天真爛漫☆何でも部!
――おかしい。
今の俺を取り巻く状況の全てがおかしい。
どれぐらいかって? ラーメンを食べていたらうどんだった。それぐらいの程度だ。
端的に言えば、俺は今目隠しをされている。
無論、目隠しをするなんてのはごく普通の日常を送る俺みたいな奴には寝るとき以外には関わりの無いのモノだ。
だが、ここは由緒ある高等学校。プラスアルファで部室内だ。
一般論で言うならこの状況は明らかにおかしいだろ? おかしいはずだよな? どれぐらいかって? まぁこのくだりはもういいだろ。
にしても、なんでこうなっちまったんだかな。
全く……ウチの部長は何でもアリかよ。――――
――時は遡って放課後。
ちょうど下校する前のホームルームが終わって、ウキウキ気分で机の中の教科書をカバンに詰めていた俺を引き止めたのは、隣の席の氷宮とか言うヤツだ。わざわざ帰り支度を中断させてまで俺に言うことがあるのだろう。早く支度を済ませたいのだがな。
「これ、ツキトに渡せってさ。お前のとこの部長もなかなか人使いってもんが荒いよな〜」
ありがとよ、と返しておいて、渡された何かを見てみた。驚くなかれ、氷宮が差し出してきたのはごく普通のコピー用紙だった。「コピー用紙をわざわざ渡すためかよ」と一瞬思ったが、よ〜く見るとどうやら違ったようだ。
どうやら、ウラ面に何かを書いているらしく、紙をひっくりかえしてみると、筆で書いたような文字でこんな事が書いてあった。
「放課後部室集合! ビリは今週いっぱい雑用ね! ちなみに今日やる事は秘密だから! それじゃあまた後でね〜!」
文の最後に、子供が書いたような猫の絵と、その絵の近くに、「ちゃんと来てね!」というふきだし。
何だこれは? あいつは小学生か何かなのか? 俺はやはり入る部活を間違えたのか?
そんな事を考えていると、教室の後ろの戸が勢い良く開いた時の大きな音が耳に入って来た。
うるせぇなと思いつつ、音の出どころの方を横目で見る。
勢い良く、うるさい音を立てて開かれた戸の前には、小学生部長、道明寺雪花がそこに居た。――
――紹介しよう。まるで小学生のような純粋さを持つこの生徒。ちなみに、良い意味での純粋さなのか悪い意味での純粋さなのかはあえて言及しないでおく。こいつこそが俺が所属する何でも部の部長、道明寺雪花だ。
何でも部、というのももはや何をする部活なのか理解不能だ。部員である俺が言うんだから間違いは無い。
こいついわく、どうやら「みんなが楽しむための部活動」らしい。よく通ったな。部活申請。
「ツキトく〜ん、また私に対して失礼なこと考えてない? 一応私部長だからね? 部長権限使うよ?」
部長権限。はたして、たかが一高校の部活動の部長がなんの権限を持っているのだろうか。疑問だらけだ。この部活はいつかこの学校の七不思議入りするかもな。俺が許可してやる。
「いい機会だわ! 部長権限について説明してあげる! いい、部長権限はね?……」
そこから一時間、部長権限のなんたるかについて力説された俺は半ば強引にこいつに部室に連れて行かれてしまった。俺の意思は無視なのか。なぁ道明寺雪花部長殿。――
――「さて、今日するのはコレよ!」
そう言ってこいつが取り出したのは釘バットと、スイカ。釘バットってなんだ? ここを事件現場にでもする気か? そしてスイカ。今は夏ではない。俺は季節の移り変わりを大切にしているんだ。宗教上の理由とかで拒否できないかね。
ところで、部活というのは設立に当たって、満たさなければならない最低部員人数が要る。
よって今、この部室にいるのは俺と道明寺だけではない。
他にも、おっとり系の不思議ちゃんや、スーパーの遊び場にいるような子供ぐらいの元気さをもったチビ、そして目に眼帯をつけた中二病野郎。
こいつら全員で、道明寺被害者の会とかを作ったらあいつも俺の意見を聞き入れるかもな。まぁ知らんけど。
「おい貴様! 最近遅刻続きではないか! 我が漆黒の翼も涙を流しているぞ!」
この、翼が涙を流す様が見れる偉そうな奴が中二病野郎だ。こいついわく、涙を流せる漆黒の翼とやらは常に背中に生えているらしい。自動ドアにでも挟まれちまえ。
「そうだな! 遅刻は感心しないぞツキト! 五分前行動だ! 胸に刻め!」
と、デカい声でチビが叫ぶ。どいつもこいつもうるせぇよ。特にこいつに関しては、見た目も相まって小学生に説教されてるみたいで嫌になる。 別に俺にはロリータコンプレックスはない。あったらこの状況ですら楽しめるんだろうけどな。
「まぁまぁ、皆さん。ですが、私も遅刻には感心しませんねぇ〜。明日から頑張りましょうね」
耳が癒やされる。案外俺はこの瞬間のために部室へ来ているのかもしれない。おっとり不思議ちゃんはかなり、いや、男なら誰でも好きになるほどかわいい。まさに天使だ。ぜひ部長になってくれないだろうか。それならば俺は毎日部室へ来る自信があるね。誰よりも早くな。
「ちょっとみんな聞いてるの! 今日はこれをやるのよ! ズバリ……」
だららららら、と口ずさむ音が聞こえてくる。自分でやって寂しくならないのだろうか。傍らから見たら結構痛々しいぞ。
「ドキッ! スイカ飛び散る血まみれ割り! ポロリもあるよっ! よ!」
なんだこいつは。ついに気でも狂ったか。いや、狂ってるのは俺かもな。案外こいつが正しいのかもしれない。そう思えるほどこっちの気までおかしくなりそうだ。
そして、ポロリとは?
