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女子だけが甘いもの好きな訳じゃない!(上)

「味付けが薄いとおっしゃるのですか!」

「違う、コクがないって言ってる」

「こくとは何ですか!? 翻訳ブレスレットが働いてません、もっと詳しい説明を!」


 問い詰めてみたが、タクトは呆れたように息をつくと、食べかけの晩餐を置いて、そのままベッドに戻ってしまった。


「逃げるのですか!」

「あのさ、あんたうるさい。喧嘩腰じゃないと話が出来ないの? 何で文末に必ず『!』ついてるの?」

「喧嘩腰ではありません! 私はただ相互理解を深める為にですね……」

「そんな調子で交流なんて出来ないよ。うるさいから帰って」

「タクトっ!」


 もごもごとシーツに潜り込んだタクトを、シーツの上から揺さぶったが、今度こそ返ってきたのは沈黙だけだった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 タクトはどうも食への興味が薄いように思う。

 国王から与えられた日々の糧を、いつも勿体なくも残してしまう。

 食事の時間になっても、さして楽しそうにしている様子もない。


 今夜も私が晩餐を運んできた途端、何やら嫌そうな顔をした。


「……オートミールか。俺、これ苦手……」

「そう言わず、一口召しあがれば好きになりますよ」


 茹でた麦を圧し潰して乾かした保存食を、水分で戻してふやかしたもの。

 今夜は家畜の乳と蜂蜜を混ぜているが、どちらも――特に蜂蜜は、多分一定以上の階級でなければ手に入らないであろう高級品だ。勇者さまの力の素になるならと、とある街の商人が王宮へ寄進してきた。

 こうして盆を運んでいるだけでも、花の蜜の良い香りがする。


 ……大きな声では言わないが、私はこれが、とても好きだ。

 ここまで良い蜜を使っていなかったとしても、蜂蜜の甘さは、やはり果物の甘さとは違う。とろりととろけて舌を包み込むような官能的な甘味。

 それに、乳のまったりとした滑らかさが加わるなんて、何とも言えない幸福感だ。


 本来、晩餐は明日の朝にもたれないように軽くおさめるのが、この国では一般的。

 その条件を満たしながらも、ここまで贅を尽くした一品を用意出来るのは、さすが王宮、さすが勇者さまの晩餐と言わざるを得ないだろう。


「国王レーゲンボーゲンさまのお力で、今宵も私は生命永らえるための糧を――」

「――いただきます」


 私の祈りを無視して、ぱちん、と両手を合わせたタクトは、呟くとすぐに粥に匙を突っ込んだ。

 「いただきます」というのが、タクトの世界での食前の祈りらしい。

 自国の習慣に文句はないが――こんな時だけは、祈りが短くて済むタクトが、ちょっとだけ羨ましい。


 だと言うのに。

 匙を口に咥えたタクトは、ものすごく……嫌な顔をした。


「……うわ。甘い……」

「――私の血肉となりますように。……はい、城下の商人が用意した高級品の蜂蜜です。馥郁たる香りが何とも言えませんね。ここまで良い物をご用意するのは、やはりタクトを勇者さまとして――」

