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頭で分かっていても、心の底から分かってるとは限らない(起)

「……今宵の恵みを糧に、平穏を世にしけますように」

「ごちそうさまでした」


 私とタクトが口々に食後の祈りを捧げるのを、水の精霊(ウンディーネ)は黙って見ていた。

 タクトの世話していた風竜ぽちは食べたそうだけれど、精霊とその眷属達は、基本的に人間のような食事をしない。

 ただ水の精霊(ウンディーネ)は長い付き合いの間に私にあわせ、お茶だけは飲むようになってくれた。時々一緒にお茶しながら、「はぁはぁ、上目遣いでお茶を飲むルイーネたん、キュン死にする……」とかこっそり呟いているので、もしかするとだいぶ無理をさせているのかもしれない。申し訳ないことだ。


 しかし、何も出さないのもどうにも具合が悪く、結局は食後のお茶を水の精霊(ウンディーネ)の分まで淹れた。

 タクトはいつも通り寝台の上に姿勢悪く半分転がったように座り込み、私はその正面で椅子に腰掛ける。私の横にぴったりとくっついているのが水の精霊(ウンディーネ)だ。


「……で。何でそのおばさんも入れたの?」

「わたしはルイーネを追いかけてきただけだから。嫌ならあんたが出ていけば?」

「何で俺の部屋なのに俺が出ていくんだよ」

「まあまあ、落ち着いてください。色々説明するには、大人の人がいた方が良いと思うのです。私の知識はこの年にしては有り得ない程素晴らしい天才的なものですが、それでもやはり四元素霊エレメンタールガイスターの知識はそれを上回っているはずですから」


 ぎりぎりと睨み合う2人は、私の言葉を聞いて、同時にぷいとそっぽを向いた。

 出会った状況が悪かったのか、どうもこの2人はあまりしっくりきていないようだ。

 私としては憂えるところではあるのだが、そもそも友だちがいたことがないので「別々に仲良くなった友だちが出会った途端、何だか仲が良くなくて、どうしようか困っている」などという経験は初めて過ぎて困惑している。どうすれば良いのか解決策など思い付かないのだった。

 私のこのエリートの所以たる頭の中の膨大な精霊知識は、残念ながらこのような身近な問題に対してあまり役に立たない。そのことを最近、少しだけ失敗したな……と思っていたりいなかったり。


 ふと、目の前の自分のカップを手に取る。

 両手でその温みを楽しんでから、息を吐いた。


 ……そも私には選択肢などなかったのだ。

 最初から私は、この宮殿に1人きりだったのだから。


 誰とも打ち解けたりできなかった。

 だって、私は――


「あのさ、ルイーネ」

「――っひゃい!?」


 正面からかけられたタクトの声で、物思いから我に返る。

 慌てて返事をしたら、何だか変な答え方になってしまった。

 そんな私を見て、水の精霊(ウンディーネ)がくすくす笑っている。エリートらしくないところを見せてしまい、ちょっと恥ずかしくなる。

 タクトも少しだけ笑って……すぐに、視線を自分のカップへと落とした。


「あのさ……俺、最初の頃、ルイーネにもあんまり良い態度とってなかったよな」

「え? そ、そんなことは……」


 そんなことは、ある。

 あるが、素直にあると言って良いものか。

 何かタクトも気にしてる風だし、それを突っ込むのは「やぼ」というものでは?

 ……はっ! しかし、私はタクトと約束してたのだ。

 「1つ、ルイーネは言うべきことを、早めにタクトに伝えます。」だ!


「そ、そんなことは――めっちゃあります!」

「……元気いっぱい嫌なお返事、ありがとう」


 タクトの視線がますます下がり、自分の足元を見つめ始めた。

 ……失敗してしまったかも知れない。

 タクトの様子を見て反省したりしたが、今更言ってももう遅い。

 くよくよしている私の耳に、楽しそうな水の精霊(ウンディーネ)の声が聞こえてきた。


「あら、ルイーネ。そんなの気にしないで大丈夫よ。だって本当のことを言ってるだけだし、そいつ、本当にヤなやつだったし。今もヤなやつだし」

「……あんたもな」

「あら、わたしは良い子のルイーネには優しいわよ。ルイーネには、ね」


 ふんっ、と鼻で笑う水の精霊(ウンディーネ)と、そんな水の精霊(ウンディーネ)を眉を寄せて睨みつけるタクト。

 ああっ……やっぱりこの2人、仲が悪い!