スイカ割りでポロリってなんだよ。あぁ血まみれ割りだっけ? 随分とまぁ、猟奇的な遊びだなオイ。
「いい? 常に流行は変化しているわけ。その流行に送れないために必要なもの、それは奇抜な発想よ!」
奇抜、というよりこれは危険だ。
夏場のニュースで、釘バット絡みの事件が増えそうだ。流行らせた罪で俺までしょっぴかれるのもゴメンだし。
「やめたほうがいいだろう流石に。事件が起きて俺までしょっぴかれるなんてことになったら俺の頭が奇抜になっちまう」
「じゃあ、ハイ。これ付けてね」
俺の手元にあいつはアイマスクを渡した。
こいつはおかしいのか? 俺もあいつも話す言語は同じはずなのだが。残念だがこれをつけて間違えて人でも殴った日にはスイカじゃなくて俺の人生が割れちまう。
――――そして今に至る。
だが、やるしかないんだろうな。
今までもそうだった。こいつのわがままに俺達が付き合う。そうしないとこいつは次の日から機嫌が誰が見てもわかるほど悪くなっちまうからな。全く。
とんだ部長様殿だぜ。――
――「おい、これでいいのか」
「もう大丈夫よ! スイカも準備おっけー! さぁ、キケン!近寄るべからずスイカ割り! はーじまーるよー!」
イベント名が変わっているのに誰も突っ込まないのだろうか。俺に丸投げかよあいつら。
さて、スイカ割りというのは、周りの人間から指示をもらってスイカの位置を考え、割る。そういうゲームだ。
だが、さっきからこの部屋には遠くから聞こえる鳩の鳴き声と吹奏楽部の合わせ演奏しか聞こえない。
こいつらはルールを理解しているのだろうか。
学校の美品を破壊して弁償、なんてことにならなきゃいいんだがな。
腕が重い。普通のバットより二倍ほど重く感じる。
これを振り下ろした日には、学校においてあるものなら何でも破壊できる気がしてくるな。
やるしかねぇ。
そう思ってバットを振り下ろすと、破裂音と、何かが飛び散る音。
スイカ、であってほしい。B級映画ならば今頃俺は、間違って人を殺めていただろう。
「大当たり〜!」
これまたデカい声が部室に響く。と、同時に俺の目を隠していたマスクが外れ、日の光が目に入ってくる。
死ぬほど眩しい。誰かサンバイザーでもくれよ。
部屋の中を見渡すと、中二病野郎は漆黒の翼とやらの手入れ、チビは漫画を読み、おっとり不思議ちゃんはお茶を飲みながらほけーっとしている。帰っていいかな、俺。
「まぁ、待ちなよ。今から五十嵐ツキトくんが割ったスイカでパーティをするんだから!」
スイカパーティ。
人生で初めて聞く単語だ。ありがとうよ。道明寺。もしこの先スイカパーティという言葉を使うことがあったらお前に感謝することにするよ。
なーんて考えていると、俺が割ったスイカから中二病野郎が食べれそうな部分をスプーンで掻き出す。こいつ意外に手先が器用だな。今度、裁縫を頼んでボタンのほつれでも直してもらうかね。
「よくやったな! ツキト! ほめてつかわす!」
言葉の意味わかってんのかこのチビ。だがまぁ褒められるのは悪くはないな。
ちなみに俺にはロリータコンプレックスは無い。一応言わないとな。
「私も切るの手伝います。ふふ。がんばったわね。ツキトくん」
ウインク。幸せだな。今この瞬間、全世界で一番幸せなのは俺だ。――
――意外にスイカの掻き出しは早く終わった。
どっちかと言えばなんだかアイスみたいな見た目だ。
道明寺はブルーハワイのシロップをかけている。
ついに味覚まで狂ったか。
「それじゃあ、五十嵐ツキトくんのスイカ割り成功を祝って!」
「スイカパーティ! 始め〜!」――
――はぁ。案外俺も楽しんでるのかもな。この状況を。
確かに、これは普通の部活じゃ味わえないだろうよ。
だがよ、道明寺。ちょっとは手加減って言葉を知ってもらいたいものだぜ。全く。