小さな手紙は愛じゃない
幸の多い生涯を送ってきました。クラスではイジメもなく、友人にも恵まれた学校を通っています。私は自転車を走らせながら口笛なんかも吹いたりして陽気に登校しました。途中、顔見知りの子に挨拶しながら綺麗に駐輪をする。
「おはよう智春ちゃん」
振り返る。美波ちゃんがニッコリ微笑んでいた。
「おはよう美波ちゃん。今日は寒いねー」
「ねー。最近寒いよねー」
彼女とは同じ帰宅部に所属している仲間だ。席も隣で仲良くさせてもらっている。
風がフワっと吹いた。秋の空はどこまでも澄んでいて息を呑む程だ。まだ冬じゃない。そう思っても許される間は短い。だから思う存分、幸せなため息を吐いておこう。私、一之瀬智春は沢山ため息を吐きました。
幸の多い生涯を送っています。
「それでは気をつけて帰るように」
はーい、と生徒達の声と椅子の音が重なって騒がしい。帰りの会が丁度終わって私も“部活”を頑張るかと思っていたところに、美波ちゃんがやってきて言った。
「ちょっと来て」
「え?」
クイクイ、っと裾を引っ張ろうとする美波ちゃんに私は混乱してしまった。他の女子たちに「またねー」と手を降って教室を出る。また明日ー、と返事を聴きながら美波ちゃんの後ろを付いていく。
段々と人気の少ない場所になっていくようになって私は怖くなってきてしまった。
「ねぇ、どこまで行くの?」
彼女の背中に声をかけてみた。すると彼女の正面が振り返って私を見つめた。
「はい、コレ」
スッと小さく折りたたまれた手紙のようなものを差し出された。何も言わずに受け取ると、美波ちゃんは「あげる」と言った。
「なにこれ?」
「手紙。帰ってから読んでね」
どうして私に?と尋ねる暇もなく彼女は、帰ろうか、と言って私の手を取り教室まで戻るのでした。自転車置き場でバイバイと手を振って別れた後、私は何度も赤信号に止まり、その度に繋がれた手のひらを見つめるの繰り返し。なんだか、二人で手を繋いで走りながら戻った時に廊下に響いたスリッパの音がずっと聴こえてくる気がしました。
家に着くと早速、あの手紙を開いて読んでみる。
『智春ちゃんへ
今日は空がとても澄んでいて綺麗だったね。私は秋が大好きです。智春ちゃんのことも大好きです。』
折り紙みたいに小さなメモ用紙。そこに書かれた短くて可愛らしい文字。2回、3回読んだ。声に出して読んだ。ゴロンとベットの上で転がってみる。次に私の口から出てきたのはため息だ。朝と同じため息が宙を舞う。美波ちゃんからの手紙を天井のライトに翳してみる。
「流石に文字は浮き出てこないか…」
火にかざすと浮かび上がったりするかも、と思ったりしたが私達は普通の女子高生だということを思い出した。だとすると、分からないことがある。
「どうして私に手紙をくれたんだろう」
短い手紙。美波ちゃんとはLINEもしているから伝えたいことがあるなら直接でもスマホでも出来る。なのにどうして今日は手紙なんだろう。パタパタと手で自分の顔を扇いだ。最後の一言が原因ではないはずだ。だって秋はまだ少し暑いのだから。
次の日。
「今日も渡された…」
私の手には小さな手紙がある。そして私は重たいカバンを放り投げてベッドに腰掛けた。
『智春ちゃんへ
今日は本当に寒かったね。授業中、隣からカワイイくしゃみが聴こえました♡』
読み終わった私は目を瞑ってゴロンゴロンとベッドの上を転がった。あ~、あ~、とか言いながらよく分からない感情を声にしながらホコリを撒き散らす。
「あ~、めっちゃ恥ずかしい。ていうかハートマーク?……えぇ?ハート?、いや…まじで?………あぁ、そっか…………いや、でも………えぇ?ハートマーク?」
私は、その後しばらくは服を着替えずに母親に注意されるまでベッドでゴロンゴロンしていました。普段、LINEする時は私もよくハートを酷使しているから何も感じない。けれど現に私は美波ちゃんからのハートマークで色々とかき乱されている。なんだか勘違いしてしまいそうだ。…いや、何と間違えるのか分からないけれど。私は更にホコリを撒き散らした。
また次の日、二人きりの時に手紙を渡された。私は勇気を出してこんなことを聞いてみた。
「今ここで読んでいい?」
断られるかもしれない願いだった。心のどこかで美波ちゃんの赤くなった顔が見たかったのかもしれない。そして彼女は答えた。
「うん、いいよ。別に」
サッと何かが私の中で冷えていくのを感じた。このまま帰ろうかと思うくらいに。だがしかし、読むと言った以上は読まないといけないだろう。私はなるべく冷静に、丁寧に小さな手紙を読み始めた。
『智春ちゃんへ
今日の体育はバスケだったね。シュートを決める智春ちゃん、とてもカッコ良かったよ。智春ちゃんは私の憧れです!』
