出会い。上
『我思う』を書いている最中に、もやもやして一気に書き上げました。
あちらとは、全く関係ありませんので、あしからず。
平日の昼下がり、だだっ広い公園のベンチに、だぼだぼズボンに伸びきったTシャツを着た30歳代の男が座っていた。
なぜ、30歳代と言い切れるか……悲しいかな服装は、若者向けで固めていてもボサボサ頭に、疲れきった表情は、リストラされた直後のサラリーマン以外に見ることが出来なかったからである。
まあ、平日にこんな所でへばっているのだから、そうに違いないであろうが。
「うるせぇ!!」
一瞬、誰かにとんでもない事言われた気がして、でかい声で怒鳴っちまったが、周りを見渡しても誰もいねぇ。
代わりに、遊戯で遊ぶ子供と親御さんに白い目で見られた。
「アハ、アハハハ……」
余りにも白い目で見てくるもんだから、取り合えず、愛想笑いを振りまいてみたが、今度は親御さんがチラチラこちらを見ながら、ぼそぼそくっちゃべりはじめやがった。明らかに不審者に思われてるだろうなぁありゃ。
俺は、ベンチの背もたれに寄り掛かりながら、天を仰ぐ。はぁ〜何してるんだろ、俺。
先月まで、バリバリの会社員をしていた。だが、あるプレゼンで、上司が余りにもいい加減な事を言い出したもんだから、ついつい言葉より手が出ちまった。いや〜スッとしたね。前々からムカついてたし、流石に他人の考えてたプラン丸々発表なんかした日にゃそりゃ手が出るってもんだ。
まあ、早い話が上司をぶっ飛ばせたが、俺も首が飛んだって訳だ。
「ま、後悔はしてないんだけどねぇ」
ああ、そうだ。後悔なんかしちゃいない。
あのまま俺が殴らなかったら、確かにプランが通ってそのまま事が進んだだろう。
だが、果たして成功しただろうか?取られた同僚の無念はどうなる?その後の会社の経営は?
俺が殴った事で、少しでもこれが改善されるなら、知り合いの環境が良くなるなら、三十路の首なんていくらでもくれたやれる位、後悔なんてしていない。
「後悔があるとしたら、由美ちゃんの笑顔が見れなくなるくらいかねぇ」
いや、経理課の柴田さんに後輩の雅ちゃんに受付の優子さんに……あ、やべえ。結構、後悔ありまくるかも。
退職会とか言って、飲もう飲もうと誘われたが、丁重にお断りしちまったしな。
「ま、クヨクヨ考えてても仕方ねえよなぁ。後悔、先に立たずっと言う訳で、ここはスッパリ忘れて180度違う仕事でもつきますかねぇ」
と言ったものの、10年以上殆ど働き通しだった所為か、まったく働く気がしねぇのが実情なんだが、どうしたもんかねぇ。
俺は、溜息を漏らしながら、顔を伏せる。と、そこで俺の耳にベンチが軋む音が届いた。
軋む音が聞こえた方を向いて見ると、そこにはチョコンとベンチの端に腰掛ける女子高生。
いやしかしこれは、かなりレベルたけぇな、おい。
服装は、普通に制服だ。ありゃ確か扶桑高校の制服だな、うん。で、髪は腰まである黒髪。体格は制服着てるから分かりづらいが、間違いなくスレンダーだ。で、問題は顔だ。体に対して明らかに小いせえ。目はキリとしていて、どこか目つきのキツイ猫を思わせる。にしても、無愛想にどこか一点を見つめるその横顔は可愛いと言うか、格好いい部類される様な気がする。笑った所見て見ないとなんとも言えないが。
絶対、学校でモテるぞ、コイツ。……主に女子に。と、そこまで考えて端と気付く。
──なに女子高生に見惚れるんだ俺、端から見たら変態じゃんっ!
俺は、周りの視線を気にしつつ、ゆっくりと何気なく、本当に何気なく顔を正面に向ける。こうすりゃ知り合いと勘違いして見てた様に見える……はずねえぇぇ!!
三十路のおっさんで、女子高生の知り合いってどうよっ!あ、いや待て、親戚なら可能じゃん。従兄弟の奈緒ちゃん、高校生だし、平日だから今頃学校で授業受けてるんだろうなぁ。
ん?俺は、意味が無い所まで考えて腕を組み首を傾げる。
おかしくね?何で俺の隣って言ってもベンチの端だが、の女子高生は平日のこの時間に制服姿でここにいる?
