0話:始まりの大晦日
新連載、よろしくお願いします。
2/10 前半部分を一人称に変更しました。
「今年ももう終わりか……」
21世紀も半ばに差し掛かったというのに、今日も俺は一人。一年の終わりを告げる大晦日で、午後5時が過ぎたってところか。28歳で無職になった俺こと黒烏迅はちょっと死にたくなっていた。
両親が事故で亡くなって一年、その間に起きた色々な事が起きた。起きすぎたんだ。一番凹んだのは、憔悴してた自分を支えてくれた最愛の彼女の本当の目的が、両親の遺産だったこと。だけではなく、実はレズであり、俺への興味は欠片もなかったことだ。
あと、別れ際に叩きつけられた「刺身のツマ以下のあんたに本気になる理由ってある?」という捨て台詞に言い返せなかったこと。それ言っちゃいかんやつー。
ということで、俺は絶賛絶不調中だった。管理をしていた叔父が事態に気づき、三つ子の妹の財産が残ったのは不幸中の幸いだろうけど。でも、それで失態が無くなった訳でもない。叔父に怒られ実家を追い出された俺は流れに流れ、気がつけば和歌山の山奥のシェアハウスに辿り着いた。
だけど、一週間前までシェアしていた連中は、それぞれが実家に帰っていた。
“共用しようぜ!”という約束はわずか半年で裏切られたのだ。
「刺身の上のタンポポになりたい……」
魚の血で赤くなりやすい付け合せよりも、開封されるまでは頂上に君臨して主役になれそうなタンポポになれば、あの子も振り向いてくれただろうか。同居していた者たちも自分を気遣い、留まっていてくれただろうか。
いや、タンポポは開けられたが最後、食べられることなくポイ捨てされるからな。たどり着いた先でも結局捨てられたに違いない。つまり、食べられる可能性がある俺の方が上と言えなくもない。
……いや、それで喜んじゃいかんだろ。人間の尊厳的に。
こうなったらもう、豪遊するしかない。そう思い立ったものの、天気が悪かった。外は吹雪一面。年越しのための買い出しに行こうと思っていたけど、厳しいな。
あーもう、何もかもが嫌になった。俺の癒やしはこの新しいコタツだけだぜ、ホント。
うだうだと愚痴を垂れ流し、気がつけば6時。日が落ちた外の吹雪は一向に収まる気配がない。色々と諦めた俺は、テレビを付けた。天気予報を見たかったんだが、流れているのは今年一年を振り返るという番組だけ。
……ま、当然か。本当に色々とあったからな。
ここ数年、大きな災害の連続だった。自分だけでなく、世界という世界が“大変”な事態に陥っていた。
日本が誇る富士山の噴火。それに伴う大地震のせいで、首都が東京から移転されたのは記憶に新しい。そして日本だけではなく、欧米も、アジアの国々も天災や異常気象による大きな被害に悩まされている。
温暖化、寒冷化、地殻変動に津波、果ては隕石まで。洒落にならない被害を受けた先進国は原因を探るべく、大規模な研究チームを編成したらしい。“我々の地球をあらゆる角度から理解しよう”というお題目の元、あらゆる山脈から海溝まで人は踏み入ったという報道があった。そして、全てを調査し踏破したという報道が出されたのが半年前のこと。
だからどうなんだ、と思ってはいたが、政府首脳が税金を無駄遣いするのはいつも通りだからな。特に反対運動に身を投じることもしなかった。つーか、当時は時間がなかった。参加した所で世の中を変えられるはずもなし。やるだけ無駄って話だ。
目に見える実害が出なかったしな。
だけど、一点だけ、先月に気になるニュースがあった。
なんでも、全国のあちこちにモンスターなる存在がぽつぽつと現れたというのだ。沖縄から北海道まで、津々浦々でモンスターによる被害者が出たらしい。はっきりとした証拠が無く、スマホの映像さえもゼロということで眉唾ものだと言う声も上がった。けど、被害者のグロ画像が出回っているのは確かだった。
ひょっとして―――全人類刺身化計画が発動したのか。
いや、無いな。漫画でもあるまいに、空想上かつ常識外な生き物が存在できる理由がないじゃん。きっと、頭のおかしい猟奇殺人犯かなにかだろう。無責任に盛り上がる論争を無視した俺は、勝手にそう思うことにした。
唯一気がかりなのは、三つ子の妹と叔父の安否だけ。
「電話してみるかー……いや、忙しいかもしれないしな」
あいつらは今、大学生だ。女友達と年越しの準備をしてるかも。「アニキ、何のよう?」とか不機嫌な声で言われたら泣く自信があるぞ俺は。
