これだから大人ってヤツは信じられない(上)
「……で、何でこうなったの」
いつになくがっちりとシーツにくるまったタクトが、本日もう何度目かのため息をついた。
ずるい。私もシーツの中に入れて欲しい。
両耳を手で塞いでいる私の背中から、大音量のおっさんの笑い声が聞こえてくる。
「あっはははは、アレがエリートだって!? うっそでしょー! 火加減も出来ないのに」
「うそじゃないんだよな、これが。おれなんかもう毎日のように馬鹿にされてさぁ」
「上司なのに馬鹿にされてんですか、あはははは!」
「本当、ひでぇよなぁ……上司なのに……」
傭兵のベルクとリヒト上級神官というおかしな組み合わせだが、どうやらこの2人、典型的な笑い上戸と泣き上戸だ。
どっちも麦酒を飲みすぎて頭がぶっ飛んでおり、うるさいことこの上ない。
スパイスがたっぷり入った麦酒は、飲むと普通の麦酒よりほかほかするので、身体を温めるのに丁度良い。冬季には良く市中に出回っているが、今年もそろそろ店頭で見かけるのはおしまいだろう。
最後の名残とばかりに、大人2人は飲みふけっていた。
私は黙ってシーツを引っ張る。
内側からがっちりシーツを腹の下に入れ込んでいるタクトの手は緩みそうにもない。
「タクト……」
「そんな情けない声出しても、許さない」
「違うのです」
「何が違うの」
「不本意なのです」
いつも通りの平坦な声だが、『許さない』なんてはっきり言うのは珍しい。
麦酒に酔ってべろんべろんのおっさん2人に対して、今までになく苛立っているようだ。
さもありなん。うるさいもの。
「……あのさ、何か勘違いしてそうだから言っておくけど、俺はあいつらじゃなくて、あんたに対して怒ってるんだからね」
「え?」
「え、じゃない」
「待って下さい、私はその、不本意なのです――」
言い訳しようとした言葉は、おっさん達の大爆笑に絡め取られて消えた。
はあ、と再びシーツの中から大きなため息。
「……で、何でこうなったの」
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「もしかすると、タクト――勇者さまも寂しいのかもしれません」
久々の報告に、リヒト上級神官はただでさえ大きな目をぱちくりさせた。ほわほわした髪の毛は今日も絶好調でほわほわしている。
あからさまに訝しんでいる表情を見ると、何だか余計な報告をしたような気がしてきて、少し恥ずかしくなってきた。
「……あの、おかしいでしょうか、やっぱり」
「――あ、いや、おかしくねーよ。おれがびっくりしたのは、お前さんが今までそれに気付かずにいたのか、ってことと、それなのに良く自分で気付いたなってことで」
「それ、馬鹿にしてませんか?」
「いつもおれを馬鹿にしてるのはお前さんだろう?」
「だからって、人を馬鹿にしても良いと思ってるのですか?」
「いや、思ってる訳じゃないが……」
「では謝りなさい」
「……ご、ごめんなさい?」
「よろしい」
頭を下げているリヒト上級神官を見下ろして、私は鷹揚に頷いた。
心が広いのは、私の美徳の1つだと思う。
「それはそれとして、やはりリヒト上級神官も、タクトは寂しがっているとお思いなのですね」
「微妙に色々言いたいことがあるのは置いとこう。ほら、あれだ。勇者さまも、お前さんと同じくらいの年だろう?」
「正確な年齢を聞いたことはありませんが、そうかもしれません」
「うちの妹も同じくらいだしな。そのくらいの年の子ってのは、やっぱ1人でずっといるのは寂しいもんだろ。何か気分がぱーっとするようなことでもあれば良いがなぁ」
「後半には同感です。ただし、私は寂しくありませんけど」
「……ほほう」
疑わしげに眉をひそめられたが、そんな視線には負けない。
私は――この天才と呼ばれたエリート神官ルイーネは、寂しいなどと感じたことはない!
