冬の捌 お節料理
年の瀬も押し迫った頃。
ビクターは悩んでいた。
「お節どうしよう……」
悩んでいる内容は、お節料理作りをどうするかだった。
ビクターの中では重箱に詰まった高級お節を買うという選択肢はない。
自分好みの味付けでない場合が多いし、あまり好まない品物が入っていることもある。買ったとしても、どうせ付け足して何か作りたくなるのは分かり切っている。それに……なんだか負けた気になるのだ。
それならば何に悩んでいるかというと、どこまで手作りするかだった。
「カマボコは買うだろ。ついでに伊達巻も買って。昆布巻きは乾物屋さんの美味いのが食いたいし、作ったら失敗しそうな気がする。乾物屋さんに行くなら、毎年年末だけ売ってる煮タコも食べたい……」
正月らしい食べ物で、とりあえず買うものを思い浮かべて行く。
「黒豆は、丹波のをフランが送ってくれるだろうから、自分で煮よう」
フランというは、知り合いのだ。
昔から丹波黒大豆(黒豆)が取れる地方に住み着いている。
丹波黒大豆が好物らしく、お気に入りのものをビクターにも毎年おすそ分けしてくれるのだった。
魔法を使える風精霊のくせに宅配便を利用して送ってくるのだから、最初は戸惑ったがもう慣れた。
住み着いている神社の神主さんが代行して送ってくれているらしいが、迷惑をかけていないか送られてくる度に心配になるのだった。
「毎年、色々作りすぎて悪くなる前に食おうとして食いすぎて体重ふえるから、今年はシンプルに少量ずつ作らないとなー」
そんな風に考えながら、自分の腹を撫でる。
体重を減らそうと考えてからかなりの時間が経っているが、その成果が出ている気配はない。プニッとした手触りは健在だ。
もっとも、本気のダイエットをしている人から見れば、全力で怒りの鉄拳を頭上から振り下ろされそうなほどの適当ダイエットなので、減る方がおかしいと言えなくもない。
「作るのは黒豆、田作り、煮しめ、数の子くらいかな?イクラは秋に作ったのを冷凍してあるしな。それを出そう。正月は雑煮も食べたいからそれくらいにしておかないと」
ブツブツ言いながら、手作りする方向性を決めるのだった。
そして十二月二十九日。
この日からビクターはお節料理作りをスタートさせる。
この日は黒豆の下準備だ。
レシピはネットで見つけたレシピの分量を減らしたものだ。昨年作って、美味しくできたレシピだった。
乾燥している黒豆百五十グラムくらいをざっと洗ってから鍋に入れ、しっかり豆が浸かる量の水を入れる。目安は一リッターくらい。
それを火にかけ、煮立ってきたら火を止めて、砂糖百二十グラム、醤油五十ミリリットル、塩一つまみ、重曹一つまみ程度を入れる。
そこに小さな鉄の塊も入れた。これは黒豆の色落ちを防いで、艶良くするためのものだ。元々は糠漬け用の鉄の塊だが、ビクターは洗って併用している。
そして、そのまま一晩放置しておいた。
三十日。
この日は数の子の塩抜きから。
買ってきた塩数の子を、少量の塩を入れた水につける。そのまま丸一日放置して塩を抜く。
次は昨日の黒豆の続きだ。
昨日、作っておいた黒豆を本格的に煮る。
鍋を火にかけ、灰汁が浮いてきたら小まめにとる。沸騰してきたらコップ半分程度の水を入れて差し水をするのを二、三回繰り返す。
その後は落し蓋代わりの穴をあけたキッチンペーパーを入れて、弱火でじっくりと煮て行って、水気が減ってきたらその都度水を足しながら、八時間ほど煮ると完成だった。
こういう時、ずっと火を気にかけていなくて良くてタイマーもついているIHは楽でいい。
