9話:地下2階の1月15日
まるで遠足のようだ。リビングで食料と装備、道具を並べている様子を見た迅はそんな感想を抱いていた。
目的地は地下2階。迅たちは探索するための入念な準備を進めていた。
「ポーション×12、ハイゴブリンの缶詰、水入りの2リットルのペットボトルが10本……」
装備はハイゴブリンのドロップ品である棍棒が3本。迅はDPで長剣を購入したがっていたが、ロンに止められた。今のDPで買える程度の剣は3流のなまくらのみ。刃筋を立ててようやく切れるかという、鈍器でしかなかった。
突きであればそれなりの傷を負わせられるが、突き刺さった後に刀身が相手の体から抜けなかった時の対処など、色々と立ち回り方が必要になる。まだまだ不安がある迅には向いていないものであると、ロンは棍棒を使い続けることを推奨した。
「スーツにひげに棍棒とか、どこの蛮人だって話だけどな」
「気取って死ぬよりマシだろう。棍棒は使いやすいからな。技能があれば別なんだが」
正論である。迅はため息とともに、棍棒を背のホルダーに固定した。このホルダーは迅がDPで購入したものだ。今までとは異なり非戦闘時には背に棍棒を抱え、両手をフリーにできるようになる優れものだった。
DPで購入した戦闘補助の道具を使用するため。あるいは小細工用、または逃亡用として煙玉が複数、それを使うための必須装備であった。テルルが屋敷の中から見つけてきたあれこれも、役に立つかもしれない。迅は収納の力を活用し、とにかく何でも使うつもりだった。
それだけ慎重になってようやく生還を見込める。強敵が居るであろう場所を探索するのに、やりすぎることはないというのはロンの意見だった。
一通りの準備を終えると、地下1階へ。地下1階のマップを埋めた恩恵のおかげで、ハイゴブリン達はもう地下2階から上がってこれなくなっていた。
「うう、緊張しますねー」
「……本当にいいのか、テルル」
「私としてもお詫びは必要だと思いましたからー。治癒魔法は得意なので、頼ってくれていいですよー?」
テルルが飛び回りながらアピールする。
結局、屋敷の中から価値あるものは見つけられなかった。恐らくは庭扱いされている山に何かあるのだろう、という結論になったが、外に出られないのでは無いも同じだと言えた。
テルルはこちらに不手際があったことを認めると、迅達に同行を申し出た。直接戦闘には参加せず、ちょっとしたアドバイスと1日3回の回復魔法を行使してくれる、というあくまでスポット参戦だったが。
「なんでもいいが、音は立てるなよ。迅、ハンドサインは覚えたな?」
「ばっちりだ。人差し指が俺で、中指がロン。掌は待機、親指を後ろに向けた場合は即座に撤退、だったよな」
言葉ではなく、軍隊よろしく無言での行軍を意識してのものだった。指し示す方向に行く、という単純な合図のため間違う心配はない。何が居るか分からない中で、会話をしながら歩き回るのは危険だと判断しての作戦だった。
(最後にステータス確認、と)
迅は思考の中だけで呟く。すると、DDで表示されるデータが脳内に浮かんだ。1階を踏破したボーナスで与えられた機能だ。
名前:黒烏迅
レベル:14
年齢:28歳
職業:無職
身長174cm
体重72kg
筋力:D
敏捷:D
体力:F
気力:E
PP:1
DP:58
スキル
:不定形概念力強化 … レベル2
:アイテム使用補助 … レベル1
:隠密行動 … レベル2
名前:ロン
レベル:16
年齢:0歳
職業:上位子鬼
身長174cm
体重84kg
筋力:C
敏捷:C
体力:C
気力:D
PP:5
DP:24
スキル
:筋力向上 … レベル2
:毒耐性 … レベル2
:強撃 … レベル1
「…ステータスがより詳しくなってるな?」
「はいー。DDの機能は階数を進むごとに増えていきますのでー」
初期にアルファベットを選択しても最初の状態ではA~Cの大雑把な分類だけ。今は進化した結果、7段階で表せるようになっていた。
