生きものって可愛いだけじゃ世話できない(承)
「元のところへ返してきなさい」
「別に、餌とか散歩とか、俺が毎日ちゃんと世話するし」
「そういう問題じゃないっつーの……」
「あんたらに迷惑とかかけないし」
「こっちだって、勇者さまのご希望とあらば、基本的には添うてやりたいけどなぁ。お前さんが迷惑かけるつもりかどうかは、この際関係ねぇんだよ」
タクトが胸に抱き締めた子ドラゴンを見下ろして、リヒト上級神官は深いため息をついた。
反対の空気を感じ取ったタクトの腕には、ぎゅっと力が入ったらしく、子ドラゴンが「きゅあっ」と鳴く。それでも暴れだしたりはしない。この数時間で随分タクトに慣れたらしい。
無表情で視線を逸らすタクトを見て、リヒト上級神官は私に声をかけた。
「ルイーネ、お前さんの仕事だろうが、しっかり説明してやれ」
「はい。あの、タクト……その……ドラゴンというのはですね、風の精霊に仕える生き物で……」
「は? あんたも文句言うの? 俺がもし今も向こうで平和に暮らしてたら、生き物くらい好きに飼っても、誰にも何も言われなかったんだけどなぁ……」
私の説明は途中で止まった。
昨今になって――少しだけ、タクトが何故部屋を出たがらなかったのか、分かるような気がしている。
どうやら、私達が強制的にこちらへ呼び出した為に、タクトの幸福を邪魔した――ことが、タクトの気に障っているらしい。
だから、向こうの世界ならドラゴン飼うなんて自由に出来たのに、なんて言われると、私はそれ以上何と説明すれば良いのか、分からなくなるのだった。
「おいおい、お前さんが言えないならおれが言うぞ。ドラゴンなんか宮殿の中で飼われちゃたまらん」
「……じゃあ、部屋から出さないし」
「だから、そういう問題じゃなくてだなぁ――」
「分かったよ。俺も部屋から出ないし!」
「あっ、タクト――!」
止める間もなく、タクトは踵を返してリヒト上級神官の執務室を出て行ってしまった。
ばたばたと駆け去っていく足音だけが後に残る。
「……ルイーネ」
「す、すみません……」
私はこの上ない精霊知識を持つエリートではあるが、今回のリヒト上級神官の叱責には正当性があると認めることの出来るだけの器の大きさも持っている。
つまり――私が、タクトを止めねばならない立場である、という自覚はあるということだ。
「まあ、お前さんは言いづらいんだろうけどなぁ……」
「はい……いえ、言わなければならないことでした」
「そうだな。おれだって、タクトがあんなに一緒にいたがってるのを止めたくはねぇけどさ」
「分かってます。風の精霊は俊足で変幻自在。その性質は精霊に仕えるドラゴンにも及ぶ。だから、あの大きさは……」
「ああ、本当に子どものドラゴンなのか、それとも大人のドラゴンが化けてるだけなのか分かんねぇってこった」
ドラゴンは――時に無害な姿に化けて、餌をおびき寄せる。
それを知っている私とリヒト上級神官に言わせれば、幾ら子どもの姿をしていて愛らしく見えたとしても、あれを宮殿に置いておく訳にはいかないのだった。
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その日から、宣言通りタクトは部屋にこもってしまった。
タクトの食事とドラゴンの餌、そして癒やしの雨を使う為、決まった時間のみ私は出入りを許されているが、用が済んだら即追い出される。
何度かタクトに忠告しようとしたのだが、話を聞いてもらうことも出来なかった。
「……と、いうことなのです」
「そうなのね、しょんぼりしてるルイーネも可愛いわ」
「はい、とてもしょんぼりしているのです」
「ええ、とてもしょんぼりしているわね……はぁはぁ……」
聖なる泉で水の精霊に悩み相談してみるが、良い解決策などは出ない。
いつもは透き通る程白い肌が若干赤くなっているのは、晴れていて少し温かいからだろうか。どたばたしている内に、風の匂いも段々と春めいてきたようだ。
「ドラゴンを飼うなんて、きっと無理です……」
「まあ、そうね。あなたにとってはドラゴン自体も危険な生き物だろうけれど、それよりも風の精霊ったらすごく性格が悪いから、あいつにバレたら自分の下僕が捕まってるなんて難癖つけられるかもよ」
「そ、そういう方なのですか?」
湧き出るような精霊知識と神術の才に恵まれた私だが、残念なことに私の能力は水の精霊と炎の精霊の系統に特化している。
風の精霊にも一度くらいは会ってみたいものだが、こればかりは向こうの意思がなければ実現しない。
こうして水の精霊と自由にお話が出来るというだけでも、有り難いことなのだ。
特に、私には悩み相談をする相手が数える程しか――っ……ごほん。
「水の精霊には、精霊の力であのドラゴンの真の姿が分かったりしないのですか?」
「変化の術は水系統の神術にもあるけれど、こちらは幻惑あちらは変化で、ちょっと原理が違うのよねぇ。だけど、いつも癒やしの雨をかけてる時の感じからすると、あれは結構な力を持っているわよ。わたしの神力を吸って風の神力に変えてる――きゅわきゅきゅきゅなんてバカっぽく見せてはいるけど、本体は結構な大物なんじゃないかしら」
「……余計心配になってきました。今頃、タクトは潰されたりしてないでしょうか?」
「そうは言っても大人しくしてるからには、何か考えがあるのだろうし。放っておけば良いんじゃない? 飽きたらどうせあなたが世話することになるわよ」
それはどうかと思うが、確かにタクトが少し落ち着いて、こちらの話を聞いてくれるのを待つしかないのだろうか。
早く引き離したい気持ちはあるが、焦りが伝わってタクトが不信感を増すだけの状況になっている気もする。
「ね、落ち着いて。あなたには水の精霊も……いらないけれど炎の精霊もついてるわ。ドラゴンも大物っぽいってだけで特に悪意を感じる訳ではないし、長期戦の構えで良いんじゃないかしら」
「そうでしょうか……」
「そうそう。……そうすれば、こうしてあなたが悩み相談に来ることも増えるだろうし」
「? 今、何か言いましたか?」
「いいえ、何も言ってないわよ、可愛いルイーネ」
にこにこしている水の精霊の綺麗な笑顔を見ていると、私も少し安心してきた。
もしもドラゴンの方に悪意がある訳ではないと言うなら、腰を据えてゆっくり告げても良いのかも知れない。
よし、と気合を入れて立ち上がったところへ――轟音が耳に飛び込んできた。
「な、何が……!?」
「あら。久しぶりだこと」
ぱしゃり、と水音を立てながら、水の精霊が泉から足を上げる。
「――どうやら、風の精霊が来たみたいね」
その青い瞳は、真っ直ぐにタクトの部屋の方向へ向けられていた。




