど、どこにも居ないことを。



「――おい、デカブツ」



震える声で、話しかける。右手には、DDの収納から取り出した秘策アイテムその1が既に握られていた。



「さっさとこっちを向きやがれ―――弱いもの虐めしかできないクソ鬼が」












爆熱鉄鬼(バーストオーガ)は生まれてまだ一ヶ月も経っていない。だが、自分が生きていることは理解していた。周辺の生物よりも自分が優れていることも。


目の前にいる弱い生き物。それを倒して喰らえば更に強くなれることも分かっていた。生まれながらの本能としてもそうだが、何よりも知識を植え付けられていたから。


それでも我慢していた。自分は関門であり試練であると、どこかの誰かにずっと囁き続けられていたからだ。飢えていようとも動いてはいけないのだと、自分を律していた。


声が消えたのは、その一週間後。鉄鬼は理解した。制限は消えた。もう、何をしても許されるのだと。自分を止められる存在は居ないのだと。


試しに5階の生き物を殺した。大した苦労もなく蹂躙できた。


次に、4階。3階、2階に行っても結果は変わらず。むしろ敵は弱くなっていた。


なのに、どうして我慢する必要があるのだろう。殺して喰らえば腹も膨れるし、力を蓄えられるのだ。強くなれるし、何も悪いことなんてない。


――そう考えていた鉄鬼だが、唯一目を背けていることがあった。


“どうして、自分は5階よりも下に進まなかったのか”ということ。


そこに、遠慮なく突っ込んでくる生き物が居た。


鉄鬼は理解した。ちっぽけな生き物だ。何をどうした所で自分が負ける相手ではない。蹴りつければ、それだけで死ぬだろう“肉”でしかない弱者。


だというのに、揺るがない。鉄鬼は見た。不可思議な“それ”が自信満々とばかりに背筋を伸ばし、堂々とこちらに指を向けて糾弾する姿を。









「鬼は、誇り高い生き物だと聞いている」


迅は震える足を根性で押さえつけながら、続けた。


「強い弱いなど関係がない。敵は殺す。それは当たり前だ。だけど、挑むのは常に戦う価値がある相手だと。なのに、お前はどうだ? 弱い相手を探し求めて、勝てる相手にしか戦いを仕掛けない。分かりきっている勝負だけを繰り返す」


まるで、残飯漁りのように。


迅は、その点だけで言えば心底軽蔑することが出来た。ロンという、死を前にして最後まで足掻こうとした背中をその目で見たが故に。


だからこそ、迅は許せなかった。強ければ何でもしていいなどと思い込んで、活動しているこの弱虫な鬼のことを認められなかった。


生の感情を言葉に変えて叩きつける。最低限、言いたいことが伝わるだけのスキルは持っている。これは策だが、同時に嘘偽りのない自分の感想だ。


堂々と告げるその姿。故に、だからこそ鉄鬼は激昂した。


迅が次に聞いたのは、叫び声だ。地面を震わせ下腹にまで届く、声による振動。思わず腰が抜けそうになる恐怖が、迅を襲った。



(――でも。こんな所で、退けるかよ!)



声を出すほどの度胸はない。それでもやられっぱなしは嫌だと、迅は精一杯の抵抗を見せた。足は引かずに、そのままで。横に広げて仁王立ち。腕を組んだまま、迅は告げた。



「いいぜ――なんぼのもんだ、デカイだけの臆病鬼ごときが!」



「っ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!」



心胆を震わせる怒声。迅は、意識が飛びそうになった。


止まったら終わる。相手に手番を回した時点で死ぬ。その恐怖は今までで最大のもので。


だが、迅の手は動いていた。何度も繰り返した訓練の通りに。


やるべきことは簡単過ぎた。手の中にある道具の先を相手に向けて、ただスイッチを押すだけ。単純であるが故に、身体に染み付いたそれが容易く引き出された。


その道具の名前は、レーザーポインター。打ち合わせやプレゼンなどで使われる、光の点だけを発するもの。


だが、それは並ではなかった。ネットにて最強と呼ばれるだけの出力を持つその光量は、実に80000mw。紙に向ければそこが焦げ付く出力の光は、不定形概念力(オーラ)の防護があってもなお、無傷とはいかなかった。