(これで100%とは、言い難いけど)
鬼が出るか蛇が出るか。迅は不安を覚えながら、階段の下に広がる空間を見た。緊張のあまり、ごくりと唾を呑み込む。ハイゴブリンを上回る敵が、この下に居るのだ。一歩間違えれば死んでしまう場所、だがそこを進まなければ約束が果たせない。
迅は深呼吸をした後、横に居るロンを見ながら頷いた。気合を入れながら、一歩づつ。迅はゆっくりと、石でできた階段を降りていった。
静かに、音を立てず。一歩、降りるごとに周囲を見回すことも忘れない。ロンと話した作戦の通りに、迅は慎重に歩いた。
最も避けるべきは、相手の奇襲。最初に比べれば強くなったとはいえ、迅はまだまだ素人だ。不意打ちを受けて当たりどころが悪かったら、それだけであっさりと死ぬ。
故に、隠密が最適の解答。そう判断した迅は、無職でも取れるスキル:隠密行動を迷わず選択した。ロンは前世に培った経験から足音と気配を殺す術を持っているため、スキルは必要なかった。
20秒かけてようやく降り切った迅は、大きな廊下にたどり着いていた。左右に装飾がほどこされた石の壁が見える。そのデザインは、ゲームに出てくる城の通路のようだった。
幸いと言っていいのか、敵の姿は見当たらない。廊下は前か左右かの三方向。どちらに進むか、迷った迅だが、直進は何か怖いと、左から回ることにした。
隠密のスキルを発動させたまま、呼吸も小さく慎重に進む。しばらく進むと、別れ道があった。直進するか、左右に曲がるか。迷った迅はロンの方を振り返る。そこには掌を見せるロンの姿があった。
(少し待て。通路の向こうを除く)
迅は頷き、後ろに下がった。そして、ロンの死角となる直進方向の通路を見張る。
入れ替わり前に出たロンは気配を殺しながら、ゆっくり、ゆっくりと左の曲がり角の向こうを覗き込んだ。
(居ないな。よし、逆側も……!?)
迅に知らせようとしたロンは、驚きに目を見開いた。来た道の方向から、近づいてくる影を発見したからだ。
「ジン!」
ロンが叫ぶ。敵が明らかにこちらを見つけたからだ。
「っ、分かった!」
指示に従い、迅はロンと共に急いで左の曲がり角の向こうで。
ロンがそこで立ち止まり、待ち伏せをすると告げる。
迅は背中の棍棒を手に、頷きを返す。
『武器持ち、計3匹、二足歩行、1匹は剣、1匹は弓』
一瞬で、最低限の情報。すごい、と迅が呟く。
ロンは小さく笑いながら爪を立て、小声で作戦を伝えた。
『先に俺が仕掛ける。剣使いに一撃かました流れで、弓使いをしとめる』
『飛び道具は厄介だからな。分かった、その後の剣使いは俺が抑える』
作戦は単純かつ簡潔に。それを意識してのロンの作戦は、見事にハマった。
2人は息を潜めながら、角のこちらで待ち伏せる。
敵は音を立てて走るため位置と距離を掴むに容易く、絶好の待ち伏せの状況だ。
そして、敵はその姿を現した。
視認すると同時、ロンは殺意と共に前へ出る。
「シィッ!」
高速のステップイン、ロンは剣使いに左の裏拳を打ち込み、更に前へ踏み込んだ。
後方に居た弓使いが構えるも、ロンの方が圧倒的に早い。
鋭い爪をナイフに見立てて、横一閃。それだけで弓の弦が切られた敵―――犬のような顔をしている獣人で、迅はコボルトと呟いた―――が、驚き戸惑う。
殴られた方の剣使いはいち早く体勢を立て直していた。
背を向けるロンへと、身体を向ける。
その更に後ろから、迅が襲いかかった。
最も威力が出る棍棒での打ち下ろしの一撃。それはコボルトの頭を外れて、肩に命中した。
痛みに、コボルトが叫ぶ。与えたのはダメージだけ。
コボルトが身につけていたレザーの防具の上からの打撲のため、致命傷にはならなかった。
「ガアァ!」
「ぐっ?!」
コボルトが力任せに剣を振るう。首筋を狙ったそれを、迅は棍棒で受け止めた。幅のある棍棒は剣とは違って、面積が広い。そうそう折れることもないため、防御力でいえば剣よりも上なのだ。
(もし、これが剣だったら……!)
