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「ルイーネ上位神官よ、そなたに任せようと思う」


 国王レーゲンボーゲンさまより直々に言葉を頂くなど、何と珍しいことか。

 自分が上位神官に昇進した時以来だから……大体1年ぶりということになるだろうか。


「謹んで承ります」


 私の答えに、国王陛下はゆったりと頷き返してくださった。

 重い任務を与えられた喜びで、白い神衣に包まれた私の胸は震える。

 頭を下げたときに、はらりと頬にかかった長い金の髪の一筋を、さり気なく耳にかけて微笑んで見せた。


 荘厳なる謁見の間は広く、このエルフェンバイン王国の神官、将兵、有力貴族王族がずらりと横に控えている。

 私が自らを恃む心と、果たすべき大役を待つ興奮は、この大舞台においていや増してくる。


 例え、背後で囁き合う下世話な声が、耳に届いていようとも。


「ちっ……噂の『美少女神官アイドル』サマは、さすが美味しい仕事には手が早い」

「此度もまた身体で昇進のきっかけを掴んだのだろう。女人禁制の神官どもにはあんなのが良いらしい」

「私なら本物の女を取りますよ」

「おや、私は向こうから頼んで来るならば、考えても良いですがねぇ。あの見事な金の髪も勝ち気そうな青い眼も悪くない」

「では次の戦で貴官の軍に従軍させる神官は、彼にお願いするかね」

「まさか。上級神官殿に可愛がられているようですからなぁ、手放しますまい」


 顔は向けずとも、声の方向と会話の内容で、上位軍人どもの噂話であると検討がついた。低俗なことだ。

 そのような言葉で如何に貶されようと、胸に刺さるものはない。根も葉もない噂を心に掛ける価値もない。

 私が王国始まって以来と言われる早さで昇格の階段を駆け上っている理由が、顔でも血脈でもないことを、本当は皆理解しているはずだ。勿論それは幾分かの運によって支えられているものではあるにせよ。

 結局は、ただ私の才能そのものを認めたくないがための戯言だと、私は国王陛下から目を逸らさぬままに頭の片隅で嘲笑った。


 それに、実は。

 何故私がこの大役を務めることになったのか――私の才能以外の理由についても――薄々見当はついているのだ。

 背後の下衆どもの予測とは全く違った理由で。


「我が国のみではない、世界の命運を賭けた大役じゃ」

「はい」

「必ず果たせ」

「はい、我が生命に代えましても」


 頬の端に微かな笑顔を見せた国王陛下が退出された後、身体の力を抜いてほっと息を吐いた私の肩を、直属の上司たるリヒト上級神官が叩いた。

 深い緑の瞳は垂れ目がちで、おっとりした性格のこの方には無茶振りも頼みやすいという噂である。

 まあ、そうして上官の元へ無茶振りされた仕事の大半が、私の手元に届くことになるのだが。


「ってことで、お前さんには今日から大事な仕事をお願いすることになるんだなぁ、これが」

「既に聞きました」


 私は冷たく答えだけを述べる。

 この上司の、年に似合わぬ軽薄な物の言い方は、あまり好きではない。


 それに、事実として何度も聞いた話であった。

 今日のこの陛下による勅令の発布は、形式的なものでしかない。

 既に一週間も前から、陰に陽に打診を受けていた。

 勿論そこには、この気に食わない上級神官からの話も含む。


「まあ、陛下から直々に言い渡されるとこまで来りゃ、もう断れやしねぇもんな。よし、来い。案内してやる」


 大股で歩き出すリヒト上級神官の後を、無言で追った。

 その頭の上でほわほわと金の巻毛が舞う。少年時代は「天使のよう」などと言われていたらしいが、今では何と言うか……まあ、面倒な仕事でも気軽に押し付けられそうな気合のなさを良く表していると思う。

