頭で分かっていても、心の底から分かってるとは限らない(転)
「え、えっとあなたは――!?」
私の声を聞いて、タクトと水の精霊、風の精霊が一斉にこちらを振り向いた。
だけど――その時には既に、茶色マントは私の指さす先から場所を変えてしまっていた。
「……ルイーネ? 何のこと言ってんだ?」
「あっ……!? あっ、タクト違います、そっちじゃありません、こっちこっち!」
「は? 誰もいないけど」
「あぁっ……! あっちです、あっち!」
タクトが不思議そうに自分の周囲を見回すが、その度に茶色いマントの小さな影はこっそりと場所を変える。
3人がそれぞれにきょろきょろしているというのに、誰も見付けることが出来ていない。私の指す方に皆が向いたと思ったら、その時には既に別の場所に動いているのだ。
「ああ、もう……この感じ懐かしいわっ!」
「確実に来ているな、土の精霊め……」
水の精霊と風の精霊が言い合って、ちらりと視線を交わしあった。
「行くわよ、シル!」
「来い、ディーネ!」
呼び合って、タイミングを合わせた2人が、背中合わせにそれぞれ半回転ずつ足払いを放つ。
「――っふべっ!?」
「……ひゃう」
足元を崩されて上がった悲鳴は2つ。
1つはタクト。もう1つは、足払いは何とか避けたけれど、タクトの背中に押されて結局すっころんだ茶色いマント――風の精霊の言によると、この小柄な影が土の精霊、ということらしいけれど。
先に床から起き上がったのは、タクトだった。
「ちょっと! あんたら突然何して――あれ?」
座り込んで怒りの声を上げた後に、自分の横にへっちゃりと転がる茶色い影を見て、不思議そうな顔をする。
「……これ、誰? いつの間に」
「土の精霊だな、勇者よ」
「この子、隠れるのが得意で困っちゃうのよね。ちゃんと名乗って堂々と入ってくれば良いのに」
2人の精霊に紹介され注目を浴びた土の精霊は、誰にも顔を覗かれない内に、フードをぐいぐい引っ張って被りながらそそくさと立ち上がり、小首を傾げた。
「……名乗った、よ?」
「はい。確かに先程ご自分で名乗っていました。皆さんの会話に紛れてましたけれど」
「……そうだっけ?」
「名乗ってたかしら……」
「聞いてないな」
そうなんですってば。
たった1人気付いていた私がこくこく頷くと、土の精霊もタイミングを合わせて頷いている。
ため息をついた風の精霊が、小柄な土の精霊のために少し腰を落とし、視線の高さを合わせながら尋ねた。
「それで、何をしに来た? 貴様が人前に姿を表すなぞそうそうない」
口調は荒いけれど、仕草は優しい。
土の精霊は恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら、何やらもごもごと呟いた。
私たちの耳には届かなかったが、間近にいる風の精霊には聞こえたらしい。
「……なるほど。少し規格外だが、『勇者が全ての精霊の加護を得た』と認めるのだな」
無言のまま頷く土の精霊に向けて、今度は水の精霊が食ってかかる。
「ちょっと待ちなさい、わたしとザラは認めてないわよ! わたし達が認めたのはルイーネであって、勇者じゃないわ!」
「しかし、その神官どのが勇者に与すると言っている。間接的に、勇者は3精霊の加護を受けているのだ」
「えっ……あの、私は――」
突然、私の名前が出てきたので焦ったけれど、水の精霊も風の精霊も私の方を見ていない。
「諦めろ、ディーネ」
「なっ……だって、わたしとザラが愛してるのはルイーネなんだもの! 逆だって良いじゃない、あなたの加護を受けたタクトに、ルイーネは認められているのよ!?」
「……勇者になれるのは、異世界人だけ……だよ?」
「何よ、ミィまで! 何でルイーネじゃダメなのよ!」
何やら水の精霊が怒っているが、自分の名前が出てきている割に、私には何がなんだか分からない。話の流れで言えば、タクトがきちんと勇者として認められた、ということなのだろうが……。
タクトからすれば、そんなことはどうでも良いはずだ。
「あのさ、俺は別に勇者として認められたい訳でも、あんたらの加護を受けたい訳でもないんだけど。勝手にそっちで決めてそっちで呼び出して、それで争うの止めてくれる?」
ほーら、怒った……。
さっきタクトから色々聞いたことで、私にはタクトの怒りのポイントが少し分かってきた。
自分で選んだ訳でもないのに、責任を負わされるのが苦手なのだ……と、思う。多分。
「……うるさいから、とりあえず帰って。全員」
あと、騒がしいのが苦手。
これは前から知っていたけれど。
ついでに言うと、イラッとした時に、とにかく一度落ち着かないと話が出来ない質らしい。
ベッドに潜ってばかりいる、と思っていたけれど、タクトにとっては心を沈める為に必要な手段のようだ。
今までなら、「何故私まで追い出されるのですか!?」と食ってかかって放り出されていたところだけれど、ここは引いた方が結論としては良さそう、というのも何となく分かってきた。私のエリートスキルは、こんな風に学習能力の高さからも散見されるのだ。すごい。これを口に出すと、同じ失敗をそんだけ繰り返したら誰でも覚えるだろ、とタクトに突っ込まれるような未来も大方見えてきたので、黙って自分を褒め称えるに留める。
そんなタクトから真の親友として認められるべく、私は両手を上げて精霊達へと自分の存在をアピールした。
「あの! 皆さん、ここはタクトの部屋なので、争うなら場所を変えて私の部屋で――」
「ああっ……友だちの為と思って、張り切っちゃうルイーネたん可愛い……!」
水の精霊が早速、私の方へと駆け寄ってきてくれた。
さすが水の精霊は大人の女性なだけある。私の希望をきちんと汲み取ってくれる。
残りの2人がちらりとこちらを向き、タクトがシーツの中に潜り込む。
よし、これならイケる――と思った瞬間に、入り口の扉がばたん、と開いた。
ひょこりと覗くのは、ついさっき駆け去っていく背中を見たばかりの、燃えるような髪色。
ベッドの上で、イラっとしたタクトが壁に向けてクッションを投げたのが見えた。
……どうやら、タクトの望みが叶うのは、まだ先のことになりそう。




