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夏の参 薬味だらけの素麺

 異世界から『落ちてきた者』の中には、この世界で就職した者も多い。

 その中の一人から駒井ビクターに一つの荷物が届いた。

 『おいなり荘』への宅配便は稲荷神社の社務所に届き、それを神社で働いている人が届けてくれる。


 「素麺だよな」


 受け取った荷物を開封するまでも無く、間違いなく素麺だろう。ずっしりとした重みのある木箱で、送り主の名前が何よりそれを証明していた。

 送り主は森野ローズという名前の、森の人(エルフ)という種族の女性だった。


 森の人(エルフ)は耳などに特徴はあるものの、ほとんど人間のコーカソイドと変わらない外見をしている。わずかな幻術による偽装だけで、人間に溶け込んで暮らせる種族だ。


 今、彼女は関西のとある島で就職して暮らしていた。

 彼女が就職する原因を作ったのは、ある意味ではビクターにあると言っても良い。


 数年前の夏のことだ。

 ビクターはやたら素麺を貰った。

 

 ビクターの知り合いの家がどこもかしこもお中元で素麺を貰い、高齢の家族しかいない家も多いこともあってビクターにおすそ分けが集中したのである。

 中には去年の素麺がまだ残っていて食べきれないからと、箱ごとくれた家まであった。


 おかげでその夏はひたすら昼食に素麺を食べ続けた。

 その時に一緒に食べていたのが、当時『おいなり荘』に住んでいた、森野ローズだった。


 日本の色々な場所で作られた、色々な素麺。

 しかも色々な品質の物があり、ビクターは素麺の品質のランクが、巻かれている帯の色で分けられているのを初めて知ったのだった。

 『古物(ひねもの)』と呼ばれている、数年寝かせて熟成させた素麺があるのを知ったのもこの時だ。


 ビクターは一定以上の品質の物なら全て『美味しい』で片づけていたが、森野ローズは違ったらしく、食べ比べている内に素麺通になっていった。


 そしてその年の秋には彼女が一番気に入った、とある島の手延べ素麺の工場に就職を決めてきたのである。


 もし、ビクターが色々な人から素麺を貰っていなかったら。もし、ビクターがそれを森野ローズと一緒に食べ続けていなかったとしたら、彼女の人生は変わっていた事だろう。


 仕事を決める切っ掛けを作ったことのお礼のつもりか、次の年から毎年夏には彼女から素麺が送られてきていた。


 「今日の昼は素麺にしよう」


 箱を開けると、中に入っていたのは黒帯の特級素麺だ。

 せっかく贈ってくれたのだから早く食べないといけない気分になる。

 

 「えーと。生姜はあるな。茗荷は今朝採ってきたのがあるし、大葉も庭に生えてる、ネギは冷蔵庫にあったし……」


 薬味の内容を考える。


 「素麺つゆは、先週末に作ったのがまだ大丈夫なはず。先に確認してダメになってたら明日までお預けだな」


 ビクターは素麺つゆを自作している。

 以前は市販品を使っていたが、意外と簡単なのと、干しシイタケの出汁がたっぷり入ったのが好みなので自作していた。暇人だからこそできることだろう。


 水に適当に昆布、頭と腹を取った煮干し少々、干しシイタケをたっぷり入れて一晩放置しておく。

 干しシイタケはちゃんとしたのを買うと高いので、直売所で扱っている干しシイタケの軸だけを集めた物を使っていた。


 それを火にかけて沸騰する前に昆布だけ取り出し、沸騰させ、灰汁を取ってから火を止めて、鰹節を投入。

 鰹節が沈んだらキッチンペーパーで漉して、その後、再び沸騰させて味醂と酒と薄口醤油を少々、濃口醤油と砂糖でしっかりと味を付けていく。

 味はちょっと醤油っぽいと感じるくらいで、ビクターは甘みが強い方が好きなので砂糖を多めに入れていた。


 冷蔵庫を開け、素麺つゆの保存瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。


 「ん。大丈夫だな」


 狼男(ウルフマン)だけあって鼻には自信がある。

 

 「じゃあ、薬味は何にするかな」


 そう言いながら、今朝に採ってきた茗荷を取り出す。

 これは鎮守の森の土が良さそうなところに、ビクターが内緒で苗を植えた物だ。ビクターの密かな夏の楽しみである。まだ誰にもバレていないらしく、ビクター以外に採る者はいない。