 こういうとき私はどうすれば良いのだろう。

 なぜ宮殿の書庫には、「友だちの作り方」とか「仲良しの人ともっと仲良くなる方法」とか「友だちが落ち込んだときのために」とか「喧嘩する友だちを仲良くさせる手順」とかいう書籍が置いてないのか。

 睨み合う2人の傍で、そこはかとなく落ち着かない気持ちでそわそわしていると、私の様子に気付いたタクトが私に向けて軽く頭を下げた。


「……あー、ごめん。別に喧嘩するつもりじゃない」

「その言葉、わたしの方を向いて言ったら信じてあげるけど?」

「別にあんたに謝ってないから問題ない。――そんなことより、ルイーネ。俺があんたに態度悪かったのはさ、あんたが悪かった訳じゃなくて……いや、あんたも悪かったんだけど、それよりも突然こっちに呼び出されて気分悪かったからってのが大きかったんだよ」

「はい。最近になって、ようやく何となく分かってきました」


 タクトの気持ちについて私は、全てでなくても少しは前より理解出来るようになった、と思っている。

 向こうの世界で平和に暮らしていたところを突然呼び出され、この世界の為に働け、と言われた。それが腹立たしかったのだ、ということは、言葉の端々から伝わってきていた。

 この進歩をこそ、友情と私は呼びたい。


 ……だって、正直な話。

 自分であったなら――と想像してみても、本当はその悔しさをきちんと理解できてないように思うのだ。


 もしも、私がそんな風に突然召喚されて。

 そして、自分が誰かに求められていて、誰かの為に役立てると知ったとしたら。

 きっと、私は嬉々としてその世界の為に尽くすと思う。


 この世界で、私は誰にも求められない子どもだったから。

 求めてくれたのは、国王レーゲンボーゲンさまだけだったから。


「……タクトの気持ちは頭では理解しました。ただ、私には本当の意味では理解できてないような気がします。私自身は世界の為、国の為にこの身を捧げることが、決してイヤではないのです……」

「うん……あんたのそういうのも、俺、何となく分かったような気がしてる。自分の気持ちではちょっと理解できないんだけどさ。色んな人がいるってことなんだよな、多分」

「……うふふ。滅私奉公を嫌がらないルイーネたん、健気でマジ尊いわ……」


 至高の存在である精霊の水の精霊(ウンディーネ)に、ただ人の身で「尊い」と言われる覚えはないのだが、とりあえずこれもエリートの宿命であると自分を納得させた。

 そんな水の精霊(ウンディーネ)の言葉を、タクトはもう完全に聞かなかった振りをしている。

 手の中のカップを弄びながら、ぼそりと呟いた。


「でもさ、俺……こっちにいきなり召喚されたのはやだったんだけど、本当に元の世界に戻りたいかって言うと、ちょっと違うんだ」

「……え?」


 さすがにそれは予想してなかった。

 私だけじゃない、水の精霊(ウンディーネ)も驚いた様子でタクトを見ている。


「何よ、あんた帰りたいんじゃなかったの?」

「俺、元の世界に居場所なんかないからな」

「元の世界に居場所がなくってどこにあるのよ?」

「……こっちの世界にこういう概念あるのかな、俺の父親と母親は離婚して、それぞれ別の人と再婚した。そんで、ここに来るまで一緒に暮らしてた家族は、実の父親と義理の母親、あと義理の母親の連れ子兄弟。……俺の言葉、伝わってる?」

「伝わってます。ええ、この世界にも、離婚も再婚も義理の親子という関係もあります」


 タクトの説明の内容は理解できた。

 義理の家族の中で居場所がないと言うなら、タクトは皆に虐められていたということだろうか。

 勇者さまなのに。すごい人なのに。

 そうだ、それに実の父親というのは、タクトの本当のお父さんじゃないか。

 それなのに、タクトを虐めているということなのだろうか。


「あ、別に虐待って言う程のもんじゃないから。殴られたりとかご飯がないとかなかったし。学校に必要なものとかは揃えてもらったし。ただ……例えば、父親と義母ははおやと兄ちゃん2人、皆で楽しく話してるとするだろ? そこに俺が部屋に入るとさ、突然みんな黙ったりするんだ。俺の分だけケーキがなかったり、俺だけだきしめて貰えなかったり……俺もきっと悪かったんだと思う。でもどうすれば良いのか分かんなくて……こんなの、くだんないことかな? あんたも大したことじゃないって思うか?」


 タクトは顔を上げなかった。


 私は――私はもう、その時のタクトの気持ちが分かりすぎて、胸が痛かった。

 分かってる、これはタクトから見たときだけのお話だから、逆にご両親からすれば、別の見方があるかもしれないって。


 だけど。

 皆が仲良くお話しているのに、何故か自分だけそこに加われない。

 理由も分からず、締め出される苦しさ。

 自分だけが異物であるという自覚。

 それが、自分の居場所であるはずのその場所で、毎日続いているということ……。


 両手で掴んだカップをぎゅっと握りしめ、黙ってタクトを見つめた。


「……大したことじゃないなんて、思いません」

「そっか……」


 ほっとしたように、タクトの頬が緩む。

 それだけで、私の気持ちも少しほっと温かくなるのだった。

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