防げなければ、もしかしなくても自分は。考えてしまった迅の腰が引ける。
だが、コボルトの更なる追撃の一撃を見た迅は、舐めるなと呟きながら歯を食いしばる。
しっかりと棍棒で剣を受け止め、弾き、反撃に出る。
「死んでたまるかよ!」
ロンとの戦いに比べれば、こんなもの。迅の心を支えているのは、そんな自負だった。
拙い技術でも、色々なブーストを受けた迅の能力は侮れるものではない。剣使いは乱暴に振り回される棍棒を前に攻めあぐね、一歩下がり。
その腹から、緑色の手が生えた。
「ガアッ……?!」
ロンの爪を立てての手刀が貫通したのだ。コボルトが痛みに驚き、血を吐いた。
そして、剣使いのコボルトは次の攻撃を防ぐ手立てを持っていなかった。
今度こそはと、頭に棍棒が振り下ろされる。
迅達の地下2階の初めての遭遇戦は、待ち伏せからの奇襲により、一方的な勝利に終わった。
「……犬人兵、か。レベルは17」
「武器の種類が複数なのは厄介だな」
戦闘終了後、迅は倒した敵のデータを手に入れていた。ハイゴブリンよりも強い。ステータスも平均Eで、決して弱くないモンスターだ。
「武器は個体差があるようで、剣兵、槍兵、斧兵、弓兵が大半。レアで魔法兵も居るが、絶対数は少ない……数で攻められると普通に殺されそうだな」
それでなくても、刃物を相手の戦闘は心が削られる。ある程度は聞かされていた迅だが、圧勝に終わった今でも手がわずかに震えるほどの恐怖を覚えていた。
「2匹だけだったことを幸運と思うべきだな。倒した甲斐もあった」
コボルトソルジャーは、戦闘後に宝箱を落としていた。中身は剣と、色違いのポーション。DDに一端収納すると、剣は鍛造剣で、ポーションは毒消しの効果がある解毒薬。アイテム欄の横には、レアドロップ品と書かれていた。
「運がいいですねー。迅さんも、格好良かったですー」
「あ、ありがとう。でも、やっぱり刃物相手は怖いな」
「回数こなせば慣れるさ」
どんなことだって。ロンはそう断言した。怯えながらでも、あれだけ動けるなら時間の問題だと褒めながら。
「怖いのなら帰ってもいいが?」
「まさか。幸先が良いんだ、このまま探索を続けよう」
迅達は先を進んだ。調子に乗らず、隠密を徹底しながら。コボルトは強いが、数次第でどうとでもなる。倍する相手に囲まれれば流石に厳しいだろうが、奇襲が出来るならおいしい相手だった。無理を通す場面でもないと、2人は慎重に探索を進めた。
それから、30分が経過した。迅たちは初戦と同じく遭遇戦からの奇襲を3度、ポーションを2回使うことになったが大した怪我もなく凌ぎきっていた。
そして、地下2階の構造を大まかにだが把握するに至っていた。この階層は、碁盤の目そのもの。大きな正方形の部屋が廊下によって隔てられ、等間隔に並んでいた。出現する敵はコボルトが大半で、時折だがグレイハウンドも徘徊していた。
部屋は一面だけ扉がついていて、出入り口は一つだけ。その中はコボルト達の休憩室になっているようで、コボルトの一団が部屋から出てくるのを迅たちは隠れながら発見していた。
『……コボルト達はどれも一緒の種族だな。看破を使う必要はないか』
モンスターのデータは、直接倒せば手に入る。初見の相手だとステータスを見るには、DPを消費して使用する“看破”という特殊スキルが必要になる。だが、今は必要ない。ロンは注意深く観察を続けて、あることに気がついた。
『必ず2人一組で動いてるな……偵察兵の類か?」
『巡回してるみたいだな』
『だとすれば、指揮できる奴が居るな。厄介だが、痛し痒しか』
頭が居るなら、交渉が出来る可能性がある。でなければしらみつぶしになる。時間がかかりすぎるのは、迅も避けたい所だった。
