3人いると、1人はみ出す(起)
「ふーん、まあ、色々あっても仲直りできたなら良かったじゃん」
「――じゃん、ですって? お兄ちゃん?」
「あー……良かったじゃないですか」
慌てて言い直したリヒト上級神官の隣で、満足げにふんっ、と息を吐いたのは――今回ばかりは私じゃないのだ。
「もう、お兄ちゃん。それだから神官らしくないとか言われるんだよ。ちゃんとした言葉遣いしてよね」
「へいへい、すみませんねぇ」
「ルイーネちゃんも、ごめんね?」
「いえ、私は良いのですが」
窘められながらもどこか嬉しそうにしょんぼりしている(?)リヒト上級神官を、横目で見る。
リヒト上級神官の部屋に入った時から先にいた先客の慣れた様子に、少しばかり面食らっているのは、どうやら私だけのようだ。
そのにやけた顔にこっそり近付いて、耳打ちした。
「……リヒト上級神官。あの、こちらの方は?」
「前に言ったろ。おれの妹だよ、シャッツって言うんだ」
「あー、妹さんがいるとはお聞きしてましたが……」
「へへっ、こんな可愛い子だとは思わなかったってかぁ?」
頬が笑み崩れている。
満面の笑み過ぎて……キモチワルイ。
うん、あれだ。こういうのを妹溺愛系とか言うのだ。
「いっやぁ、基本的におれ達は親族以外の女人との触れ合いは禁止だけどさ。そろそろほら、勇者さまだって旅立ちの日がその内来るかもしんねぇじゃん? その時にはお前さんもついて行く訳で、宮殿の外には女人なんてごろごろしてる訳よ。だから、外に出ていきなりショック受けたりしないようにって、国王レーゲンボーゲン陛下のお心遣いでな? ちょっとずつお前さんを外の世界に慣れさせようって……今日は、たまたまおれの妹来てたから、まあ会わせてみようかってことになったんだよ」
にやにやしながら説明してくれた。
なるほど、私とタクトが世俗との接点を増やすため、というのが主な目的らしい。
そうと分かれば、仲良くなった方が良い、ということなのだろう。
リヒト上級神官の妹姫に、そっと視線を向けてみた。
兄に似た髪質の金色の巻毛はほわほわとしているが、長く腰までを覆っている。ぱっちりとした深緑の瞳が印象的で表情がはっきりしている――巷で言う、飛び抜けた美人ではなくとも愛されるタイプ、というのはこういう娘のことを言うのだろうか。
以前から聞いていた通り、私達と同じくらいの年格好に見えるが……不思議なことが1つ。
さっきから何故かずっと、にっこにこしているのだが……このさして広くもない室内に、それ程面白いことがあるのだろうか。
笑み崩れた妹姫が、私の方へと一歩踏み出す。
「うふふ。あのね、ルイーネちゃんのことはお兄ちゃんから色々聞いてるよ。前に……ほら、ドレス譲ってほしいって言ってた子でしょ? まさかこーんな美少女だなんて!」
「誤解です」
「これから勇者さまと2人きりで旅に出るんだもんね。2人きりかぁ……そうだよね、ドキドキしちゃうよね、かわいいお洋服着たいよね?」
「何か大きな誤解があります」
「あ、これから勇者さまに会うときも、わたしのこと気にしなくて良いからね! 好きなだけいちゃいちゃして! うふふ……勇者さまと神官のラブロマンス……憧れだったんだぁ!」
「何だか私の声はあなたに届いていないような気がします!」
「シャッツぅ、神官になれるのは男だけだぞ」
大慌てで訂正を繰り返す私の声ではなく、いつも通りほわほわしたリヒト上級神官の言葉で、高まり続けていた彼女――シャッツの声がぴたりと止まった。
こくん、と首を傾げた彼女は、私のことをじろじろと見つめる。
「……男?」
「です」
「ドレス着る男……?」
「ま、まあ……諸々の事情により、そういう悲劇もありました」
「ラブロマンス……?」
「ありません」
「深まる恋心……」
「深まりません」
真顔で首を振る私を上から下まで見まわして、シャッツは大げさに首を振った。
「じゃあさ……旅のヒロインは誰が務めるの?」
「何のお話です?」
「イケメンな勇者さまと美女神官が旅に出るでしょ? 道中で仲間になるのは、屈強でがっちりしたイケメンの戦士でしょ、ちょっとニヒルだけど賢くてイケメンな魔法使い……で、イケメン魔王に攫われた美女神官を救おうと、勇者さま達は道を急ぐのよ。これ王道ね」
「イケメン多すぎませんか?」
「おいおい、シャッツ。神官になれるのは男だけだって」
「だってお兄ちゃん、500年前の勇者譚はそういうお話だったじゃない!」
「いえ、あの頃は女性も神官になれたのです」
「今だっているじゃん、そこに!」
小さな指に、びし、と正面から指されて、イラッとした。