「――お前さんさ、小さい頃からずっと神官として育てられてるだろう?」
「はい」
「ここにゃ同い年くらいの子はそういないだろうし、いたとしても神官としての職務を果たすので精一杯だ。お前さんには確かに神術の才能があって、出世もえらい早いのは事実。このままなら来春にはおれはお前さんに追いつかれてるかもな」
「率直に、追い抜かれてるかも、と言って頂いても良いですよ?」
「うるせぇやい。そんな状況で周りから嫉妬とかあるんじゃねぇのか。そういうものを感じない親しい仲間と仲良くしたいとか、一緒に遊びたいとか思わなかったのかね?」
リヒト上級神官の言葉は、私にとっては今更だった。
私の才能は、神から与えられたもの。きっと、この類まれなき能力を使い、王と国を安んじるために尽力せよとの運命なのだ。
重い使命を背負った天才が孤独であることなど、当然のことだ。齢15にして、私はしっかりとそのことを学んでいた。
だから例えば……愚かな同年輩達に履物を隠されてしくしく泣いた経験だとか、お前が入ると負けると言われて雪合戦に入れて貰えなくてめそめそ泣いた経験だとか、上位神官は仲間に入れてやらんとか言われてこっそり泣いた経験だとかは――過去のことだ。
ちなみに、私が上位神官を拝命したのは昨年のことなのだが、そんなことはどうでも良いことである。意外に最近、とか余計な感想はいらない。
「私には、仲間とか友達とか、そういう子どもっぽい願望はありません」
「子どもっぽいかぁ?」
「はい。色々乗り越えてきた私は、もう精神的には大人です。だから、友達とか欲しくありません。寂しいとかも思いません。どうせ『友達なんだから今日の麦粥よこせよ。お前のものはオレのもの、オレのものはオレのものだ』とか言うだけの存在です」
「言われたの? 友達に?」
「割と早い段階で3倍返しで復讐したので、大丈夫です」
「復讐って……」
「大人には内緒です。それで私と他の子ども達の間に決定的な溝が出来たことも、大人には触れてほしくありません」
一瞬押し黙ったリヒト上級神官は、ほわほわした頭をぐしゃぐしゃとかき回しながら、唸るように答えた。
「つまり、お前さんはイジメられっ子だから、勇者さまに友達を紹介したりとか出来ないってことか」
「リヒト上級神官が、私の話をどのように取ろうとご自由ですが――次にイジメられっ子とか言いやがったら、明日の朝の身支度の時、その猫っ毛が頭の上から一本残らず消え去った自分を見ることになりますよ」
「何やろうとしてんだ、お前さんは!?」
「3倍返しです」
真顔の私を見て、リヒト上級神官は両手を上げる。
「分かった、過去は忘れて前向きな話をしよう」
「はい」
「勇者さまが寂しがってるなら、あれだ、お前さん以外の人間とも交流出来るようにすれば良いんじゃないか?」
「しかし、タクトは部屋を出ようとしないのです」
「じゃあ、こっちから行くしかないわなぁ……」
……と、いうことで、冒頭へ戻る。
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「……だからって、何で酒盛り……」
「さすがにリヒト上級神官だけではタクトは面白くなかろうと、もう1人誰を呼ぶかとなったのですが。ツィーゲは毎日忙しいので、声をかけるのをためらわれるのです」
「調理師長は、そりゃ忙しいだろうね」
「そこで、先日顔見知りになったばかりの傭兵ベルクを連れてきたのですが……」
「打つ手を間違えたね。おっさん2人揃えて酒盛り」
「てっきり、タクトも召し上がるものだと」
「俺の元いた国じゃ、20歳になるまで麦酒は禁止なの」
「そうなのですか? こちらでは、私よりももっと幼い子どもも飲んでいます」
「じゃあ、あんたも飲めば」
「私は……」
正直に言えば、私は麦酒があまり得意ではない。
苦くて渋いから。
「私は、いいです」
「俺もいい」
押し黙る私達を放置して、おっさん達の笑い声(と泣き声)が高まっていく。
はあ、とまたシーツの中からため息が聞こえた。
「あのさ、これ嫌がらせ? うるさけりゃ部屋を出てみろってこと?」
「え、まさか! 私は、タクトが喜ぶと思って――」
言い掛けた瞬間に、ぴりぴりと肌に魔力の風を感じる。
一瞬で爆発するような物凄い圧力で、私の身体はベッドの上から吹き飛ばされた。
「――っうあ!」
「うおっ!?」
「何だぁっ!」
飛ばされた勢いでおっさん達の方へ突っ込んだ私は、おっさんにぶつかりながら、頭から麦酒塗れになって床に転がる。起き上がろうとしたところへ、押さえ付けるような上からの魔力の圧で、再び床へ這いつくばった。
「……た、クト……!」
「良かれと思ってやれば、何でも受け容れられると思ってるの? いつもいつも黙って勝手に話を進めやがって」
「そ、そんな……つもりじゃ……」
「じゃあ、どんなつもりなワケ?」
もぞ、とシーツの塊が動いて――その奥から、真っ黒な魔力が一直線にぶつかってくる。
「――ぅあっ!?」
「ぎゃっ!」
「うげぇ……」
おっさん達の汚い悲鳴を無視して、何とか顔をあげようとしたところへ、降ってきた魔力の塊で真上から頭を押さえつけられた。
「……ぐっ!?」
「あのさ、前から言おうと思ってたけど――あんた、すごい迷惑」
呟くタクトの声に著しい怒りを感じて――部屋の空気が冷えた。




