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秋の肆 柿と百合根の白和え

 その日、駒井ビクターは住んでいる市の警察署に呼び出されていた。


 別に犯罪を犯したわけではない。

 ちょっとした事件に関わったため、事情聴取に呼ばれただけだ。


 「お!?ビクターじゃねぇか!」


 事情聴取が終わり警察署の廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。


 「え?島崎さん?なんでここに?」


 後ろを振り向くと、見慣れた四角い顔の中年男がいた。


 「なんでって、刑事が警察署にいたらダメなのかよ?」

 「でも、島崎さんは県警の人ですよね?」

 「刑事が市警にいたらダメなのかよ?」

 「えと、殺人事件でもありました?」

 「そんなところだ」


 そう言って凶悪な笑みを浮かべる男は、ビクターが住んでる県の警本部の刑事だった。

 それも、殺人事件などを扱う捜査一課の刑事だ。

 誰が見ても柔道をやってると確信できるがっしりとした体形で、警察官というより取り締まられる側の雰囲気を纏っている。

 ビクターとは、ビクターがこの世界に来た時に世話になって以来の知り合いだった。


 「お前こそなんでこんなところに……そうか!とうとう警察で働く気になったか!言ってた通り試験免除だからな!」

 「ちょっと!違いますって」


 慌てて返すビクターに、島崎は意地悪な笑みを浮かべた。


 「分かってるって。まあ、警察に来て欲しいのは今でも変わらないんだけどな。お前の気が変わるのを気長に待つさ」


 島崎は以前からビクターのことを警察に誘っていた。

 ビクターの類稀なる身体能力と、人間性の良さを買っていた。

 警察にある落ちてきた者たち相手の特殊対策班だけでなく、一般の警察官としてでもいいから取り込みたいと思っていた。

 度々ビクターのことを勧誘しているが、ビクターはのんびりと暮らすことを好んだ。

 それでも、いまだに諦めていないようだ。


 「はぁ」


 ビクターは気の抜けた返事を返すだけだった。


 「で、そんなもん持ってこんなところで何してんだ?」


 ビクターは大きな段ボール箱を抱えていた。

 そんなもん、とはもちろんその箱のことである。

 どうみても、警察に来る一般人としては不審な雰囲気だ。


 「それはその……」


 ビクターは渋々ながら、島崎に説明を始めた。


 数日前のことだ。

 ビクターは老婦人の荷物を奪ったひったくりを捕まえた。

 その時は急いでいたために、後日事情聴取を受けると駆けつけて来た警察官に伝えた。そして今日、警察署に来ることになったのである。


 抱えている箱だが、助けた老婦人からのお礼の品だ。

 ひったくりの現場でビクターは大したことはしてないからと、感謝しまくる老婦人からのお礼を断ったのだが、助けられた方は気が済まなかったらしい。

 知り合いの警察官から半ば脅しに近い形でビクターが事情聴取に来る日を聞き出し、警察署前で待ち伏せしてこの段ボール箱を渡したのだった。


 箱には『岐阜名産 富有柿』とデカデカと書かれている。


 それを聞いた島崎はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


 「ちまちま人助けするくらいなら、もう警察官になっちまえって」

 「いや、オレは今の生活が気に入ってますし……。たぶん、もう、昔みたいに動けないですし……」

 「そういやお前、太ったか?」

 「ぐっ……」


 一番言われたくないセリフを言われ、ビクターは言葉に詰まった。


 結局、そのまま島崎に警察署内の談話室のような場所に連れていかれ、雑談がてらコーヒーを一杯おごってもらってから、ビクターは帰路についたのだった。

 