不審な女子高生に考えを巡らせていると、再びベンチが軋む音が聞こえた。俺と女子高生の間に誰か座ったのか?と、音のした方に顔を向けると──
「……はい?」
──目と鼻の先に、先の女子高生が座ってた。
「うおぉっ!?」
行き成りの事で驚いた俺は、叫びながらベンチからずり落ち尻餅をついた。
しかし、俺が叫んですっ転んでるにも拘らず、女子高生はまったく気にせず、先と同じ様に無愛想な表情でまっすぐ正面を見続けるのみ。代わりに、井戸端会議に勤しんでた先の親御さんの囁きと視線をばしばし感じられた。
なっなに、この女?てか、手前の所為でコケてんのになにこの扱い。
頭に青筋浮かべながら、睨みつけるが明らかに目線が合っていない女に、効果なんてあるはずが無く、しかも、親御さんに見られている事もあって、俺は仕方なく立ち上がりズボンに付いた埃を叩きながら、女の向う隣に腰掛けた。
「あ〜お譲さん。俺みたいなおっさんになんか用か?」
頭に青筋浮かべ、決して目が笑ってない引き攣った笑みを女に向けながら、尋ねてみる。
これで、くだらねぇ事言い出したら、どうなるか分かってるんだろうなぁこの女。
そんな、俺の雰囲気を察したのか、漸くこちらに顔を向け視線を合わせてくる。
合わせてくる。合わせてくる。合わさせて……
「……なに意味ありげに見詰めてきやがりますか?」
「貴方の名前は、瀧波 彰で、間違いありませんか?」
どうやら俺の質問は、完璧無視らしい。女は俺を見据えたまま質問を質問で返してきやがった。
確かに俺の名前は、瀧波 彰だ。珍しい名前だから、間違えられる方が少ない。因みに弟もいるんだが、今は全く関係ないので脳内から排除する。
にしても、この女なんで──
「……お嬢さん。なんで、俺の名前知ってんだ?」
俺は、この女を知らない。通ってた学校も違うと言うか、扶桑高校って女子高だ。俺がいたら怖い。
それに、流石にこんだけ美少女なら、忘れるはずがない。
「その答えは簡単です。調べさせて頂きました」
さも当然みたいに返事を返してくる女。その言葉に俺の全機能が停止した。
──今、なんつった?
「調べるには、かなり苦労しました。まず貴方を見かけた道に設置されていた監視カメラの画像管理サーバーを、私の知人にハッキングしてもらい──」
俺は、ただ、だらしなく口を開け、淡々と無表情で説明する女の顔を眺める事しか出来ないでいる。開いた口が塞がらないとは、今まさにこの時に使う為の言葉だろう。……と言うか、ハッキングって。
「──貴方の画像を入手しました。しかし、それだけでは名前が分かりません。そこで更に運転免許センターにハッキングして頂きました。成人男性なら殆どの方が免許を所持していますから、確率が高いだろうと予測した結果です。そして遂に手に入れた画像と照合し、昨日、正午すぎに判明したわけです」
俺の顔を見つめて、終始説明し続けていたが最後の「判明」辺りで強く拳を握り締めて言い終えた。──って。
「待て待て待てぇっ!お前なに者だっ!?新手のハイテクスパイか何かかっ」
俺は、勢いよく立ち上がると掴みかかる勢いで、女に詰め寄った。
だが、女は相変わらずの無表情で全く動揺を見せず、俺から少し視線をずらすと考える仕草をし。
「……スパイとは、相手方、敵方の機密情報を密かに探り出すこと。または、それをする人。確かに、相手または敵が貴方と言う事なら間違いではないですね。しかし、別に機密情報を探り出したわけではないので、厳密に言えばスパイではないのでは?」
ああ、確かに機密情報じゃねぇな。俺の顔と名前なんて知り合いなら誰でも知ってるわけだしって、誤魔化されるかっ!
「問題にするとこ、そこじゃねぇだろっ!思いっきり、プライバシー侵害じゃねぇかっ。それ以前に、ハッキング行為も犯罪だっ!!」
「そんな事より、貴方に伝えたい事があって探していました」
「全力スルーかよっ!!」
あ、頭痛くなってきた。まさか、ここまでツッコミ入れて全スルーされるとは、流石に凹む。
しかも、叫んだ所為で親御さんの視線の集中攻撃受けてるし──泣いて、いいですか?
「はぁ〜。もういいよ。で、俺に伝えたい事って何なんだ?」
俺は、これ以上何言っても聞かないだろうと、諦めドカリとベンチに腰を下ろす。
もう、なに聞いてもツッコまねぇし、おどろかねぇぞ。矢でも槍でも持ってこいってんだ。と、半ば投げやり気味に女の言葉を待つ。
しかし、ここに至って初めて女の顔に変化らしい変化が確認できた。と言っても、かなり微妙なのだが。
顔をこっちに向けているのだが、瞳だけが所在無さげに漂わせている。今更なに動揺してやがるんだこの女?
「私が貴方に伝えたい事……」
あー。もう少し表情を豊かにしてたら、可愛げあるんだがなぁ。無愛想と言うか、無表情と言うか、何とか何ねーのかその顔。
俺が、馬鹿みたいな事を考えている内に、漸く決心が付いたのか、キッと俺を睨みつけ静かに呟く。
「私、国府原 奈緒は、貴方を愛している。と言う事です」
…………はいいぃぃ!?
一応、次の話で終わりです。声援があれば続くかもしれません(笑)