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夏の伍 梅味噌

 ビクターは暇つぶしによく漫画を読む。

 

 ビクターは前の世界では本というものにほとんど縁がなかった。

 識字率もそれほど高くなく、本自体も高価だったからだ。

 幸いなことにビクターは読み書きと簡単な計算くらいはできたが、それも仕事のために必要だったから教え込まれただけだ。

 物語などを読む習慣はまったくなかった。


 おかげでそういった方面の娯楽に全く免疫がなく、この世界に来てからずっぽりと漫画文化にはまってしまったのである。

 免疫のない人間に、この世界の文化は刺激が強すぎた。


 『おいなり荘』には談話室と呼ばれる部屋があり、そこには過去の住人たちが買い集めた娯楽に関する物が大量に収められている。引っ越すときに持っていけないからと置いていったものがほとんどだ。

 漫画に始まり、映画のDVDや音楽CD、ゲームソフトなどもある。


 ビクターはそこに置いてある漫画を読み漁り、今では自分で買って読んだものを寄贈していた。

 それを使命だと思っている節すらあり、談話室の漫画は日々増え続けていくのだった。


 今日も今日とて、ビクターは縁側に座りながら漫画を読んでいた。

 

 「ん?これは?」


 漫画を読みながら、時々ビクターは途中で読むのをやめてスマホを操作する。

 自分の知らない単語が出てきたからだ。


 ビクターはこの世界の常識がところどころ欠落している。

 今でこそかなり慣れて日常生活に支障がない程度にはなっているが、それでも知らないことも多い。

 そういったことを見つけたときは、できるだけすぐに調べるようにしていた。理解できないことがほとんどだが、それでも調べる癖だけはつけていた。


 「駒井さん、こんにちは」

 「こんにちは、奈々子さん。何かありました?」


 そんなビクターに、声をかけてきたのは奈々子だった。

 彼女はおいなり荘を管理している、稲荷神社の宮司の娘だ。

 身内扱いなので正面玄関からではなく、今ビクターがいる縁側のある庭側の裏口から入ってくる。


 「青梅をもらったんで、おすそわけです」


 そう言って奈々子が差し出した紙袋には、きれいな緑の青梅が入っていた。

 

 「あまり量はないんですが、駒井さんならなんとかするかなって」


 妙な信頼感に、ビクターは苦笑を浮かべた。

 差し出された青梅の量は、たしかに少ない。両の掌に乗る程度の量で、梅酒を作るにも足りないくらいの量だろう。梅酒だとキロ単位で欲しい。


 「梅味噌ですねぇ」


 パッと思いついたレシピを口に出す。

 梅シロップや甘露煮もいいが、ビクターはあまり食べないので、一番消費が多いのは梅味噌だろう。


 「梅味噌ですか?」

 「知りませんか?」


 以外そうにビクターが聞き返すと、奈々子は首を傾げた。

 ビクターはよく作って食べているのだが、奈々子の家では作りすらしないものらしい。


 そういえば、元々は農家の誰かから教えてもらったのだと、ビクターは思い出した。


 「簡単なんで、一緒に作りますか?」

 「えっと、どうやって食べるものなんですか?」

 「手軽なのは、そのまま冷奴に乗せたり、生野菜につけて食べる方法ですね。炒め物につかったり、ドレッシングを作ったりもしますけど……。梅の酸味があっておいしい味噌ですよ」


 ビクターの言葉に奈々子は少し考えてから、一緒に作ることにした。




 それから場所をビクターの自室に移す。

 妙齢の女性を部屋に連れ込むのに抵抗があるビクターだが、奈々子はほとんど親戚のような感覚なので気にならない。お互いに敬語は使っているが、伯父と姪の関係くらいの感じだろうか。


 「まず青梅を水洗いします」


 もらった青梅をやさしく水洗いする。


 「ヘタを竹串で取ります」


 青梅のヘタに竹串を刺してとると、簡単に取れる。


 「水気を取ります」


 キッチンペーパーで水気をふき取る。


 「竹串で皮に何か所が穴を開けます」


 プスプスと適当に竹串を刺して穴をあけていく。


 「容器に入れます。ジップロックなんかでもOK」


 準備しておいたタッパーに梅を並べていった。


 「お好きな味噌を梅が隠れる程度に適当に入れます」


 ゴムヘラでタッパーに味噌を入れていく。できるだけ青梅の隙間を埋める感じで。

 もちろん、味噌に青梅を埋め込んでいくのでも大丈夫だ。とにかく青梅と味噌を入れればいい。


 「終了!」


挿絵(By みてみん)


 「えー、もう?」


 何のことはない、洗った青梅を味噌に入れただけだ。量も適当だ。

 これで完成と言われたのだから、奈々子は拍子抜けしてしまった。


 「冷蔵庫で保存して、一週間後から食べられます。冷蔵庫なら、味噌と同じ感じで保存可能。時間経てば経つほど味がなじんで美味しくなります。梅の汁けが出てくるので、その時は混ぜて馴染ませてください」

 「へー」


 いそいそとタッパーの蓋を閉め、冷蔵庫に入れに行くビクターを、奈々子は若干疑いの目で見ていた。

 味噌に青梅を入れただけなのだから、味噌の味がするだけじゃないかと言いたげな目だ。


 「そしてここに出来上がったものがあります!」

 「料理番組ですか!!?」


 今作った梅味噌と入れ替えに、冷蔵庫から完成品を取り出してくるビクターに奈々子は思わずツッコんだ。

 ツッコまれたビクターは満足そうに笑みを浮かべる。

 その反応を期待していたのだろう。


 「去年の梅を冷凍しておいたもので作ったやつだから。こっちは完熟梅だけどほとんど味に差はないです」

 「……つまり、冷凍してあっても、完熟梅でもいいということですね。さっき入れる味噌も好きなのでいいって言ってましたよね?いいかげん……」

 「好みの問題だから。そもそも味噌って家庭ごとに使ってるものが違うものだしね。甘いのが好きなら、砂糖を入れる家もあるみたいだよ。あ、さすがに出汁入り味噌はやめておいた方がよさそう。試したことないけど」


 農家の人は味噌にもこだわりがあるのか、自宅で作ってる人もいるくらいだ。

 各家庭で好みが大きく違っていて当たり前だと、ビクターは思っていた。

 

 「味見しよう」


 そういって、ビクターは冷奴と胡瓜を少し切って梅味噌を乗せた。


挿絵(By みてみん)


 梅味噌は、味噌そのままより梅の果汁が混じってトロリとしている。

 どちらかというと、田楽味噌のような雰囲気だ。


 「あ、思ったより塩辛くないんですね。おかず味噌みたいな感じ。梅の酸味があって美味しい。簡単だし、うちでも作ってみようかな」

 「ぜひとも!」


 自分の作ったものが評価され、ビクターのシッポも大きく揺れだすのだった。


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