 帰宅後。


 「……疲れた。主に島崎さんのせいで疲れた……」


 相当疲れたのか、耳も伏せ、シッポもだらりと垂れ下がっている。

 島崎のことは嫌いではないが、会話のそこかしこに警察への勧誘を混ぜ込んでくるため気を張って話さなければいけなくなって疲れるのだ。


 「ちょっと休憩……。でも、その前に」


 休憩をしようと思ったものの、その前に気になっているものを処理することにする。

 気になっているものとは、もちろん段ボール箱。

 箱に書いてあるものを信じるとすれば、中には富有柿が入っているはずだ。


 段ボール箱に手をかけると、垂れ下がっていたシッポが少し動き始める。

 蓋を開けた瞬間、伏せていた耳がピンと立ち、シッポが大きく揺れた。


 「おお。でかい。うまそう」


 語彙力が低下する。

 箱の中には艶やかなオレンジ色の柿が並んでいた。

 粒が大きく、手の大きなビクターでも掌に余るサイズだ。


 「これは、高いんだろうなぁ」


 ビクターも富有柿の値段は知っている。そして、デパートで売られるような質のいい高いものは段違いの値段で売られていることも知っている。


 「とりあえず、あいつに供えとくか」


 そう言って二つ手に取ると、部屋を出た。

 向かった先はおいなり荘旧館の広間にあるお稲荷様の神棚だ。

 無造作に神棚に富有柿を置くと手を合わせた。


 「あんた、こういうの好きだろ?」


 呟いてから、その場を去る。

 美味そうな柿だから、()()()()()瞬く間に消えているはずだ。

 そう考えて、ビクターの口元には笑みが浮かんだ。


 部屋に戻ったビクターは、疲れていたことを忘れたのか、さっそく柿を一つ剥いた。

 いつもであれば柿は四つ割りにするが、この柿は大きいため八つ割りにした。

 ひとかけら口に放り込むとシャリっと心地よい音がした。


 「甘いな。美味しい……」


 噛む度にシャリシャリと音を立てて甘みが口に広がっていく。

 このシャリシャリとした食感と、上品な甘みが富有柿の特徴だ。


 「あー。夜に白和え作ろう」


 3Pパックの充填豆腐は副菜が足りない時のために常備している。百合根もある。

 食材を頭の中でチェックして、夕食のメニューを決めた。

 百合根が当たり前にあるのは珍しいかもしれないが、ビクターは時々電子レンジで茶碗蒸しを作ったり、汁物に入れたり、和え物にしたりと便利なので安く買える時期は常備していた。


 「それじゃ、さっそく」


 切った柿の三割ほどを食べ、残りを一口サイズに刻むとボウルに入れた。

 湯を沸かし、沸騰するまでの間で百合根を準備する。


 百合根はおが屑に入っているので、鱗片の一枚一枚まできっちり洗い、柿と同じサイズに切って揃える。

 湯が沸いたら百合根を入れ、数分茹でてザルにあけて冷やしておく。

 ビクターは和え物に使うときは少し歯ごたえがあるくらいの茹で加減が好きだ。


 鍋に再び水を入れ、もう一度湯を沸かし始める。


 次にすり鉢を準備して、金ゴマを入れた。

 ビクターは適当に入れているが、だいたい大匙一杯くらいだろうか?それをスリコギでできるだけ細かくすり潰していく途中で湯が沸いたので、そこに豆腐を入れた。

 ビクターが今回使っている豆腐は150グラムの充填豆腐だ。専門店の豆腐よりも味は落ちるが、賞味期限が長いので買い置きできてありがたい。

 ビクターは白和えはとろりとしたクリーム状の和え衣が好きなので、使うのは絹豆腐だった。


 水を絞りやすくするのが目的なので茹でるのは豆腐が温まるくらいにして、取り出して火傷しないように少し冷ましてから水を絞る。

 使うのは不織紙のキッチンペーパー。布巾のような耐久性があり使い捨てができる便利商品だ。ビクターも以前は布巾を使っていたが、一度使って便利だったので使うようになった。

 値段がちょっと高く取り扱ってる店舗がビクターの住む地域では限られているのが難点か。


 不織紙のキッチンペーパーで、力をかけても豆腐がはみ出さないようにしっかり包み、揉んで豆腐を崩しながら捩じるように絞っていく。絞るのはほどほどで絞りすぎはしない。

 ゴマの入っているすり鉢に絞った豆腐を入れ、すり潰していく。

 目指すのはペースト状。

 

 すり潰し終わったらスリコギをシリコンヘラに持ち替えて、西京味噌を少なめに入れる。

 しっかり混ぜ、味を見て味噌を追加。醤油を少し入れてもいいが、今日はなんとなくやめた。

 西京味噌なので甘みはあるが、足りあない甘みを砂糖を入れて補う。

 酢を少し入れ、味と柔らかさを調整する。


 「おし!」


 和え衣を作っている間に冷めた百合根と柿を入れて、潰さないようにサックリ混ぜて全体に和え衣を馴染ませたら完成だ。


挿絵(By みてみん)


 「メインは何にしよう?やっぱり魚かな?干物があったはず。無ければ鶏ポンか冷しゃぶでも……。いっそ、豆腐を重ねて焼き厚揚げとか?……島崎さんにまで太ったと言われたしなぁ。島崎さんの方がオレより太ってるのに」


 そのまま今日の愚痴をぶつぶつと呟きながらも他の料理を作っていった。


 「……まあ、今日のことは忘れて食うかぁ。嫌な気分で食べると料理に失礼だしな」


 料理を仕上げて食卓に着くと、いただきますと手を合わせた。

 真っ先に柿と百合根の白和えに手を伸ばす。


 「ん、美味い」


 柿の甘みと和え衣の甘みのバランスもいい。

 普通の柿で作ると和え衣の甘みに負けて味気ない感じになってしまうが、富有柿だとまったく負けてない。百合根もいいアクセントになっている。

 

 先ほどまで愚痴っていたのをすっかり忘れたかのように、ビクターは満足げに笑みを浮かべたのだった。

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