筋骨隆々
私には姉も弟もいませんが妹だけはいるんですよ!
内緒ですよ?
周囲が湯気で満ちている空間で待つというのは苦痛だ。まるでサウナに入っているみたいだ。顔から汗が滴り落ちる。いったいどれほど待っただろうか。体感だが、十分は待った気がする。
時間について考えていると、大浴場の扉が開いたらしい音が聞こえた。そして、少女の騒ぎ立てる様な声と同時に、少女のそれを宥めるように諭す男の声も聞こえた。
「あの変態に何とか言ってやって頂戴! 鏡から急に出てきてニヤニヤしてるのよ!?」
「まぁまぁ、でもお姉ちゃんも隠すところはちゃんと隠したんだから、もう良いじゃない」
「良いわけないでしょ!? あんな姿を見られたのよ!?」
どうやら弟を連れてきたらしい。しかも話の分かりそうな弟なので少し安心する。
「お姉ちゃん、本当にあそこにいるの?」
「そうよ! 鏡から上半身だけ出てるのがその変態よ!!」
どうやら弟がこちらに来るらしい。
「すみません。まだいらっしゃいますか?」
そう言いながら湯気を割ってこちらにきた弟が姿を現す。
…………弟?
俺の目に入って来たのは体長二メートルはあろうかという筋骨隆々の大男だった。
「あの……。 すみません?」
「あ、はい何でしょう?」
動揺で声が少し上ずってしまった。ただ、それ以上に大きな声で──
「この度は、私の姉が暴言を吐いたみたいで……。 申し訳ありませんでした!」
──巨体をペコペコさせながら謝罪してきたのだ。
「い、いえこちらこそ。 何だか入浴中に失礼してしまったようで……」
そこには日本ではありふれた、謝罪に謝罪をぶつけるという優しい光景があった。
「ちょっとガルム! なに仲良くペコペコしてんのよ! 早くその変態をどっかにやってよ!!」
「お姉ちゃん、この方は恐らく妖狐の術で開いた門から来たんだ。 きっと事故だよ」
「妖狐の術で!? ほんとのほんとに事故なの?」
「そうですよね?」
「そうなの?」
兄弟揃ってこちらに問いかけてくる。正直、妖狐とか術とか門とか全く分からない単語が飛び交ってたけど、多分……
「事故……だと思う……」
自分から入ったのは確かだが。
「そうならそうと言ってよ! でも、妖狐の術で開いた門から来たなら何であんなにニヤニヤしていたのよ!」
「それはさっきも言ったじゃないか! 目の前にプルプルした鏡があったから好奇心でニヤニヤしてたんだよ!」
首をかしげる少女。どうやら今一つ理解していないらしい。
「お姉ちゃんなら、目の前に歩くキャンディがあったら興味が湧いてニヤニヤしちゃうでしょう?」
申し訳ないが容易に想像できてしまって困る。
「た、確かに興味は湧くけど……」
「この方が言っているのはそういうこと」
このガルムとかいう弟がいて助かった。少女にも俺の説明が理解できたらしく、
「その……、悪かったわよ! 私も少し動揺してて……」
「いや、俺も何だか悪いことしたとは思ってる。入浴の邪魔して悪かったな」
少女は少し顔を赤らめながらも改まって自己紹介してきた。
「……先程は失礼致しました。私の名前はロザリア・エリーシアです」
「私は弟のガルム・エリーシアです。以後お見知りおきを」
「俺の名前は泉 利光だよろしくな」
ロザリア達が貴族の様な挨拶をするので、少し場違い感はあったがそれよりも──
「その体勢……、苦しくありません?」
「めっちゃ苦しい」
俺はまだ鏡から上半身だけしか出ていない状態だった。
「よっこらしょっと」
取り敢えず鏡から抜け出す。
「そうだ! お姉ちゃん、この方にお詫びをしなくては……」
「そうね。 妖狐の術が原因で来たのならこちらが完全に悪いわけだし」
「というわけで利光さん、ご一緒にランチでもいかがでしょうか」
「サンキュー! 実はさっきから腹が減って仕方なかったんだよ」
正直なところ、ここがどこかだの、扉だのそんな事は全く分からんが俺はロザリア達に案内されながらランチを食べさせて貰えることになった。
振り返ると鏡の表面がプルプルしなくなっていた。




