夏の陸 ササミ湯引きの鶏ポン
ビクターの地元には謎の鶏肉販売専門店がある。
鶏肉の、それも若どりだけを扱っている専門店だ。
住宅街の中にあり、看板は上がっているものの工場のようなたたずまいで店らしくない。
紹介されて初めて行ったときは卸売専門店かと思ったぐらいだ。
三十年以上、地域密着型の商売をしていたそうで、安くて美味いがうたい文句だ。
毎日仕入れた丸鶏を捌いて販売しているそうで、うたい文句通り安くて美味いためビクターもよく利用していた。
「こんにちはー」
店主が一人で経営していて、唐揚げや照り焼きなども奥の調理場で店主が作っている。そのため店に行くと店頭には誰もいないのが通常だ。声をかけないといけない。
入ってすぐに見える大きなショーケース。
肉類はすべて量り売り。
ショーケースの横には組み立て式の長机があり、そこには照り焼きや肝煮、唐揚げなど惣菜が並んでいた。
この長机はその日の惣菜の量によって減らされたり増設されたりする。
「いらっしゃい」
ビクターの声に反応して出てきた店主は不愛想だ。ビクターの知っている歴戦の戦士と同じ雰囲気をまとっている。包丁を持っていたなら、ビクターでも警戒していただろう。
伏し目がちにビクターのことを見てくるが、別に警戒していたり脅そうとしていたりしているわけではなく、人見知りが激しいだけなのをビクターは知っている。
「えーと、モモ肉三百と、ササミを三本と、手羽先五本と……ああ、肝煮も美味しそうだなぁ」
こういった専門店に来ると、自然と買いすぎてしまうビクターだった。
結局、冷凍保存しておく分も含めて大量の鶏肉を買ってしまった。
そして帰宅後。
「今日は……どうするかな。やっぱササミを新鮮な内に食べるか」
ササミは丁寧に内臓に触れないように捌いてあって、新鮮なら湯引きして半生で食べることができる。
もちろん、リスクが完全になくなることはないので、他人に食べさせることはしないが、ビクター一人の場合は自己責任の範囲と考えて楽しんでいた。
やはり、せっかく新しいのを買ったのだから食べたくなる。
「まず、筋を取らないとな」
ビクターはササミを取り出すと、筋を外していく。
白くて硬い筋のある側を上にして筋の左右に軽く切り目を入れ、裏返して包丁の背をササミから飛び出している筋の先に当てる。
そのまま千切れないように注意しながら、筋の上に削ぎ取るように包丁を滑らせていくと、筋とササミが分離できる。キレイに取れると感動だ。
たっぷりのお湯を沸かし、沸くまでの間にササミに片栗粉を薄くまぶしておく。
片栗粉をまぶすと、仕上がりがしっとりツルっとした感じになる。好みの問題がだ、そのまま湯に入れるよりビクターはこっちのほうが好きだった。
「あ、氷水!」
慌ててボウルに氷と水を入れて準備した。
しっかりと沸騰したお湯に片栗粉を付けたササミを入れていく。
この時に下に沈めてしまうと鍋底にくっついてしまうので、ビクターはお湯をかき混ぜて流れを作ってから入れていた。
茹でる時間は数十秒。
今回は半生を目指すため、表面がしっかり白くなった時点で上げてしまう。
湯から上げたササミを、そのまま氷水に放り込んで冷やした。
氷水でササミを冷やしている間にまな板と包丁をしっかりと洗う。
ビクターは肉類と野菜を切るまな板は分けているが、それでも清潔さは気になる部分だ。
ササミの水をザルで切ってから、一口サイズにぶつ切りにして器に盛った。
「薬味は……しまった、ミョウガが切れてる!」
痛恨事だ。
夏の薬味と言えばビクターにとっては#茗荷__ミョウガ__#だ。
しかし無い物は仕方ないので、生姜を針生姜にして、ネギを刻んだ。
薬味をたっぷりとササミに乗せ、その上からポン酢醤油をぶっかけたら完成だ。
ポン酢醤油は冬に作った自作のもの。
もう半年以上経っているが、冷蔵庫で保存していて問題はない。むしろ味がなじんでいい感じになっている。
しっとりとしたササミにポン酢しょうゆのしっかりとした味。薬味の爽やかさがアクセントだ。
「うまいな!」
捌いてくれた店主に感謝しながら、ササミを楽しむビクターだった。