「――ストップ。そういう話、もう良い。俺から求めて欲しがったワケでもないもの勝手に与えといて、代わりに働けって、無茶じゃない?」

「…………」


 言いたいことは色々とあるのだが、とりあえずは黙った。

 タクトが自分の気持ちを述べるのは珍しい。私の意見は少し我慢しても、聞きたいと思った。


「大体さ、こっちの食べ物って何かあっさりしてて……俺、もっとガツンとしたもの食べたい。何でウスターソースないの? コンソメは? カレー粉は?」

「うすたーそーす? ブイヨン……あ、胡椒!」

「カレーライス、ミートソース、ハンバーガー!」

胡椒煮飯かれーらいす挽肉と野菜煮込み(ミートソース)挽肉サンドイッチ(はんばーがー)……イメージ出来るので、何だか作ればイケるような気もします」

「まじで? じゃあ、何より醤油! 醤油欲しい!」

「そーゆ?」

「大豆があれば作れるんじゃないの、あれ。何か発酵させるとか聞いたけど」

「大豆を発酵させるのですか? チーズのような感じになるのでしょうか」

「チーズあるの? じゃあきっと醤油も作れるんじゃない? 知らないけど」

「そーゆ……作った方がよろしいですか? 勇者さまの命とあれば、皆喜んで……」

「だから! そういうの迷惑だって言ってんじゃん! 醤油じゃなくても良いんだよ、とにかくもっとガツンとしたものを――」


 イラっとした。

 どっちなんだよ。


「――つまり、タクトは王宮の調理師の腕前に文句があると言うことですね!?」

「そこまで言ってない! ただ、味付けが……」

「味付けが薄いとおっしゃるのですか!」


 ……と、いうことで、冒頭へ戻る。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「……なるほど」

「もう私、どうして良いやら。乳粥が美味しくない人なんて、見たことないです」


 リヒト上級神官の部屋に報告に上がったは良いが、昨晩そんな状況で追い出されたようなものなので、やはり良い報告など何もない。

 それでも何かを喋らねばならない義務感と悔しさで、私は机を叩いて怒りを顕にした。


「大体、美味しいとか美味しくないとかで、食べる食べないを決めるなんて贅沢です。私の為に生命を投げ出してくれた数々の食べ物に申し訳ないではないですか!」

「お前さん、本当に純粋培養だもんな。小さい時から神官として仕えてきたからなぁ……」

「それが何か?」


 リヒト上級神官の言ったことは、事実ではある。


 この国で神官になるには2種類の方法がある。

 1つは、リヒト上級神官のように、貴族や王族の子息が学問を修める為に神官になる道。

 もう1つは、私のように幼くして神官として育てられ、生涯神官として生きる道だ。


 それを純粋培養、と呼ぶならば、確かに私は神官以外の職に就いたことはない。

 だが、外交官として他国に赴いた経験や、地方で奉仕活動に参加した経験だってある。民の暮らしを何も知らない訳ではない。

 知らない訳ではないからこそ、困窮している下々の民がいることも勿論知っていて……だから、タクトの好き嫌いが気にかかるのだ。

 どんなに求めても食べ物が口に入らぬ人々だっていると言うのに!


 しかし、今はそれよりも、微妙に哀れんだようなリヒト上級神官の視線が気にかかる。


「私の言葉に何か間違いでもあると?」

「間違っちゃいねぇが……まあ、例えば貴族連中なんかには、好き嫌いで食べる食べない決めるヤツだって結構いんぞ」

「ですから、そういう人は皆、贅沢なのです、ワガママなのです」

「つったって、生まれた時からそういう生活してれば、そういうもんだって思うだろってこと。勇者さまは多分、元の世界でもよほどの生活をしてらしたはずのお方だと思うぞ。うちの妹と同じ年頃のはずだが……ちょっと浮世離れのレベルが違うな」

「元々贅沢な暮らしをしてたから、今後も贅沢するのが当然だと言うのですか!?」

「じゃなくって、お前さんの言ってた相互理解を進めなきゃどうしようもないだろ、ってことだよ。そんな風に頭から怒って否定しちゃ、話が進まねぇだろうが。こっちのこと分かって貰うには、あっちの事情や状況にも理解が必要だってこと」


 そう言われて思い返せば、私たちはお互いの事情を主張し合うだけだったようにも思う。

 これでは確かに、相互理解には至らないはずだ。

 自分を省みるとともに、リヒト上級神官が意外にまともなことを言っていることに驚いた。


「……一応忠告しとくけど、お前さん、思ってること顔に出やすいから、注意しろよ」

「何か問題が?」

「や、おれが馬鹿にされてるのは前からだったな」

「仰るとおりです」


 私は神童と名高いエリート街道まっしぐらのルイーネ上位神官だ。

 ちょっとやそっとの壁では挫けない。

 それに――先日のえらくフリルの多いドレスの恨み、忘れてはいない!


「今回は、私の方からタクトへ歩み寄りたいと思います」

「ま、良いんじゃないの」

「タクトが満足する料理を、必ずや作って見せます!」

「どうしてそうなった」


 不可解な顔をされたので、最初から理論だてて説明をすることにした。

 回転の早い私の頭についてくるのは、一般人には困難であることは以前から承知している。


「タクトの世界の状況を知るために、体験してみることは大切だと思うのです」

「わかる」

「だから、私が作ります」

「分かんねぇよ」


 物分りの悪い彼の為に、私はもう一言添えてやることにした。


「だって、タクトは勇者さまとして何かを捧げられることを嫌がっているのです。他の者に作らせては、彼の嫌がる『勇者さまの命』になってしまうでしょう? 私が作るのはただのタクトの為であって、勇者さまへの捧げものではありません」

「……ふーん。考えちゃいるってことか」


 頷き返す。

 どこか意地の悪そうな顔で、リヒト上級神官が笑った。


「うまくいってないかと思ったら、まあまあうまくいってんのかな」

「恐れ入ります」


 何言ってるのか分からないが、こういう場合はスルーするのが良い、というのが経験から学んだ結論だ。

 それを潮に、私はリヒト上級神官の執務室を後にした。


 必ずや……タクトを慄かせる料理を作って見せねばならない。

 私のプライドと上位神官の地位に賭けて!

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