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41、花火

 祭りの会場から五分ほど歩いた場所にある駐車場の奥にある細い道を進む。街灯などない竹藪の中、ヒビの入った鳥居をくぐり苔むした石段を上がっていく。あらかじめ用意していた懐中電灯が唯一の光源だ。二人の息遣いと笹の葉が風に揺れる音だけが聞こえる。


「足元危ないから気を付けて」

「うん」


 遠くでドーンという花火の音と人々の騒めきが聞こえた。どうやら始まったようだ。急がなくては。

 熱気にあふれた会場とは対照的に、ここは静寂に包まれている。同じ野外だというのにここは少し涼しく感じる。人口密度の違いだろうか。

 佐有さんは足を滑らせないように足元を注視し、慎重に階段を上っている。繋いだままの右手の手の平はさっきよりもずっと汗ばんでいる自覚があるが、はなす気にはなれない。


 二つ目の鳥居をくぐると石段は終わり、開けた場所に出た。中央にはこじんまりとしたお堂がある。

 ここは俺が子供の頃よく遊んでいたところだ。重朝ともよく鬼ごっこやかくれんぼをしたものだ。

 昔はもう少し整備されていたのだが、少し離れた場所に大きな道が出来た後は参拝客もめっきり減り、この一帯は随分とさびれてしまった。

 お堂の前に来ると足を止め、今まで歩いてきた方角を振り返る。その瞬間に再びドーンという音と共に空に大輪の花が咲いた。


「わぁ、凄い!」


 目を輝かせながら佐有さんが感嘆の声を上げた。


「ここ、俺のとっておきの場所なんだ。佐有さんにもこの景色見てもらいたかった」


 誰もいない、絶景の穴場スポット。去年は一人ぼっちで見た花火。今年は佐有さんと二人占めだ。


「ありがとう、凄い嬉しい」


 嬉しそうな満面の笑顔。四月に彼女の笑顔を見ていつか自分にもあの笑顔を向けてほしいと願った。色々あったが六月にめでたく友達に昇格し、それから彼女の笑顔は間近で見れる機会は増えた。

 でも人間というのは強欲なものだ。


「こんなキレイな花火を見れたことは勿論なんだけど、それだけじゃなくて……。印牧君がとっておきの場所に招待してくれたのが、凄い嬉しい」


 花火を見つめながら呟く佐有さんの瞳に花火が映り込みキラキラと輝く。その横顔はこの世のなによりもキレイで俺は花火そっちのけで、佐有さんの横顔に見とれていた。

 俺はもっと彼女の様々な表情が間近で見たいと思った。


「……佐有さん」


 今なら言えるような気がした。いや、むしろこの瞬間を逃したら一生いえないと思った。


「お、俺、佐有さんのことが好きなんだ……」


 俺の声に重なるように連続して五、六発の花火が上がった。

 ゆっくりと佐有さんの顔がこちらを向く。その表情からは感情は読み取れない。何と言われるかわからない恐怖に心臓がバクバクと音を立てる。落ち着け俺。何を言われても取り乱さないようにゆっくりと息を吐く。

 一拍の間を置いた後、佐有さんはこてりと首を傾げた。


「……ごめんね、花火の音で聞こえなかった」


 一世一代の告白が聞こえていなかったことに、少しの落胆。しかしそれ以上の安堵が胸を占める。


「あー……、もう今ので終わりだから戻ろう。あんまり遅くなるとワンちゃんに怒られるし」


 改めて告白する勇気なんて俺にはなくて、むしろ今までの関係が壊れることがなかった事実にホッとすらしている。もう少し友達というぬるま湯につかっているのもいいと思った。

 重朝にはチキンだと笑われるだろうけど。

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