「ガ、グアッ!?」


痛みを覚えた鉄鬼が、咄嗟に目を庇う動作を見せた。


本能から来る行動とはいえ、傍目には身を縮こまらせる情けない有様。


そして、鉄鬼は見てしまった。


顔を庇った自分の指の隙間。そこから見えた、敵の見下すような表情を。



「ハッ。所詮はそんなもんか、ザコ鬼が」



嘲笑して、告げられる。


次の瞬間、鉄鬼は何もかもをかなぐり捨てて走り始めた。


曲がり角の向こうへと逃げた敵に追いつき、この手で縊り殺すために。











「さささ作戦せいこ―――やべっ、速ッ!?」


迅は全速力で逃げながら、後ろを見た。鉄鬼までの距離は、既に20mにまで縮まっていた。


(想像よりもずっと速い……!)


そして、思っていたよりもかなり怒っているようだ。作戦的には良いことだろうが、最早慈悲は期待できないだろう。


命乞いのフリをして隙を作らせるプランを破棄した迅は、必死に走った。地下2階の廊下を駆けて、曲がり角があれば必ず曲がった。右、左、左、右とランダムのように見せかけた方向へ。捕まれば引き千切られて踏み潰され、最後には爆撃打撃で塵も残らないだろう。


そんな終わり方はゴメンだと、迅は全身の筋肉を連動させてひたすら前へ逃げていった。単純な速度で言えば、歩幅が大きい鉄鬼の方が上だった。直線で勝負をしていれば、10秒もあれば追いつかれただろう。


だが、ここは地下2階。曲がり角が一定の間隔で設置されている区画である。


鉄鬼は背が高い。強靭な筋肉があるからこそ重く、強い。だが、身体能力があるだけですべてを解決できるはずもない。重ければ当然、足にかかる負担も増えるからだ。特に曲がり角のような90°での方向転換時には減速せざるを得なくなる。そのアドバンテージを活かして、迅は逃げ回っていた。


それでも、この状況は永遠には続かない。追いかけっこだけではどうにもならないことを迅は理解していた。かといって、追いつかれた挙句の正面での殴り合いはあり得ない。そんなことをすれば1秒で自分は死ぬ。


だからこそ迅は、逃げて、逃げて、逃げ続けて。


そこで迅は「ここだ」と立ち止まった。


「グルルゥ……!」


「はぁ、はぁ……鼻息荒いぞ、デカ鬼野郎」


迅は肩で息をしながら、悪態をついた。鉄鬼は応じず、牙を剥き出しにした。今からお前を食い殺すという意思を示されている。迅は理解しつつ、笑顔でそれに答えた。


何も告げず、唇の端を上げたまま微笑みを返す。


それが、鉄鬼の癇に障った。急激に威圧感が増していく。完全に戦闘の準備に入ったと、迅は冷や汗をかいた。


だが、鉄鬼は戦いに没頭しきれてはいなかった。先程の正体不明の光は何なのかが、分からなかったからだ。鬼であるが故に、殺し合いにおける勘だけは鋭い。そんな鉄鬼だからこそ不確定要素があることが気に食わなかった。


迂闊には踏み込まず、確実に殺せるようにゆっくりと前に進む。


迅はそれを見るなりポインターを構えた、が



「あ……あれ?」



迅は慌てた。カチカチと、スイッチを押しても光が出なかったからだ。


それを見た鉄鬼が、喜悦に顔をゆがませる。


もう、あの奇妙な光は出ない。それを理解した鉄鬼は、好機とばかりに踏み込んだ。


一歩前へ出るだけで間合いを詰め、大槌を振り上げる。


防御など、できるはずもない。鉄鬼は見破っていた。相対する敵の軟弱さを。


いかなる防御があった所で、この一撃は防げない。そんな確信と共に繰り出された一撃を前に、迅は目を見開いた。



嗤う。


かかったな、とイタズラ小僧がするような顔で。



次の瞬間、迅は飛び退った。同時にDDから取り出したのは、何の変哲も無い木箱。


鉄鬼はそれを見た。だが、と進む。相手の位置を考えるに爆発物はあり得ないと判断して。


踏み壊して進み、小賢しいザコを叩き潰す。


強者としての矜持が出した判断に、瑕疵はなかった。



―――だが、それは今までの流れ全てが迅の思い通りでなければの話だ。



次の瞬間、鉄鬼が感じたのは浮遊感。次に見えたのは、取り返しのつかない間隔と、勢いよく宙に浮いた自分の足。


滑った。踏んで、つるりと、まるで冗談のように。


完全に不意をつかれた鉄鬼は滑った足を前に放り出したまま、受身も取れなかった。後頭部と背中を強かに地面に打ち付ける。


石鹸水だ。鉄鬼は、そんな言葉を聞いたような気がした。


鉄鬼は知るよしもなかった。風呂場に残った石鹸、水、ビニール袋、木箱の全てを使って作られた罠であることを。


そして、自覚していなかった。体高があるが故に自らのアンバランスであることを。背が高いほどに足元の安定感が揺らぐということを。走り回らされたことで疲労を。挑発されたことで冷静さを奪われていたことも。