圧力鍋があるともっと早く作れるらしいが、あれは爆発するらしいので、ビクターは使いたくない。便利さより爆発が怖い。
ビクターは過剰なまでに料理中の爆発が嫌いだった。軽いトラウマになっているのだろう。
黒豆を似ている間に、田作りを作っておく。
大晦日はコンロを全部使って一気に煮しめを作るので、事前に作っておける物は今日作ってしまうのだ。
田作りは小ぶりで大きさが揃っているのが理想。
なければ小さいのが多く混ざっている方がいい。
ビクターの作る田作りは、しっかり煎られたパリッとした田作りなので、小さく大きさが揃っていた方が美味しくできるのだ。
フライパンに一気に一袋開け、小まめに菜箸でかき混ぜたりフライパンを揺すったりして混ぜながら、中火で熱していく。油は引かずに乾煎りだ。
焦がさないようにひたすら煎っていき、田作りから煙が上がりだしたら終了の合図。
一匹齧ってみて、パリッとスナック菓子のような歯ごたえになったら終わりだ。
キッチンペーパーの上に広げて、一度フライパンから避けておく。
空にしたフライパンに、料理酒と醤油、酢、砂糖を混ぜたものを入れて砂糖醤油の飴を作っていく。
比率は好みだが、料理酒と酢が少ないと飴が固まりやすくなってガチガチになる。かといって多めで柔らかくするとせっかくパリパリに煎った田作りが水分を吸ってフニャフニャになる。
ここは見極めが肝心だ。
飴がガチガチになっても少し電子レンジで温めればなんとかなるため、ビクターは料理酒と酢をいつも少なめにしていた。
材料を混ぜたものをフライパンに入れて熱していって、泡立ちがおさまってきたら飴の完成。
火を止めてから、再び田作りをフライパンに戻し、飴を絡めながら冷ましていく。
冷えることで飴が固まっていき、田作りが艶やかにコーティングされてく瞬間がビクターは好きだった。
ある程度冷えたら、器に移して完成だ。
一匹だけつまみ食いして、ビクターは満足げに微笑んだ。
この日は寝る前に大鍋にためた水に出汁昆布を入れておいて終了だ。
三十一日。大晦日。
今日が本番と言ってもいい。
昨日の出汁昆布を入れた大鍋を加熱して、出汁を取っていく。
ふつふつと泡立ってきて沸騰寸前になったら、出汁昆布を引き上げ、沸騰させて火を止めてから、もったいない!と思えるくらい削り節を入れて、それが沈んだら濾して出汁取り終了。
まずは数の子の準備。
作った出汁を小鍋に取り、味醂と料理酒と醤油で少し濃い目の味付けをして沸騰させてアルコールを飛ばして漬け出汁を作る。それをボウルにとって冷ましておく。
冷ましている間に、塩数の子の周りに付いている白い筋を取り除く作業だ。
面倒な作業だが、きれいに一気に取れた瞬間は好きだった。
塩数の子は塩抜きのために水に入れておくと、白い筋が柔らかくなっているので、指先で撫で擦るようにして剥がしていく。しっかりとしている部分から、切り目が入ったみたいになっている方へと、頻繁に裏と表を変えながら撫で擦ると取りやすい。
しっかり白い筋を全部取ったら、冷ましておいた漬け出汁にいれて、明日までしっかり味を染みこませる。
次は煮しめ。
煮しめは鍋て様々な材料を一気に煮る人が多いらしいが、ビクターは材料毎に別々の鍋で味を付けていく方式だ。
それは炊き合わせであって煮しめでないと言われたこともあるが、こういう物だと習ったし、こっちの方が好きなのでビクターは気にしない。
材料は蓮根、金時人参、コンニャク、牛蒡、水煮タケノコ。
いろどりに絹サヤを入れていた時もあったが、少量だけ使うのは勿体ない気がして今は入れなくなった。
材料をそれぞれ下茹でしてから本番だ。
