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夏の弐 冷やして美味しい夏の煮物

 『おいなり荘』の旧館には縁側がある。


 駒井ビクターはこの微妙な和洋折衷の建物を数寄屋造り風と認識しているが、その原因の一端は庭に面している部分に設えてあるこの縁側だろう。

 縁側があるだけで、和風要素が強化されるように感じるのだ。

 それだけ縁側が日本独特の雰囲気を醸し出しているのだろう。


 ビクターは縁側に腰掛け、昼下がりを過ごしていた。


 おいなり荘は稲荷神社の鎮守の森の中にある。

 囲んでいる木々のおかげで日差しも弱まり、気温も他に比べると数度は低い。

 夏の昼間でも、縁側で十分にまったりできるのだった。


 ビクターの手には漫画本。

 かなり真剣に読んでいる。

 時々、彼の狼の耳がピクリと動く。そして、大きな灰色の大きなシッポがゆっくりと動き始める。

 読んでいる漫画の内容に合わせて、反応していた。


 「ふふっ」


 小さな笑い声が聞こえ、ビクターは漫画本に釘付けになっていた視線を上げた。


 「……奈々子さん……」


 庭の入口に、奈々子が立っていた。

 彼女はここの管理を任されている一族の娘だ。

 

 「ごめんなさい。真剣に読んでるから、おかしくって」


 溢れる様な笑みをビクターに向けてくる。

 ビクターは真剣に漫画を読んでいる姿を見られ、恥ずかしさに顔を赤く染めた。


 「冬瓜を貰ったから、おすそ分けに来たんです。食べますよね?」

 「もちろん!」


 恥ずかしがってたのも忘れ、ビクターは大声て答えた。


 もらった冬瓜はかなり立派な物だったらしい。

 ビクターが貰ったのは八分の一に切られたものだったが、それでも一食で食べきれないほどの大きさだ。


 真っ白な果肉が瑞々しい。


 奈々子が帰ると同時に、さっそくビクターは煮る準備を始めた。

 まずは出汁を取るために、昆布をさっと洗って鍋に入れた水につける。


 出汁の素でもいいのだが、時間もあるし冷やして食べるので、元から塩分の入ってる出汁の素よりちゃんと出汁を取る方が扱いやすい。


 「あ、どうせなら小芋もたべたい……」


 どうせ煮物を作るなら、ついでとばかりに同じような調理法で作れる物も作ってしまえと思いつく。

 昆布を水につけておく待ち時間があるのだからと、その間に買い物に走った。


 買ってきたのは里芋の小芋。

 それもきぬかつぎに使うような、小ぶりのものだ。


 まずは出汁を取ってしまう。

 漬けておいた昆布が水を吸って膨らんでいるのは、美味しい物ができる予感がしてワクワクする。

 鍋を火にかけ、沸騰前に昆布を取り出す。

 そのまま沸騰させてから火を止めて鰹節を一掴み放り込む。濃いめの出汁が欲しいので、気持ち多目だ。

 そのまま鰹節が沈むのを待ってから、キッチンペーパーで漉す。


 小芋は皮に土が付いてるので徹底的に洗う。

 そして、皮ごと水から茹でる。目安は沸騰してから五分以上。竹串がすっと通るくらい。


 「冬瓜♪冬瓜♪」

 

 鼻歌交じりでシッポを振り振り冬瓜を取り出す。

 小芋を茹でてる間に冬瓜の準備だ。

 種ごとワタの部分を捨て、皮を剥く。

 

