私を誰だと思ってるんだ!
「ゆ――タクト。毎日こうしてごろごろしてるのは暇じゃないか?」
「特に」
「ちょっと外に出ようとか思わないか」
「別に」
今日も今日とて、救世の勇者さま――タクトは寝台の上でゴロゴロしている。
3日前、初めてお互いの名前を知り合ったことで、少しは突破口が開けるのかと思ったのだが……結局翌日にはまた元通りの口数の少なさに戻っていた。
昨日、タクトの部屋から退出した後、自分の上官であるリヒト上級神官をとっ掴まえて、勇者召喚の際の話を聞くことが出来た。
しかし新しい情報は特になかった。
リヒト上級神官曰く、タクトは王の前でもこの態度だったそうだ。
何故勇者を召喚したのか、魔王が復活していて危機に瀕している世界の状況……なんてことについて、話すだけは話したそうだけど。
碌に会話が続かないので、タクトが何故この部屋から出ないのか、誰も聞けていないらしい。
むしろきっと。
その理由の解明こそが、求められているんだ、私に。
私は拳を握り込んで気合を入れ、よし、と1人で頷いた。
「タクト!」
「…………」
「ちょっと聞きたいんだが、教えてくれるか?」
「…………」
「何故、この部屋から出ない? あなたには使命があると言うのに」
ちらり、とタクトが私を見る。
私が見返すと、ぷい、とそっぽを向いた。
そのまま黙ってしまうかと思ったが、視線を逸らしたまま、もごもごと答えが返ってきた。
「あんたには分かんないかも知んないけど……わざわざ外に出て、痛い思いとか辛い思いとかしてさ。それで俺に何の得があるの?」
「……は?」
「だから。あんたらの都合で俺を呼び寄せて、俺1人に苦労させてさ、なのに俺が一生懸命になって魔王を倒すだろうって……何で信じれんの?」
「……え?」
私に言わせれば、そんなものは自明の理だった。
力を持つ者が、他の者を守る。それは力持つ者の義務だ。
それによって何が得られるかなど、周囲からの尊敬と名声――それ以上に何が必要なのだろう。
「……あの。例えば、褒美の財宝とか、そういうものを言っている?」
「まあ、それも含めて。別に物に限らなくても、俺にとって何かメリットはあるかってこと」
「むしろ……何故そういうものが必要なんだ? いや、もちろん魔王を倒して戻ってくれば、レーゲンボーゲン陛下は結構な褒美を用意してくださるとは思うが」
「は? 何で俺に何のメリットもないことを、俺があっさり引き受けると思ってるの?」
「……え?」
さっぱり分からない。
タクトは他の誰も持たない勇者の力を持っている。
だから他の弱い者達を守るのは当然のことなんじゃないだろうか?
私にとっては常識過ぎるほどの常識で、何故タクトがそんなことを言い出しているのかも良く分からない。
だから、何と説明すれば良いのかも全く分からない。
答えに悩んでるうちに、タクトはため息をついて「もう良い」と手を振った。
「あんたらにそんな発想ないんだよな、多分。でも俺には理解できない。だからあんたらの言う通りに外に出るつもりはない。そういうこと」
勝手にまとめると、ごろりと寝返りを打って、私に背中を向けた。
「タクト……」
「あんたもさ、あれでしょ? 偉い人から言われてきてるんでしょ?」
それはまさしく事実なので、私は躊躇しながらも頷いた。
「……確かにそうだが」
「それで、俺に色仕掛けで迫れって言われてるんでしょ?」
「ん……いろ……?」
「こんなガキ、ちょっと美少女が頼めば、あっさり頷くような人間だと思われてるんだろうな」
「びしょ――っ!?」
「おあいにくさま。俺はあんたらが思ってるより、多少は賢――っぶ!」
タクトが何か言おうとしているのは分かっていたが、許せなくて、傍にあったクッションで思い切りぶん殴ってやった。
「ちょ、何すん――っ!?」
「誰がっ! び、美少女だ! 色仕掛けだぁっ!」
「ちょ、待、痛っ、待てよ!」
一発で怒りがおさまらなくて、何発か連続でどつきまくった。
向こうからクッションを掴まれて、腕が持ち上がらなくなったので、手を離して大声で叫んだ。
「――私はっ! このエルフェンバイン王国に仕える上位神官ルイーネ! 他の誰が何を噂しようが、私がこの身を男色などという悪習に染めることはない!」
クッションの向こうから現れた顔は――呆然としていた。
「……え? 待って……男?」
「何度言わせるんだっ! この!」
タクトの手から力が抜けている内に、取り返したクッションをその顔めがけて投げつける。
「ぶはっ!?」
投げたクッションは狙った顔面ではなく、胸元辺りにぶつかった。
まあ良い。
本人はそれなりにダメージを受けているようだし、私の狙いなど私にしか分からない。
基本的に身体を動かすことが苦手なのだが、それも黙っておけばバレはしない。
いかにも狙い通りにぶつけた、という素振りで私は堂々と立ち上がった。
「良いか! 私は私に対する何者からの侮辱も許さない! 例え勇者と言えども、今度そんなことを言ったらこの部屋から叩きだすからな!」
びしっ、と指を突きつけてから、神衣の裾を翻し、私は堂々と部屋を後にした。
――自室に戻ってから自分の言動を思い返し、1人頭を抱えたのは言うまでもない。
私の任務――勇者を煽てすかして部屋から出させることだったはず……何をしてるんだ、私は……。