私も今日の体育のことはよく覚えていた。試合をしている時、美波ちゃんの応援している声が聞こえたから頑張れた。チームからボールを貰い、ゴールに吸い込まれるようにスリーポイント地点から放った。そしてボールはストンと落ちた。歓声が上がる中、彼女を探した。美波ちゃんはピョンピョンと跳ねながら喜んでいて私も嬉しかった。
回想が終わると私の心臓は早い鼓動を打っていた。その意味を私は恋愛小説や少女漫画で知っている。この小さな手紙に、私への感情に、恋の文字はあるのだろうか。少しくらい愛はあるかもしれない。
目の前にいる美波ちゃんが困った顔をしていた。何か言わなくちゃ。私は真っ直ぐ、その瞳を見つめながら尋ねた。
「美波ちゃんはさ……女の子を好きになったこと、ある?」
「え?ないけど。それがどうしたの?」
「………ううん、なんでも…ない…
」
ゴメン。私、先に帰るから。たしか、そんなことを言った気がする。それから自分がどうやって家まで帰ったのか覚えていない。ただ、大切に保管していたメモ用紙をゴミ箱に捨てた事だけは次の朝になっても覚えていました。
仮病も使い、登校する時間もズラした。休み時間、こんな私には彼女とは目を合わせる資格がなかった。大丈夫?のLINEが痛い。彼女が純粋な心を持っていることは長い付き合いの私だから良く知っていた。だから余計辛かった。
散々な一日が終わり、下校の時間となっても地獄は続いていく。逃げるように教室から出ようとすると彼女の手に捕まってしまった。優しい手を私は振り解く。
「なんで?智春ちゃん…私、悪いことしたなら謝るから」
お願い、と消えそうな声で私を引き止める。
「美波ちゃんは悪くないよ。だけど、ゴメンナサイ」
最低な人間は優しい人から逃げていきます。一緒にいると苦しいから。たとえ心が一緒にいたいと思っていたとしても。離れるのが最低な人間なのです。
下駄箱を覗くと“彼女”がいた。彼女からの“手紙”があった。私には、もう読むことはできない。そう思い、そのまま彼女の気持ちを置いて帰りました。またゴミ箱に捨てるのは面倒くさいです。もう、何もかも忘れて消えてしまいたい。どうか私を屑籠へバスケットのように放ってください。
その日の夜は雨でした。外は静かでした。このままではいけないと思い、筆を取り、長い長い手紙を書くことにしたのです。
私を嫌ってください。こんな私のことは忘れてください。この恋を終わらせてください。お願いします、と最後に綴り茶封筒にしまう。
「どうやって渡そうかな…」
雨は疲れて枯れました。外は静かでした。
『智春ちゃんへ
まずは、ごめんなさい。智春ちゃんが辛いときに何もできませんでした。本当に悔しいです。どんなことでも力になりたいと思ってます。
手紙読みました。智春ちゃんのこと、初めて知ることばかりで新鮮でした。憧れの人に想われていたなんて衝撃です。だけど智春ちゃんはそんな自分のことを良く思っていないんだね。読んでいて涙が溢れました。そして、気付きました。この手紙は既に濡れていたんだと。
辛い思いをしながら書いたんだね。その智春ちゃんの気持ちを受け取って、私も伝えたいことがあります。人を好きになって謝ることはないよ。どんな恋も、大切な人のことを想っている素敵な気持ちです。恋は間違いじゃない。間違えるのは私達の言動です。私はそう思います。
智春ちゃん。憧れの智春ちゃん。知っていますか?無視をされてきた日々が私にとっても辛いことだったと。知っていますか?手紙を書いたと言われた時、私の心臓はどれ程嬉しかったかを。知っていますか?この長い手紙を書くことがどれだけ勇気がいたのかを。顔から火が出そうです。はやく見に来てください。智春ちゃんの火が消えそうなら私が強く抱きしめます。サヨナラなんて言わせません。ただいまと言わせてやります。この気持ちばかりは一生です。智春ちゃんの帰る場所になってみせます。
実は私、初めて長い手紙を書きました。小さな手紙はもう書きません。この先、他の人に書いて渡す予定もございません。はやく会いたいです。私は貴女のことが好きになりました。
実は私、初めてラブレターを書きました。これからも智春ちゃん宛に書いて渡したい所存です。
なんだか変な日本語の手紙になってしまいました。次に会うときの顔はどうしたらいいかな?はやく智春ちゃんと恋人になりたいです。それでは、また恋人記念日に出逢いましょう。』
智春「お待たせ」
美波「ううん。全然良いよ」
智春「今日も沢山書いてきちゃった」
美波「えへへ、実は私も」
智春「す、スキっていっぱい書いたから」
美波「ほんと?私より多いかな?」
智春「も、もちろん!美波のこと好きだもん」
美波「えへへ、やった♡」
智春「…っ!?」
美波「愛してるよ、智春♡」
智春「ば、バカ!もう!」