だが、相手の目的が読めなかった。ダンジョンに挑む迅を待っているのか、ハイゴブリンと敵対しているのか、別の目的があるのか。あるいは、何か探さなければならないものでもあるのか。
色々と考える必要があると判断した2人は、探索を切り上げて一端上に戻ることにした。地下2階の迷宮の構造と敵の能力、使う武器、習性が判明したのは十分な収穫だ。隠密に徹すれば、音を立てて彷徨いているコボルトを出会い頭の奇襲で倒すことができる。あとは注意しながら上への階段を登れば、第一回の探索は成功と言えた。
2人は帰路へと急いだ。気は抜かずに警戒しながら、忍び足で廊下を進む。
そして、あと少しという所の曲がり角で、2人は敵が発する物音を聞いた。
出口は近い、階段まであと少し。逃げ切れば追ってはこれない。あるいは速攻で片付けて一気に階段に駆け抜ければ―――そうした思惑で準備を始めた2人は、止まった。
そして、自分たちの耳を疑った。訝しみ、足元を見下ろす。すると、わずかに地面が揺れていることに気がついた。
勘違いでないことを確信したのは、その重い足音を聞いてから。“それ”はコボルトが何十匹集まっても出来ないだろう、超重量の何かが歩くことでしか発せられないもので。
血の気が引いた2人が目配せをしたのは、一瞬のこと。
親指を後ろへ向けたロンに、頷いて逃げる迅。
間もなくして、曲がり角の向こうから“それ”は現れた。
まるで蒸気のような、吐息の音。釣られた迅は振り返って、恐怖に唇を震わせた。
それは、常識を越えて大きすぎた。
もはや体高と呼ぶべきだろうそれの正体は、4mの巨大な戦鬼だった。
紅の皮膚に、筋骨隆々の身体。見るだけで自身の死を幻視させられるほどの威容。額には肌よりも赤い、血の塊のような宝玉がはめられていた。
手に持っているのは、3mはあろうかという大槌。一体何を相手にするのかと尋ねたくなるその獲物は、象を相手にしても一撃で粉砕できるのではないか、という凶悪な業物だった。
戦鬼の縦に割れた双眸が、迅達を捉える。
迅は迷わず、DDの収納から煙玉を取り出して地面に落とした。
衝撃により発動した煙玉から、白いモヤが吹き出す。
そして、視界を塞いだと確信した迅達は左に曲がった。曲がる寸前、コボルト達を発見したが、今はどうでもいいとばかりに走る。
4秒後、戦鬼は迅達を追って曲がることはせずに、そのまま直進した。
遠くから、コボルトの悲鳴が聞こえる。
戦闘音だ。迅は少し迷った後、戦鬼が居る廊下へと戻った。
「っ、んのバカ!」
迅の意図を察したロンが後を追う。そして、2人は見た。
コボルト目掛けて放たれた、戦鬼の一撃を。
額にある真紅の宝玉が光り、力のようなものが槌に流れていく。満を持して振るわれた鉄槌は、想像を越えていた。
直撃、同時に大爆発。迷宮全体が崩れるかもしれないと思うほどの揺れに、迅は思わず転びそうになりながらも観察する。
跡地を見た。そして、知る。そこに居たはずのコボルト達が“無くなっていた”ことを。
(――看破!!)
そう、それが迅の目的だった。地下2階で稼いだDPを注ぎ、発動する。
そのステータスは、迅の想像をはるかに超えていた。
レベル:50
職業:爆熱鉄鬼
身長412cm
体重245kg
筋力:A
敏捷:D
体力:C
気力:C
スキル
:鉄槌火山 … レベル?
:爆撃徹甲 … レベル?
:???
:ボス補正(地下5階、中ボス)
「……はっ?」
レベル50。
地下5階、中ボス。
ここは2階。
中ボス?
呟いてようやく理解した迅は怒りのあまり、28歳らしからぬ声で叫んだ。
「くたばれやクソ運営ぇぇぇぇッッ!!」
迅はテルルの上にいる存在を呪いながら、その場から全速力で逃げ出した。




