幼年時代、冬 part1
パジャマ姿の少年は、引っ張ってきたアウターを着るのも忘れて木枯らしに体を震わせながら、無限とも思われる銀世界を前に心を躍らせた。
少年はこの真っ白な雪を愛していた。なぜなら、雪の潔いほどの純白さに包まれてしまうと、誰も嘘をつけなくなるような気がしたからだ。あらゆる悪事が雪の白さの上に映し出されてしまえばいいのに、と少年は願った。
昨日までうるさく吠えていた少年の家の犬、ロンドンは、得体の知れない白い物体に恐れをなしてその勢いをすっかり落とし、音も立てずひっそりと犬小屋で丸くなっていた。ロンドンは情けないやつだ、と少年は思った。
それに比べておじいは元気だ、と少年は思った。早朝からラジオ体操を流してひとしきり汗を流した後、タバコをふかしながら雪かきをしていた。少年はおじいに行ってくるねと声をかけ、外へ飛び出した。おじいはおうと言って雪かきの手を止めて見送った。
少年はどこまでも、どこまでも、勇敢に駆けた。しばしば、もう一人の勇敢な少女と合流した。少年と少女は、会えば決まって何者かになりきった。それはおままごとのようなものだった。あるときは、マッチ売りになった少女が少年と力を合わせて至る所に火のつけたマッチを置き、暗闇を灯してみせた。あるときは、シンデレラになった少女に雪をはりつけた靴をガラスの靴だと言ってプレゼントし、あっけなく振られてみせた。そしてあるとき、二人がこの世の成れの果てを流浪する旅人になって、少年と少女は重大な約束をした。
「かまくらを作ろう。うんとでかいの」と少女は言った。
「うん。今日の寝ぐらにしよう」と少年は言った。
ソリを用意して、せっせと雪を集めた。少女が雪を掘り、少年が雪を運んだ。うんとでかいかまくらを作るなら、一体何個ぶんのソリが必要になるだろうと考えた。しかし、気付けば、少年と少女はちょうど彼らと同じくらいの背丈の山を作ったところで疲れ果て、少女が掘った雪穴の中でぐったりしていた。
「これじゃあ、どこに寝ぐらを作ったんだか、わかんないや」と息を切らしながら少年は言った。
「うん」と言って少女は笑った。
「あれじゃあ、穴を掘ってもロンドンしか入れないや」
「ねえ、なんで、ロンドンはロンドンって言うの?」
「おじいが言うには、あの犬はロンドンから連れて来たんだって。でも、どう見たって、ケンちゃんとこの犬と何も変わらないんだ」
少女は再び笑っていた。
「ところで明日のクリスマスは何をお願いするの?」と少女は尋ねた。
「そんなの知らないよ」と少年はぶっきらぼうに言った。
「でも、わたしのお家ではイブの夜、自分の欲しいものを手紙に書いて靴下に入れておくと、サンタさんが届けてくれるんだよ。みっちゃんも同じだって言ってたけど」と少女は慌てて言った。
「それでも、ぼくんちには来ないのさ」と少年は口を尖らせて言った。
翌朝、少年の家にはじめてサンタが訪れた。少年は枕元に置かれたプレゼントを見て、嬉しさのあまり体を震わせた。包装を丁寧に破り箱を開けると、中には緑色の使い捨てカメラと一枚の手紙が入っていた。
手紙にはこう書かれていた。
「メリークリスマス。
プレゼント、驚いたかな?
本当はサンタクロースになりきって直接手渡したかったのだけれど、ママが夜に出歩くのはダメだっていうから、おじいに協力してもらったの。それと、おじいからきみのこと、色々聞きました。昨日は不用意なこと言ってごめんなさい。
そして、突然だけど、わたしは将来、きみを笑顔にするアイドルになることに決めました。きみがアイドルを好きなのは、よく友達と話しているのを聞いていたから知ってるよ。きみはいつも強がって笑うのを我慢するから、いけません。
P.S. どちらかと言うと、カメラの方はおまけです。いろんなものを撮ってみてください」
その日の夜、旅人の少年は昨日の雪穴でもう一人の旅人の少女のことを待ちわびながら、夜空に輝くオリオン座を一枚カメラに収めた。そうして、少し遅れてやってきた旅人の少女にもシャッターを向けた。少女は嬉しそうな顔をしながら無邪気にピースサインをした。帰り道、その道のりには、少年の足跡とそれよりいくらか小さい足跡とが、大切な記憶のように優しく刻まれていた。