「だから、私はっ! このエルフェンバイン王国に仕える上位神官ルイーネ! 他の誰が何を噂しようが、私がこの身を男色などという悪習に染めることはありませんっ!」
ばん、と自分の胸を叩きながら宣言する。
堂々と胸を張る私の元へとつかつかと近寄ってきたシャッツが、前触れもなく両手を胸板にぺたりとあてる。
もみり、とそのまま手のひらで一モミ。
「――ぃにゃあ!?」
「――ひやぁ!? ないっ!?」
「お、ちょ……シャッツ!」
慌てて引き剥がしたリヒト上級神官に向けて、シャッツはおろおろと両手を差し出す。
「ど、どうしようお兄ちゃん! ないっ……なかったよ!?」
「おお、ないのか、やっぱないのか!」
「何でないの? なかったよ!? ねぇっ!?」
「な、何の存在を確かめようとしたのですか!」
揉まれた胸元を両手で覆ったまま叫んだ私を、このほわほわ兄妹は、異界の獣でも見るような不思議な目で見ている。
「……ないんだ」
「ああ、ないんだなぁ……」
その視線の意味するところを正確に理解することを、私の理性が拒否した。
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「あー……まあ、良いよ。同じくらいの年なんでしょ」
「はいっ! タクト、ありがとうございます!」
快諾したタクトに、私は笑顔で頷き返した。
以前、口もきかぬ大喧嘩になったことをきっかけに、私とタクトは幾つか約束を交わしている。
1つ、ルイーネは何か変わったことをするときは、タクトに相談してからにします。
1つ、ルイーネは早く泣き虫を治します。
1つ、ルイーネはみだりに料理を作りません。作る時は火加減注意。
1つ、ルイーネは言うべきことを、早めにタクトに伝えます。
何だか私ばっかり約束が多い気がするが、状況として私の方が分が悪いのは確かであったので、そこにつけこんで少々不利な約束を結ばされるのも致し方ない。
それに――タクトの方にも、約束があるのだ。
1つ、タクトはルイーネが困った時、助けてあげます。
以上5つの約束は、羊皮紙にしっかりと認められ、タクトの部屋の壁に飾られている。
別に信用していないとかでもないし、本当はこんな風に書かなくても良いのだが……何か、その……あ、そうだ。最後の約束――うまくすれば、この約束を盾に魔王退治に旅立てるかもしれないのだ!
ここは、しっかりと言質を取っておくべき。そうでしょう?
……いや、困った時は助けるって、初めて出来た友達に言ってもらえて嬉しかったから飾っておきたい、とかじゃないのです。本当です。……本当だってば!
立ち上がって扉の方へと歩きながら、私はもう一度タクトに確認した。
「扉の外にいるので、入ってもらいますね」
「うん。どうぞ」
今日のタクトには怒ってる様子も不機嫌な様子もない。
先に風竜の1件でどうやらタクトには、向こうの世界に置いてきたぽちがいるらしいということが分かっていたのだが……その話も、それ以降、問題になることはなかった。
どうやら、私はタクトとのうまいやり取りを覚えたらしい。
最近のタクトはいつだって穏やかだし、私の言いたいことも聞いてくれるし、日々のお散歩で室外に出ることも増えてきたし。
万事うまくいっている――気がする。
友だちとまた少し仲良くなったような気持ちに背中を押されて、私は扉を開けた。
「えへ、はじめまして! あたしリヒトお兄ちゃんの妹で、シャッツと言います! 勇者さま、よろしくね」
リヒト上級神官が傍にいないからだろうか。
先程の私とのどうしようもない初対面とは違い、扉をくぐったシャッツは愛らしい笑顔と上ずった声でまともな自己紹介をしている。
「えっと……勇者さまとか言われるの、あんまり好きじゃないから。タクトって呼んで」
タクトの方も、少しだけ紅潮した頬で気安く返した。
そう言えば、これまでのところこちらの世界で、同年代の女子と触れ合う機会はなかったかも知れない。
精霊達は女子の姿をしているが……あれは、存在からして人間とは違うものだし。
シャッツが嬉しそうに、タクトの方へと歩み寄った。
「分かった、タクト。じゃあ、あたしのこともシャッツって呼んでくれる?」
「うん。こっちで同い年くらいの子と会うのは珍しいから……良かったら仲良くしてほしい。よろしく」
タクトもベッドを降り、右手を差し出しながらシャッツに近付いて、2人が握手を交わした辺りで――私の心に、何かもやっとしたものがあることに気付いた。
……あれ、何か2人とも、私と初めて会った時よりもちゃんとしてないか?