 見れば、指先で魔法の鍵(マジックキー)をくるくる回していたりして、実に姿勢が悪いことこの上ない。


「リヒト上級神官……」

「何だよ、いつまで経ってもかたっ苦しいなぁ。『リヒト』で良いよ、もう」

「そうはいきません。上級神官は私の上官ですから」


 例え全く尊敬出来ないとしても、という言葉は、辛うじて飲み込んだ。

 リヒト上級神官は鼻で笑うような音を出して、「頭固ぇんだから」などと呟いている。


「……で、何が聞きたい?」

「上級神官は、もうお会いになったのでしょうか? どんな方でしたか?」


 誰に、とは言わなかった。言わなくても分かるはずだ。

 しかしそれは、彼にとって決定的な質問だったのだろう、ぴたり、と一瞬だけ前を歩く足が止まった。

 すぐに何もなかったように動き出したが、私の質問に対する答えは返ってこない。


「……リヒト上級神官? 質問が聞こえませんでしたか?」

「あー、会えば分かるから。もうすぐだから。自分の目で見て判断した方が良いんじゃない?」


 らしくない答えを引き伸ばす様な言葉は――正直、何かを誤魔化しているようにしか聞こえなかった。

 風の噂で聞いたことを鵜呑みにしていた訳ではないのだが、どうやらこれはやはりそれなりに苦労のある責務らしい。


「これ以降、通常のお役目は全て外すから、好きなだけ全力投球しろよ……あ、でも思い詰めて死んだりする前に上司に相談しろ」

「……ありがとうございます?」


 その言い回しも微妙に不穏だ。

 まあ、好意的に取れば責任の重さに潰されないように、まだ若い部下を労っている、ということかも知れないが。


 いや、やはり不穏なのだろう。

 これから恐ろしいほどの重責が、自分の肩にかかるのだ。


 ――世界を救う勇者を、傍で導く神官として働くという、重責が。


 自分でも、指先が少し震えているような気もするが、これが武者震いというものだろう。

 そんな私の様子を見ていた訳ではないだろうが、リヒト上級神官が落ち着かせるような優しい声を出した。


「……あ、勇者がどんなヤツかってな、あれだ。若い」

「それは知ってます」

「お前さんと同じくらい若い」

「知ってます」

「ピチピチの10代だ」

「ぴ……もっと他の言い方はありませんか」

「お前さんのような超絶美人さんじゃないがね、まあ悪くない方だと思う」

「容姿の話題は不要です」

「そういや、おれの妹がお前さんのその金髪ロングストレートに憧れててなぁ」

「話が横道に逸れています」

「……ああ、おれもこのまま物理的に横道に逸れちまいてぇんだよ。辛うじて謝らねぇのが、お前さんへの気遣いだと思ってくれ」

「? ……それはどういう――」


 どういう意味か、と彼の言葉を問いただすより先に、目の前でその歩みが止まった。

 木製の堂々たる扉は、たしかに救世の勇者の寝所に相応しい。

 私も足を止めたところで、真剣なリヒト上級神官の深緑の瞳に止められた。


「ルイーネ上位神官」

「はい」


 上司の呼びかけに、礼儀正しく応える。

 片手を胸元に当てる簡易的な礼をとった私に、リヒト上級神官は頷き返した。


「本日この時を持ち、貴官を異世界から来られた勇者様の専属神官とする」

「はい」

「貴官の最初の任務は――勇者様に何とかこの国を救って貰えるようにお願いし、この部屋から外へとお連れすることだ」

「は――ぃ……?」


 リヒト上級神官は、私の答えを待たず、両手で扉を開ける。


「……せめてノックぐらいしてくれよ」


 扉の向こう、立派な寝台にごろりと転がった少年が、あくび混じりに声を漏らす。

 確かに、年の頃は私と同じ位だろう。それがこの責務に私が選ばれた何よりの理由だろう、と予測もついていた。

 漆黒の髪と瞳は、かつてより伝わる勇者の証。

 勇者の他にこの色を持つ者はない。

 何にも侵されない純粋な色――と言われている。

 間近で見た私にとっても、禍々しい程の力を感じる色だった。

 こうして対峙しているだけでも、彼の魔力の大きさに眼が眩む程だ。


 しかし。

 その表情はぼんやりとしていて、これから戦場に向かうとは到底思えない。

 ぼさぼさの髪は――え、それ、寝癖じゃないか? 寝てたのか? こんなに日が高くなるまで?

 あ……って、よだれ、よだれの跡がある! 顔洗えよ!


 四方を精霊に守られし麗しきエルファンバイン王国にて。

 エルフェンバイン歴1008年、魔王復活の報せを受け、王国が総力を上げてこの地へと召喚した勇者さまは。

 ――これっぽちもやる気のない気の抜けた眼で、私を見ていた。

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