最初は蓮根とタケノコ。この二つは味付けが薄めで煮た方が美味しい。酒醤油味醂塩で薄めに出汁を味付けして煮ていく。これくらいは一緒に似てもいいが、ビクターはこれも別々にして煮た。
蓮根とタケノコを煮た後の出汁に、醤油を加えて味を濃い目にして金時人参とゴボウ。これらは風味が混ざりやすいので別々の小鍋で必ず煮る。
コンニャクは、別に醤油を多めにして砂糖も入れて甘辛く。ビクターは一味唐辛子を入れてピリ辛にするのも好きだが、器に入れたときに他の材料に味が移るので今回は見送った。
煮ている間に、雑煮用の野菜も下茹でしておく。
明日の朝、雑煮をすぐに作れるようにだ。
ビクターの作る雑煮は元旦が西京味噌の白味噌雑煮。二日が澄まし仕立ての水菜の雑煮だ。
白味噌が茹で餅で、水菜が焼き餅。どちらも丸餅で作る。
雑煮大根(細い大根)、金時人参の細い部分、牛蒡、小さいサトイモを皮をむいて輪切りに。
それをサッと茹でて柔らかくなったら下茹では終了。
「さて、買い物に行くか」
自作する物は全部準備したので、買って済ます分の総菜を買いに出かけるのだった。
年末は正月用に普段見かけない物が売られていたりするので、どんなに忙しくても必ず出かけて店を覗くようにしているた。
そして、元旦。
初詣は昨夜、おいなり荘を管理している稲荷神社を手伝いながら二年参りを済ませている。
そのせいで少し朝寝坊だが、正月なので問題はない。
身支度をして、さっそくお節料理を準備する。と言っても、雑煮以外は作った物を準備するだけだが。
ビクターは重箱は使わない。
過去の経験から、重箱に詰めると食べ過ぎの原因になると知っているからだ。
ビクターは学ばない人間ではない。ちゃんと過去の経験に学べる人間だ。学んだはずなのに、腹は引っ込まないが。
ビクターはお節料理は食べきる分を、小鉢で出すことにしていた。
煮しめ、黒豆、田作り、数の子を小鉢に盛る。
秋に作ったイクラも少し、少し前に作った葉ワサビの醤油漬けも出す。
買ってきた物は、カマボコ、伊達巻、生湯葉、昆布巻き、煮タコ、千枚漬けだ。
それらも全部小鉢に盛って行く。
運びやすいように、漆塗りのお盆の上に全て載せた。それだけで、なんだか特別感と一体感が出た。
ビクターはカマボコと数の子はワサビで食べるので、生ワサビも添えてみた。
「よし!」
それから雑煮の準備をする。
昨日とった出汁に、下茹でしておいた材料を入れて温める。
そこに西京味噌を投入だ。
味噌汁よりもはるかに多く入れ、濃く作る。見た目は味噌汁というよりは、西京味噌のポタージュといった感じだ。
これだけ入れると西京味噌によっては塩味や雑味が濃すぎて食べられなくなるので、ビクターは雑煮用にはそのまま舐めても美味しい老舗の味噌屋が年末にしか売らない高い西京味噌を買っていた。
ここは譲れない。
すぐには食べないが、神棚に備える分だけ先に作るので、餅を一個、茹でて柔らかくする。
器に柔らかくなった餅を入れ、そこに汁を注ぐ。細削りの鰹節を盛ったら完成だ。
ビクターは出来上がった雑煮と板皿にお節少量ずつ盛ったものを持って、お稲荷様を祀っている神棚に向かった。
「今年も頼むな!」
軽い口調で言って料理を供えると、手を合わせた。
これで十分だ。
ここにいるのは、ほぼビクターの同類なのだから。
「さて、オレも食うか!」
まずは酒を飲みながら、お節を楽しみ、〆に雑煮だ。
正月は飲酒の規制も解禁している。美味しい地酒も買ってある。
朝から飲んで、昼過ぎに酔って昼寝をする至福の時だ。
シッポをパタパタと振りながら、今年初の食卓に向かうビクターだった。