……年明けの挨拶でいいか。俺はスマホの充電を始めると、それっきりモンスターの話題に興味を失った。テレビを消し、気疲れに誘われるまま、腕を枕に眠り始める。
窓を叩く強風の名残と、エアコンの音を子守唄にしながら俺は夢に落ちていった。
――だから、俺は気が付かなかった。
時計の針がゆっくりと回り続け、0時を指した時に起きた大事件を。
ぶつん、と消えていたはずのテレビ画面に一筋の線が走る。
次の瞬間、テレビに映ったのは男の姿だった。
地球儀を頭にかぶっているように見える男は、両腕を広げながら堂々と告げた。
『―――あけましておめでとう。これより、ルールを説明する』
大阪のとある一軒家。久しぶりに揃った5人ので年越しをしていた家族の団欒は、その瞬間に終わりを告げた。
父親が言う。「……誰か、チャンネル触ったか?」
母親が言う。「しないわよ、それやったらいつも怒るでしょ。それより元に戻してよ、お笑い見るならコンサートの方が」
兄が言う。「見たことない芸人やな。一昔前の映画の前に出てくるアレみたいやん……あれ、時計も止まっとる」
弟が言う。「黒スーツなあたり、まんまだよなー。……ん、あれ、スマホが」
妹が言う。「あけおめのラインが来えへん……設定いじってないのになんで!?」
5人がそれぞれに動いた。父親はチャンネルを押して反応がないから電池切れかと不機嫌になり、母親は電池の買い置きがあったかと立ち上がり、兄はついでにハイボールのおかわりお願いと母親に告げ、弟はそろそろ買い替え時期かと反応しなくなったスマホをテーブルに起き、妹はひょっとしたら仲間外れに、と泣きそうになっていた。
そして、次の瞬間だった。
ゴトリ、という音とともに全員が硬直したのは。
は、と吐息が掠れる。それもそうだろう、なにもない空間からテイッシュケースぐらいの大きさのゲーム機のようなものが生えてきたのだから。
え、という呟きは誰がこぼしたのか。
確かめることもできずに静まりかえるリビングの中、テレビと“その機械”の両方に映る地球儀の男は告げた。
『実際大したものだと思う。積み上げられた被害者の数、実に1000億。最高の殺し屋だ、比肩する存在さえない。自身が吹聴している称号の通り、お前達を万物の霊長として認めよう』
称えるような拍手の音、それと共に声が響いた。
『故に勝負だ。決め所だろう、どちらが生き残るべきかを。時間も、もうないからな』
その声と言葉には、言い表せないが、どうしようもない“圧”があり。
黙り込んだ家族全員が、密かに息を呑んだ。
『私は迷宮にいる。サブカルチャーや神話曰くの、ダンジョンというやつだ。私はその奥の奥でずっと待っている。制限時間は……そうだな、ひとまずは“10年”としよう。心配はするな、準備するためのギミックと期間は用意している。勝敗を決める条件はたった一つ、迷宮の奥にいる私に負けを認めさせられるかどうかだ』
ピピピ、と機械に表示が浮かび上がる。
制限時間と、家の中に居る人数と、それぞれのデータが。
同時に、入り口の方で大きな音が鳴り響いた。
『たった今、各々の拠点にダンジョンを設置した。チュートリアルというヤツだな。死ぬときは死ぬが、簡単な部類だ。そして、最初に私から定めるルールは2つ。
――1、お前たちはそのダンジョンをクリアするまで家の外に出られない。
――2、情報交換が出来るのは家族の間だけ。
ちなみにだが、拠点の規模や在籍する人数によってダンジョンの広さと難易度は異なる仕様だ。近頃流行っている平等という概念を意識した造りにした』
誇るような口調で、起伏もなく。次々に続けられる言葉を理解できなかった父親が、唇を震わせた。
「な、んかのゲームか? だよな? なあトシヤ、知ってるんだよな、お前は」
「いやいやいやこんなん知らんって! つーかあり得ねえよ、こんな……!」
悲鳴のような反論の声が上がり、動揺と混乱と、奇妙な感覚が渦巻いていった。
それはどこの家族――拠点や建物、政府でさえ例外ではなかった。
テレビに映る“それ”は斟酌せず、事実を述べるように説明を続けた。
『これにて世界は変わった―――ケチくさいことは言わない、《《何でもあり》》だ。全霊と全知を賭して最強を目指せ、それでようやく私に届くことだろう』
言葉と同時に、時計の針が動き出していく。
開いていた窓と扉が閉まり、全ての鍵が施錠される音が。
全世界に鳴り喚いた残響を始まりの音として、“それ”は告げた。
『以上が私からの宣戦布告だ――とことんまで理解しあおうか、人類諸君』