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偽物  作者: 髪をかきあげた女
4/4

幼年時代、冬 〈完〉

 ・・・


「私には、ロシアの血が流れてるんだって」


 少女は少年の顔色を伺いながら、重大な告白をするみたいに慎重に言った。


「どうして私の目は青みがかっているのって、お母さんに聞いたことがあるの。でも、お母さんはわからないと言った。すると、お父さんがこう教えてくれたの。私の家系を辿っていくと、ロシア人の女性にたどり着くんだって。私には時を超えてその人の血が色濃く流れているんだって」


 少女の瞳孔は大きく開き、少年の目を一点に見つめた。緊迫した雰囲気が漂った。


「今日入学式の後、クラスの交流会があったでしょ?私、この目のことすごくイジられてね。それでね、なんだかひどく惨めな気持ちになっちゃって。私ってみんなと違うんだなって。私って偽物みたいだなって」


 少年は心の中で反芻していた。青い瞳、ロシアの血。与えられたキーワードがうまく結び付かず、異国の言葉を聞いたような戸惑いを感じていた。その戸惑いは体じゅうを駆け巡り、落ち着くところがなかった。少年は少女にかける適切な言葉を見つけられないでいた。


 ・・・


「僕はあの時ちょっと混乱していた。今ならあの時のきみをこんな冗談でも言って笑わせられる気がするのに。もしおじいがロシアから犬を連れて来ていたとしたら、きっとロンドンの名前はモスクワになっていたかもしれないねって」


 少女は黙っている。


「あの日以来僕は、重大な悩みを打ち明けてくれた君を蔑ろな態度で傷付けてしまったんじゃないかと思って、君に話しかけられなくなってしまった。君も以前のように話しかけてくれなくなったから。でも、それはあくまでもきっかけにすぎないんだよ。君は、あー」


 少年は言葉を詰まらせた。


 中学生。同級生は恋に恋い焦がれ始めていた。ケンちゃんやみっちゃんも少し背伸びしたお付き合いを始めていた。そんな時期と重なってか、少年はしばしば、少女との仲をよく知る小学校上がりの友達に散々な言葉を浴びせられた。

「おまえたち、喧嘩でもしたのか?」

「とうとう愛想尽かされたな」

 その度に少年は「家が近かっただけだから」とムッとした気持ちを抑えて無愛想に答えていた。


 確かに、入学式の日の一件があった。でも、少年はそうじゃないと思った。


 うまく結び付けられなかったキーワード、青い瞳、ロシアの血。それらが、学年の階段を登るにつれて、君を見続けているにつれて、次第に少女と結びつけられていった。少年は悟った。そうか、君はもともと美しくなる運命だったのだ。そして、これからも美しくなっていく存在なのだ。つまり、つまり…


「君は、とにかく、学校での人気がすごいんだ。先輩も後輩もみんな噂してる。話しかけにくくなったんだ。それだけのことなんだ。それとね、ロシアだろうとどこの国の血が流れていようと、正直僕には全く関係ないや。だって、君は君でしかないじゃない」


 少女は顔を上げていた。ホウセンカの実が弾け飛んだような、くしゃくしゃな笑顔をしていた。


「はは。そっか。私もね、君が話しかけてくれるのをずっと待っていたんだよ。あの時、なんて恥ずかしいことを言ってしまったんだろうって、家に帰って顔を真っ赤にしてたの。次から顔を見られる度に笑われるような気もしてた。でも、そんなことなかったんだよね。今なら言ってよかったなって思う。それとね、君だって…。あぁ、これは今はいいや!」少女は意地悪な顔して微笑んだ。


 長年募っていた思いを吐き出した二人にとって、この日はあまりにも濃密で、思わず呼吸の仕方を忘れてしまいそうになるほどだった。少女は提案した。かまくらをもう一度完成させてみないかと。涙はすっかり乾いていた。少年はうんと頷いた。


 少年と少女は外へ出て、かまくらを作った。それはうんと大きなかまくらだった。少女は言った。


「もっとたくさん話そう。もっと仲良くなろう。去年と今年は間に合わなかったけど、来年は一緒にクリスマスを過ごそう」


「うん、絶対に」と少年は言った。


 そこは、実に排他的な世界だった。誰の介入も許さない、あの日二人でオリオン座を見た時のような美しい夢の再来。二人だけで完結させてしまったこの世界が永遠に続いてしまえばいいのにと、二人は願った。


 翌日の早朝に、おじいと少女の両親はひどく疲れた顔をして街に戻ってきた。車を置いて、遠い道を歩いて帰って来たのだそうだ。おじいは「車を雪に持ってかれた。今日また取りに戻らなきゃならん」と半べそをかいていた。少年と少女は顔を見合わせて笑っていた。


 かまくらには使い捨てカメラが残されていた。朝日を受けたレンズが眩しいほどに光を反射させていた。それはまるで少年と少女の間に交わされた二つの嘘をくらましてしまうかのように。


 少年はこの真っ白な雪を愛していた。なぜなら、雪の潔いほどの純白さに包まれてしまうと、誰も嘘をつけなくなるような気がしたからだ。あらゆる悪事が雪の白さの上に映し出されてしまえばいいのに、と少年は願った。


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