 冬瓜は皮を厚めに剥くのがビクターの好みだ。薄く剥いて皮の鮮やかな色を残す煮かたをしたこともあるが、なんとなく違う感じがした。

 純粋な好みの問題?いや、ビクターの食べ慣れた物と違うから違和感を感じただけかもしれない。どちらでも美味しい。それは間違いない。


 皮を剥いた、適当な大きさに切る。

 鍋に放り込み、水を張って下茹でする。こっちも竹串がすっと通るくらい。


 「おっと、小芋が茹であがり」


 茹であがった里芋の小芋を一旦冷ます。待つのが面倒なので冷水に晒した。

 冷めたら小芋の……ビクターは尻尾側と呼んでいるが……親芋に繋がっていたのを切り取った部分を薄く切り落とす。

 そうすると、皮全体がするりと剥けるようになる。きぬかつぎだ。

 つるっとした皮を剥いた小芋に、ビクターはゴクリと喉を鳴らした。


 このまま塩を少しつけるだけでも美味いんだよなぁ。味噌でも美味いし……と思いながらも、我慢して次々に皮をするっと剥いていった。


 小芋の皮が全部剥けたあたりに冬瓜の下茹でも終わる。


 「さて、炊くか」

 

 野菜を『炊く』という言い方は煮ることの方言であるらしい。しかし、恩人がそういう言い方をしていたために、ビクターはこちらの方がしっくりきた。


 出汁は基本はどちらも同じ。

 味醂、酒、塩、醤油。

 冷やす前提なので、かなり薄くつけていく。冷たいと塩味など強く感じるからだ。そのために出汁を濃い目に取ったのだった。

 醤油は香り付け程度で、塩で味の調整をする感じだ。

 熱い状態で塩分が感じられるくらいだと、濃過ぎる。

 ただ、冬瓜の方が煮る過程で水が出るので、小芋よりも微妙に少し濃い目。面倒ならまったく同じでもOKだ。


 煮るのはどちらもさっと十分程度。

 下茹でをしているので、もっと短くても大丈夫だ。

 肉ずれないようにあまり派手に沸騰させないように気を付ける方が重要だろう。


 「よしよし。後は冷やすだけ!」


 煮ている間に使った調理器具の洗い物を済ませ、ビクターは満足げに笑った。


 煮た鍋のままゆっくり冷まして味を染み込ませ、その後は冷蔵庫でヒンヤリするまで冷やす。

 冷やしている時間は、また縁側で漫画を読んで過ごした。


 夕刻。庭木の水やりを終わらせたら、最後の仕上げだ。

 庭の片隅に植えてある柚子の木から、まだ成熟してない青い柚子の実を一つ採ってくる。


 この柚子の木はおいなり荘創成期からあるらしく、かなり大きくなっていた。住人なら勝手に採ってもいいものだ。

 広がり過ぎたら枝を切るぐらいはしているが、基本水やり以外は放置なため、アゲハチョウの幼虫の食べ放題会場と化している。


 いや、むしろこの食べ放題会場化にビクターは加担していた。

 同じく庭の片隅にある山椒の木に付いたアゲハチョウの幼虫を、ビクターは柚子の木に運んでいた。

 山椒の葉は料理に使うためアゲハチョウの幼虫に食べられると困るが、柚子の葉は食べられても困らない。木自体が大きいためにダメージも無い。

 なにより、せっかく生まれた幼虫なのだから蝶に羽化するところを見てみたい。

 そんな理由だ。


 まあ、毎年そんなことを考えながら移動させているものの、実際に蝶の羽化など見たことがないのだが。


 とにかく、そんな柚子の木から青柚子の実を採って来た。


 「仕上げっと!」


 青柚子をしっかりと洗い、おろし金で皮をすりおろして冷やした小芋の煮物の上に振りかける。

 その途端、柚子の香りが部屋の中に満ちた。


 「冬瓜の方にも飾るか」


 ついでとばかりに冬瓜の煮物の方にも、青柚子の皮を包丁で一片削り取って飾る。

 こちらはいつも針生姜など乗せているが、今日はそういう気分だっただけだ。


 「よっしゃ、できあがり!」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 つるりとした肌の小芋と、琥珀色の冬瓜、ほのかに香る青柚子の香りが食欲をそそる。冷たい煮物は夏ならではだ。


 どちらもご飯のおかずにはならない類いのものだが、酒の肴には最高だ。

 ビクターは夕食では穀類は液体でとる主義(さけのみ)なので、最高でしかない。


 出来上がりに満足して、一人大きく頷くビクターだった。

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