 次に生姜、ネギを取り出す。


 「カイワレ大根があるじゃん」


 カイワレ大根もほんのりとした辛味で薬味に良い。


 「大葉も採ってこないと」


 そう言いながら、そのまま庭まで歩いて行って庭の片隅で育てている大葉を採ってきた。


 「とりあえずはこんなもんか」


 鍋に水を入れ、沸かし始める。

 そして、準備した物を刻む。


 「生姜は……おろしても良いけど今日は刻み生姜にするか」


 生姜を刻み、茗荷、ネギ、大葉を刻む。カイワレ大根は半分の長さに切った。


 「あとは、胡麻」


 すり胡麻を一摘まみ、豆皿に取る。


 「梅肉も美味いよな」


 梅干を取り出し、種を取って包丁で叩いて梅肉にしていく。

 この梅干も、ビクターが漬けたもので、昔ながらの塩辛い梅干だ。紫蘇漬けの真っ赤な色が食欲をそそる。


 「あー、なんかここまで準備したらさらに何か欲しくなるな。盛り蕎麦風にワサビと海苔なんてどうだろ?」


 試しとばかりに、ワサビと海苔を準備。


 「去年、冷やし中華風に薄焼き卵や胡瓜なんかをのせて、ぶっ掛け素麺にしたのも美味かったなぁ」


 などと言いながら、当然の様に薄焼き卵を作り、胡瓜を細切りにしていく。薄焼き卵は慌てて作ったため、フライパンの温度が上がりきらずに卵液を入れてしまい、崩れたものになってしまった。


 「後は何か……柚子胡椒入れたら美味いかな?」


 完全に暴走状態だ。思いついた薬味を全て試す気になってしまっていた。

 皿に柚子胡椒をのせたら、皿の上はいっぱいになった。

 それを見て、ビクターは満足そうに笑みを浮かべた。


 「薬味が多過ぎたかな?まあ良いか。昼から腹いっぱいになりそうだけど」


 湯が沸いたので素麺を茹でる。

 薬味がやたら増えたので、それに合わせて多目の四束だ。

 箱の中にゆで時間が書いた紙が入っていたので、その時間に合わせて茹でる。

 こういう時はプロの判断が一番だろう。


 茹でたらしっかりと水で洗い、氷水で冷やした。


 「よし!」


 素麺の水を切って出来上がりとばかりに、テーブルに素麺と薬味を並べた。


挿絵(By みてみん)

 

 「……」


 テーブルに着いてから、二人分以上ありそうな薬味にちょっと怯むが、食べきる自信はある。

 こう見えても、ビクターは体格身良いし、元々は肉体労働者だ。


 まずは器に素麺つゆを少量入れて、薬味なしで食べる。


 「うん、やっぱり美味い」


 納得の美味さだ。そのまま三口ほど食べる。ただ、薬味が無いとやっぱりちょっと寂しい。


 「次は、スタンダードな薬味で」


 ネギと生姜、茗荷は安定の味だ。

 素麺つゆは少量ずつ入れ、薬味を変える度に飲みほしてリセットする。


 カイワレ大根はほんのりとした辛味で美味い。大葉は香り高くてスッキリとする。

 舌が素麺つゆの味に慣れた頃に梅肉を入れると、味が変わってまだまだ食べられる様になる。

 胡麻は濃厚さが加わる。


 薄焼き卵や胡瓜も美味いが、素麺の味を楽しむのを重点に置くと微妙かもしれない。やっぱり薬味という感じではない。

 ワサビと海苔は、素麺に対して海苔の味とワサビの風味が完全に勝ってしまうため好みが分かれるところだろう。

 柚子胡椒は完全に柚子胡椒味。たくさんある薬味の一つなら楽しめるが、それだけだと素麺の薬味としては微妙だ。


 色々な薬味の組み合わせを楽しみ、たっぷりと素麺を楽しんだ。


 「ふう……。満腹だ」


 しっかりと食べきり、腹を撫でる。

 幸せを感じているのは、満腹になったからか。それとも、頑張って美味い素麺を作っている友人を思い浮かべたからなのか。

 それはビクター自身にも分からなかった。

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