だが、鉄鬼は転がされるままではいなかった。鉄鬼は、瞬時に相手の狙いが何であるかを理解していた。


この小賢しい敵は自分の弱点である、額の宝玉を狙っているために策を使ったのだ。転んで低くなった頭であれば、高威力の攻撃を当てやすくなると判断したのだろう。


そして、次に敵が取った行動を見た鉄鬼は確信を深めた。目の前に広がっていくのは、煙玉による薄い煙。


視界を塞いだ、ということは間違いない。敵は攻撃手が飛びかかるタイミングを見誤せようとしているのだ。


確信した鉄鬼が唸った。舐めるな、と怒りながら。


そして鉄鬼は倒れたフリをして、機会を伺い、


「ッ――グルアァッッ!」


「な――」


目の前から飛び込んできた影に目掛けて、片手を前に出した。


驚く声を聞いた鉄鬼は、勝利を確信する。事実、突き出された鉄鬼の手は、寸分違わぬ精度でその影を掌中に収めていた。何の遠慮もなく、鉄鬼はそのまま下手人を握り締める。それはハッキリと、重みのある感触だった。


鉄鬼は勝利を確信した。浅知恵で挑んできた相手の愚かさを大いに嘲笑う。あとは見せつけた上で握りつぶすか、人質に取った上で相手を嬲り殺すか。


だが、何よりもまず相手の自由を完全に奪うのが先決だ。


鉄鬼は更に力を込める。すると、掌から溢れた血が滴り落ちた。


鉄鬼が、首をかしげる。


――その血が誰でもない、自分のものだったからだ。


「ガアアッ!?」


途端に襲いかかるのは、手から伝わる激痛。鉄鬼が見る。そして、理解した。掴み取ったのは、木の人形とそれにくくりつけられたいくつもの刃物だったことを。


ならば―――本命はどこだ。


まさか、と鉄鬼が身体を動かそうとする。だが、その考えに至るのが1秒遅かった。


寝転んだ鉄鬼が見たのは、“後方”から飛びかかる影。


そこには鬼のような形相を浮かべた子鬼が、業物の武器を振り上げていた。



「―――強撃(スマッシュ)!」



スキル発動の宣言。ロンが放った鍛造剣による凶悪な一撃が、鉄鬼の弱点でもある額の宝玉に直撃した。


轟音。


硬質かつ重い物体が高速で衝突し、衝撃波が壁を震わせる。


ノックバックした鉄鬼の後頭部と床が、どうしようもない勢いでぶつかった。


ぴしり、という何かが割れる音が廊下に響く。



「――やった!」



迅が勝利を確信する。


――だが。最初に気がついたのは、誰よりも鉄鬼を間近で見ていたロンだ。


弱点である宝玉は割れた。それは確実だ。


だが、それだけだった。どうしてか、“罅が広がっていかない”のだ。


威力は十分だった。ロンは確信する。十分過ぎる一撃だったと。


渾身の、これ以上ない手応えだった。


ならば、なぜ。迅は背筋に走った言いようのない悪寒に従い、看破のスキルを使った。


そして、一度目の看破では見破られなかった技能を、迅は思い知った。


「“緊急回復(下級)”――!?」


そのスキルは弱点に致命傷を受けた時、一度だけだが僅かな治療効果を得られるというもの。


ならば、鉄鬼はまだ。


「ロン、逃げ―――」


蒼白になった迅が叫ぶが、一歩遅かった。鉄鬼の掌が、ロンを掴む。


そこから先は、一瞬のこと。


起き上がった鉄鬼が渾身の力でロンを床に叩きつけたのも、地を這うような蹴りがロンの胴体を捉えたのも。


そして、まるでボールのように。蹴り飛ばされたロンは迅を巻き込んで、廊下の奥へと蹴り飛ばされていった。


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