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40、夏祭り3

「あー、なんかおいしそうなの食べてる! さゆゆん一個頂戴!」

「いいよ、はいあーん」

「肉巻きおにぎり買ったばっかりなのに佐有センパイから強請らないでくださいよ!」

「ワンちゃんもあーん」

「え、私もですか!? いいんですか!」


 乃恵と犬童さんがやっと帰ってきたと思ったらわちゃわちゃと慌ただしい。犬童さんなんか佐有さんにあーんされて真っ赤になっている。

 二人と合流したおかげで俺の胸のモヤモヤは少しマシになった。重朝と佐有さんがお似合いなんてことはハナからわかっていたはずなのに今更何落ち込んでんだろうな俺。気持ちを切り替えるために俺は唐揚げに齧り付いた。じゅわっと口の中に肉汁が広がった。


『さあさあ、皆様お待たせしました! これより花火大会を始めます。ごゆるりとお楽しみください!』


 花火のアナウンスが聞こえると人々はいっせいに、花火の見えやすい川側へと移動を始める。特設ステージのあるこの辺りでは木が邪魔になって花火はよく見えないのだ。俺たちもそろそろ移動しなければ。

 あわよくば佐有さんと二人きりで……なんて考えていたけれど、今の俺にはそんな気はなくなっていた。乃恵にも根回しするつもりだったが結局何も言えていない。

 佐有さんだって俺なんかといるより、皆といる方がきっと楽しいだろう。乃恵と犬童さんに囲まれて笑っている佐有さんを見て思う。

 重朝にはすでに根回しを要請してしまったが、もういいって言っておこう。


「ワンちゃん、花火だって! 早く見に行こう!」

「わっ! ちょっと引っ張らないでくださいって!」


 乃恵が犬童さんの手を引いて人ごみに突っ込んでいく。浴衣だというのにいつもと変わらずアクティブだ。二人を追いかけようとした時、重朝に肩を引かれ止められた。


「どうした?」


 なんて、よそよそしい返事を返す。律儀な重朝のことだ、俺と佐有さんを二人きりにしようとしてくれているに決まってる。


「あの二人は俺が追うから、お前は佐有さんエスコートして来い」


 ほらやっぱりな。


「それは、もういいや」


 気を回してくれた重朝には悪いが、今はもうそんな気にはなれなかった。


「はあ?」


 俺の言葉に重朝は眉を寄せ、困惑した様子を見せた。まあ、突然言ってることが変わったら意味わかんないよな。


「佐有さん皆でいる方が楽しそうだし、俺のエゴで邪魔したら悪いかなって……。このまま皆で見るもの悪くないし?」


 はははと乾いた笑いが口をついて出る。俺を正面から見つめる重朝の視線を見ることが出来ず、つい視線をそらしてしまった。沈黙が痛い。はあと重朝が呆れたように溜息をついた。


「本当にそう思ってんのかお前?」


 その表情は明らかに怒っていた。重朝が怒ることは予想外で思わず、黙り込んでしまう。


「なにがあったのか知らないけど、なに弱気になってんだよ!」

「でも、佐有さんも俺なんかといても楽しくないだろし、さ……」


 自分でもわかる弱弱しい声が口から漏れる。


「それ本人に聞いたのか?」


 俺は首を横に振る。

「じゃ、とりあえず誘ってみろ。お前のとっておきの花火が見えるスポットにさ」

「……なんでバレてんだよ」


 そのことはこいつには言っていないはずだ。俺だけの秘密の花火スポット。


「場所まではしらねーけどさ。ただお前、去年SNSに写真上げてただろ。あれ人が映り込んでないから、花火会場じゃない。じゃあ、心当たりは一つしかないなって」


 ああ! おれのばかー! 一人で見る花火の虚しさを紛らわすためにせめてイイネつかないかと思ってSNSに上げてたの忘れていた! そして、重朝とつながっているのも! よく考えると、小学校からの付き合いの重朝があの場所を知らないわけがないのだ。


「なーに悩んでるか知らないけど、男だろ! ウジウジすんな!」


 バシッと重朝が俺の背中を叩く。確かに重朝の言う通りだ。何もしないまま勝手にしょぼくれて逃げ出すなんて俺らしくなかった。どうせなら当たって砕けた方が気持ちがいい。

 と、思ったはいいが佐有さんはどうやら乃恵たちと先に行ってしまっている。さてどうやってあの二人にバレずに佐有さんを連れ出そうか考えていると、重朝が俺の左側を指さす。どうしたのかと見やれば、佐有さんが人の波に逆行してこちらに向かってきていた。


「いないと思ったら、こんなとこにいた。どうしたの二人で?」

「佐有さん、忠世が言いたいことあるんだって。じゃ俺、先行くから」


 重朝は俺の肩を軽く小突くと「頑張れよ」とだけ言って河原の方へと歩いていく。お膳立ては完璧だ。ここまでされては逃げることはできない。去っていく重朝の背中に心の中で「サンキュー」と呟く。


「印牧君。言いたい事って何?」


 手汗でびっしょりになった手を握りしめ、気合を入れてから口を開いた。


「とっておきの……、花火がめっちゃきれいに見える穴場スポットあるんだけど……、俺と一緒に見に行かない?」


 きっと「みんなで行こう」とか「二人で?」とか言う言葉が返ってくるのはわかってる。その時は潔く諦めよう。しつこい男は嫌われるしな。花火のように潔く散れば重朝だって追及してこないだろう。

 俺は佐有さんの返事をドキドキしながら待った。ほんの一瞬のはずが、凄く長く感じる。


「いいよ」

「……だよな、やっぱり俺と二人より皆と一緒の方が……。って、いいの!?」


 断られるとばかり思っていたが、佐有さんの口から出たのは了承の言葉だった。自分から誘っておいてなんだが、OKを貰えるだなんて思っていなくて驚き固まっていると、佐有さんが俺の手にそっと手を重ねた。


「早く、行こう?」

「う、うん!」


 汗だらけの手に引かれはしないか危惧しつつ俺は佐有さんの手を引き、人の波とは逆の方向へと向かって歩き出した。

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